13. VS 馬頭観音ハヤグリーヴァ-(2)
「まずは貴様の煩悩を救済してやろう」
ハヤグリーヴァは人差し指と親指で円環を作った穴を俺に向けて覗き込む。
仏像などがとっている、あの指だ。
一体何をされるのだかわからずまごつく俺。
焦点の合わない馬の目が俺を貫き、何かを見透かして――
「ウッ!」
――どういうわけか勝手に仰け反った。
「心が狭い上に汚すぎる、この我が吐き気を催すくらいに穢れている」
「ウッ!」
今度は俺が胸を押さえて仰け反った。
「いっそ覚悟をもって邪悪を背負うでもなく、底辺を漂い零れてきたものを啜る。幼稚で下劣で卑屈、そのくせ自分に都合の良い煩悩に塗れている」
「ウウッ!」
さらに俺は仰け反った。
どうやら俺の心を覗いたらしい。
「わかってんだよ! こんな人の多い場所で言わなくてもいいだろ!」
痛いものを見る視線はハヤグリーヴァよりも俺に集中し始めたところ、ハヤグリーヴァが話を翻す。
「だが救済の余地はある」
「えっ! ほんと!?」
救済?
俺を救ってくれる?
ハッピーにしてくれるってこと?
救われたいことなんて山ほどある!
何から救ってもらっちゃおうかな!
「この呪われし器の肉体に対する未練を断つ。まぐわいをそこで見ているがよい」
ハヤグリーヴァはそういうなり、竹中の最後のイチジクの葉であってふんどしを引きちぎると、後ろから優月のスカートを捲り上げ、そこに押し当て――。
「ッだぁらあッ!」
俺の右ストレートがハヤグリーヴァの顔面を抉り、お返しといわんばかりにすっ飛ばす。
先ほどの俺と同じく顔面から着地して錐揉み状態で大回転、最終的に駐車してあった車に激突した。勢いを物語るように車はハヤグリーヴァを受け止めた形そのままに凹み、誤作動したクラクションが高らかに鳴り続ける。
奪い返した優月を再び抱え、俺は二十メートル以上、先にすっころがっているハヤグリーヴァに目一杯の大声を叩き付けた。
「てめぇヒトのモンに何してやがる!」
しかしハヤグリーヴァはダメージがあったような仕草はなくすくりと立ち上がり、今度は両手で円環を作るとそれこそ仏像のように胸の前で印を組む。不思議なことにその姿はフルチンフルスロットルにもかかわらず、どこか異形ゆえの神々しささえ感じられた。
戦闘の気配を感じて俺は優月を手近な看板によりかけておき距離をとるも、すぐさま襲い掛かろうという話でもなさそうだった。
「我は馬頭観音ハヤグリーヴァ。諸悪を
抑揚のない……誰かが遠隔操作でもしているような声だ。気に入らない。
竹中は操られている、それだけは確実だ。
竹中が……俺と同じレベルで人間が小さくて輪をかけてバカな竹中が「
生きてるのか死んでるのか知らないが、
ハヤグリーヴァは続ける。
「この穢れし地には救済が必要だ。貴様も良く知っているであろう。人の心は枯れ果て、己を守ることだけに注力し、他者を慮ることを忘れ、疑心暗鬼のまま望み無く死に往く。これを無明、これを無常として、なんと申すか」
ぐ……。
何を言っているのか、難しすぎて俺にもよくわからなくなってきた……。
俺は頭からしゅわしゅわと「?」マークを浮かべながら精一杯の虚勢を張った。
「う、うるせえ! バカ竹中の身体乗っ取って偉そうな単語並べて言ってんじゃねえ! お前が竹中だと思うと腹が立つだろ! バカ竹中のくせに!」
結果、ただ単に竹中への悪口が飛び出した。
ハヤグリーヴァも脈略のない私怨をぶつけられて返答に困っているのか呆れ返っているのか、長い沈黙が続いた。
すると、頭上から聞き覚えのある声が降ってくる。
「兄ぃ~!」
竹中の舎弟二人だ。
雑居ビルの二階というめちゃくちゃ安全そうなところから声だけかけてくる。
「やっぱりそのお馬さんは竹中の兄ぃなんですねッ! 兄ぃ、兄ぃ! 正気になってくだせぇ!」
万が一正気に戻っても頭このままだったら困るだろ。
俺の冷めた考えを覆して、ハヤグリーヴァの様子に異変があった。
巨大な頭を、今更重く感じるかのように抱えて足元をふらつかせる。何度も頭を振り払い、気を確かにしようと……苦しんでいる?
竹中の名前を聞いて、意識を取り戻しかけてる!?
「……竹中?」
恐る恐る俺が呼びかけると、だばだばと涎を垂らし、くちゃくちゃ噛みながら……おそらく、言った。
「なる、だぎぃ……」
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