16. おセンチBOYと猫の皮-(1)
変身が解除されてしまい、鳴滝禅(プレーン)では昏倒状態の優月を横抱きで運ぶことが出来ず、背負いなおした状態でとぼとぼと夜の華武吹町を歩いていた。
俺は学生服の風体だし、優月は安っぽいコスプレ衣装だがセーラー服に俺の学ランを羽織っている、まるで家出少年と少女みたいな俺たちはやっぱり目立っていてちくちくと視線が刺さる。
しかしこの程度なんのその。ハヤグリーヴァとの戦闘中に向けられていた好奇の目を考えればそよ風みたいなもんだ。
いや、それよりも俺の頭の五十一パーセントは優月とオヤジのことで、四十九パーセントは優月の身体の温かさと髪の香りと彼女がノーパンであるという事実についてだった。
目標としているバー、シャンバラのある華武吹町三丁目は、一丁目と比べてだいぶ落ち着いている。
華武吹町の正面玄関、華やかな繁華街の一丁目。
お水な店が集中して色恋沙汰に燃える歓楽街は二丁目。
古くから存在する商店街や学校、病院、公共施設を集める三丁目。
わずかに居住区と墓地を残す風情残る四丁目。
数字が大きくなるにつれ景色が寂しくなる、そんなイメージで覚えるとわかりやすい。
三丁目方面、商店街以外に用事もない俺にとって店の立地もあやふやな地域だった。
この時間だ、ほとんどの店舗は当り前だがシャッターを閉じており、点在する古めかしい個人営業の飲み屋だけがこぢんまりと看板に明かりを灯している。すれ違う人もほとんど無く、大声を上げることが憚られる雰囲気が漂っていた。
だから、お蝶さんが教えてくれた猛牛殺しの源三という恐ろしげなる名前の人物が経営しているシャンバラというバーも、渋いおじさんが経営している静かなオトナの酒場なのだと、俺は想像していた。
まあ、お察しだろう。
この前ふりである。
違うのだ。
想像、というかお蝶さんの言い回しによって錯覚させられていた、が適切だろう。
三丁目に入って、はてさて店はどこだろうと見渡したその瞬間、俺の目に入ったのは
なるほど……なるほど……。
そこでようやくお蝶さんの画策に気がついたのであった。
バーにも関わらず、店主のことを大将と示したのはどうもおかしいと思っていたのだ。一般的にはマスターというだろう。マスターではなく、普通に考えればその呼称はママなのだ。
オカマバー。
知らない店のはずである。
年季の入った看板からして、恐らくは長いこと華武吹町で商売をやっていることは窺い知れたが、その特殊な傾向ゆえに俺は存在を知る由も無かった。
入り口は半地下、セピア色の落ち着いた扉。覚悟を決めてゆっくりと扉を開け放つとウェルカムベルが鳴り、反射的にざらついた声が迎えてくれた。
「いらっしゃ~い!」
リオのカーニバルの衣装を身に付けたおっさん、もといオカマさん二人が盛大な熱気を伴って駆け寄ってきた。
もわっと潮の香りと湿度高めの空気が漂ってくる。
俺は思わず息を止めた。耳元で優月も少し苦しげに呻く。
「あんら可愛い~、どうちたんでちゅか~!」
ピンク色の衣装、細面だが体つきのがっしりとしたオカマさん。
緑色の衣装、小太りだがおじさんなんだかおばさんなんだか微妙なオカマさん。
二人はつけまつげに彩られた目をぱちぱちと瞬かせ愛嬌をふりまきながらも、用件を言うまで店の奥に通さない、と身体で意思表示していた。さすが年季が入っている店だ。
「あの、えっと……猛牛――」
猛牛殺しの源三。
その単語が聞こえるや否や二人はカッと目を見開き「ママね!」と言葉を被せてきた。
緑色が腕をフリフリ、腰をフリフリで店の奥に向かう。その間、ピンク色がちょいちょいと手招きした。腰を下げて文字通り耳を傾ける。
「ダメよ、ママの前で猛牛殺しなんて言っちゃ! その名前は捨てたのよ、彼女」
「すんません……」
それは……そうですな。
《猛牛殺しの源三》なんて二つ名が残っているのだ、さぞかし
待っている間、店内を見回す。
広くない店だが、客席の前にステージが設けられており、そこでは緑とピンク同じく結構重装備であろうリオのカーニバルの衣装を背負った、お姉さん……いやたぶんオカマさんが髪を振り乱しステップを踏んで汗を流している。
人の入りは六割ってところで、おじさん層が主だがその他には意外にも若い女性が点在していた。
点々とした照明の中、それぞれ楽しそうに酒を傾けたりステージに拍手を送ったり、騒がしいが他人に干渉するでもなく落ち着ける場所ではありそうだ。
店の奥からぴょこんぴょこんと緑色の羽を弾ませながらオカマさんが戻ってくる。
その後ろから打って変わってのしのしと身体にカーテンを巻きつけた熊――ではなく、薄紫色のサテンのドレスを纏ったママと思われる人物が現れた。
猛牛殺しの源三――その名に相応しく、武人としての筋肉組織という鎧を今なお着込んでいる屈強なビッグマムだった。竹中を越える巨躯で狭い店内の通路を
つい先ほどハヤグリーヴァという人知を超えた存在と対峙していた俺が口を半開きにして見上げる、そんな迫力だった。
青髭の残る口元に指先を添えながら俺の頭からつま先までを見て「あらあ……」と声を漏らすなり「こっちきなさい」と手招いた。
俺たちが案内されたのは厨房を出てすぐ、トイレの前のボックス席、いわゆるハズレテーブルで客は入っていなかった。
「と、突然押しかけてしまってすみません!」
俺は相手との筋力の差を正確に測って、その差の分だけかしこまる。
結局のところ事前に連絡入れずじまいだった俺はそこのところが気になっていた。
華武吹町には義理の二文字が想像以上に重いシーンが多いからだ。
優月を背負って頭を下げることもままなら無い口だけボーイの俺に対して、ママはさすが強者という態度だった。
「いいのよ、さっきお蝶が来たわ。相変わらず嫌味で派手な女ね」
お蝶さん! ありがたい!
わざわざ足を運んで義理を通してくれていたなんて。
つまり……。
これは……。
特選いちご大福十五個くらい、だろうか。
俺の財布は瀕死が確定した。
「それにあんた、豪の息子なんだって?」
ぎくりと胸が大きく跳ね上がり、だんだんと落ち着きを取り戻す。
そういうことか、腑に落ちた。
電話口でのお蝶さんの含みも、どう見たって事情有りな二人組みが易々と店の奥に通してもらえたわけも。
「鳴滝禅っす」
こういうやりとりも久しぶりだ。
オヤジが死んで、華武吹町に俺が現れてからこんなやりとりは日常茶飯事だった。
七割は笑顔でオヤジの話に花を咲かせるので、俺はまたかと思いながら作り笑いで付き合う。
残りの三割は……平たく言えば暴力沙汰。
だから俺はこんなチャラチャラした見た目を作ってナメられないように装っていた。
背中に負ぶっていた優月をソファの長辺に寝かせ、俺はせせこましく席をとる。
優月が探していた変身ベルトの適合者が死んだオヤジというのはあまりにも俺にとってナーバス事案だ。
まさか俺の心境に合わせたではあるまいが、遠くステージではダンスショーが終わり、今度は歌謡ショーが始まったのか何やらムードのある前奏が店全体の雰囲気を塗り替えていた。
この空気の中で真摯に事情を説明するというのは、奇奇怪怪な馬頭観音との戦いよりずーっとキツいんだけど……。
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