17. おセンチBOYと猫の皮-(2)

「それで、どんな面白いことになってるの?」


 テーブルに頬杖をついて、まるで俺のオヤジ相手をしているような口調のママ。


 これもいつものことだが、その断片からオヤジがいかに破天荒はてんこうな人間か思い知らされる。


 比較されたり重ねられたりしても面倒が増えるので、俺は唯一の抵抗として大人しく借りてきた猫の皮を被り、キャラクターを偽装する世渡りスキルを発動していた。


「俺が何かやらかしたわけではないんですけど……」


 間接的にはやらかした。

 彼女に対しては。


 ちらり、とソファに横になっている優月を見やる。

 気絶昏倒、それから体力の限界からくる睡眠。

 顔色の白い優月が今までどんな目にあってきたのか、俺に会う前の道中に何をしでかしているのかわからない。


 だが、彼女は怯え切って救いの手を求めて――いや、確固たる意志をもって鳴滝豪を探して華武吹町を彷徨さまよっていた。

 俺は優月という女が、俺自身よりもはるかに義理堅い人間だと自信をもって紹介できる。

 そしてお蝶さんの紹介であればママという人物も信頼できた。


 まずは、優月自身だけではなく経緯を説明しておかなければならない。


 ママはそれなりに年を重ねているようで、どうもラブホテル云々と言い始めてもさらりと流しそうだ。

 事の始点を定めてかくかくしかじか、と事情を説明しようとした俺……より一歩早く俺の腹の虫が長広舌をふるった。


 確かに、俺が前に食事をしたのは昼飯、カレーパン一つだ。その前はクッキータイプの栄養補助食で、その前は……カップラーメンだったか。何にせよ、金が無いので。


「何よ、すごい音。おなか空いてるの?」


「いやあドタバタしてて……」


「何食べるの? 好き嫌いは?」


「無いっす、何でも」


「アケミ、何か食べるもん出して。がっつりしたの終わってたら店屋物でもいいから」


 客席を見守っていた緑色が振り向く。にっこり笑ってOKの指を作った。

 丸っこい緑はアケミ。

 電話口できゃっきゃと数人のオカマさんと話しこみながら数枚のチラシを覗き込んでいたが「やっぱアキラくんの手作りよね」ということでアケミが早々に電話をかける。


 そんな様子も日常茶飯事なのか、ママはさらにテキパキと指示を出した。


「ウンケミ、お茶だして。あ、やっぱアイスコーヒー」


 カフェインとはありがたい。


 ピンク色が「は~い」と足を振り上げ羽をつけたまま厨房に入った。

 細マッチョなピンクはウンケミ。

 ウンケミ?


阿吽あうんの息って言うでしょ。だからアケミとウンケミなのよ」


 ママが俺の顔から疑問を読み取って答えてくれた。

 アケミはまだしも、ウンケミはどうかと思う。


 すぐにウンケミがアイスコーヒーを盆に乗せてやってくる。小指を立てながら優雅にグラスとシロップ、ミルクを置いた。

 動きは確かに女性のそれ。だが背負っている衣装の重さと大きさを考えれば、それだけの筋肉があって然り、だ。

 そんな感心からくる観察をしていると、ウンケミがバチーンと強烈なウインクを放って去っていった。違う、そうじゃない。


 アイスコーヒーがからっぽの胃に落ちてもう一度腹が鳴るが、どうやら店屋物てんやものをとってくれるようなので俺は改めて事情を説明し始める。


 優月と出会ったこと。

 変身ベルトのこと。

 黒服たちのこと。

 馬頭観音ハヤグリーヴァのこと。

 ボンノウガーのこと。


 一つだけ、彼女が探している適合者とやらが鳴滝豪ではないかという話だけは口に出来なかった。

 配慮したわけじゃない。

 俺がチキンで、自分でも気持ちの整理がついておらず、どう言っていいかわからなかったからだ。


 ママは目を閉じ、腕を組み、何度も頷きながら話に聞き入っていた。

 そしていともあっさりと返事をくれた。


「まあいいわ。わかりました。あとはあのコの返答次第だけど」


「うっす」


 話がついたところで、ママが神妙な面持ちのまま溜息を吐き「煩悩大迷災ぼんのうだいめいさい……」と一人ごちた。


 見た目からは判別できないが、もしかしたら五十年前に物心ついていた人物なのかもしれない。かといって不用意に触れていい話題ではないので、俺は引き続き借りてきた猫の皮を擬態することにした。


 それからは俺が「いいえ」と「そうっす」を繰り返すだけの他愛もぎこちも無い会話をしていると、トイレのさらに奥、裏手の通用口と思われる出入り口がノックされる。


 瞬間、店内からドタバタとアケミ、ウンケミ、その他数名が黄色い……いいや、黄土色おうどいろくらいの声を上げ、我先に出入り口に向かっていった。

 失礼を承知で、その瞬間に関しては魑魅魍魎ちみもうりょう、と述べておく。


「アキラくん! アキラくん!!」


 ママも呆れる大騒ぎの中、「お待たせしました!」と輝かんばかりの涼やかな声色が耳に入った俺は背筋を凍らせた。

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