12. VS 馬頭観音ハヤグリーヴァ-(1)
「ボンノウガー……やっと、会えた」
多分、そう言った。
それは旧知の誰かを呼ぶような、安堵に溢れた言葉だった。
あっけにとられながらも脱力した優月を横抱きにして着た道を戻る方向に走る。
ウマタウロスは今度腕が刺さったドアを取り外そうと苦戦している。
今のうちに路地に入ってウマタウロスも黒服も撒こう!
そんな楽観的な考えだった。
それにしても、優月の身体が異様に軽い。
すらりとしているが女性にしては長身の優月、五十キロ近くあってもおかしくない。
それなのに、羽の様に――は言い過ぎだがプラスチックで出来ているかのように軽く感じる。
この優月はもしかして某エッチな女の子人形を作る会社の新製品なんじゃないか、としょうのない推測が過ぎって手の中の彼女を見て、続いて支える自分の手を見た。
ラバースーツに包まれていた。
そうか、俺も人形化して……どこにそんな需要があるんだ。
ふと……というか少々の確信があり顔を通路側に向ける。
ウマタウロスを見ていた
通り沿い、すぐ横のディスプレイにはマカロンタワーが展示されており、ピンクにパープル、イエローとパステルかつメルヘンな色合いで積み上げられている。ピンク色の壁紙にはスプリングセールを煽る文句が洒落た筆記体で書かれていた。
午前零時過ぎのこの時間には足を止める者はいないが、昼間だったらきっと夢見る女の子が覗き込む、そんな可愛らしいディスプレイだ。愛と夢と希望が詰まったディスプレイのガラスには、腐った血の色をして禍々しい黒い焔を巻き上げた全身ラバースーツの男が優月を抱えて立っていた。
なに、この……呪われた特撮ヒーローみたいなの……。
ウマタウロスに続いて、また何か変なのが増えたなあ。
と、俺は思った。
その変なのの腰には見覚えのあるベルトが装着されていた。中央に赤く光るサーキュレーターのような装置、帯の部分にはミミズが這ったような難しい漢字、色は黒。
間違いない……この変なのは、俺だ……。
そうか……。
ベルトは。
変身ベルトは、見えなくなっただけで、ずっとここにあったんだ。俺が適合者だかなんだかだって、吸収しちゃったんだ……!
生暖かい鳥肌が駆け抜けて頭が真っ白になっていたところ、背後から悲鳴が聞こえてくる。
何事かと振り向く前に俺の身体は逆「く」の字に曲がり吹っ飛ばされていた。
優月の身体は腕から
ウマタウロスの強肩が打ち込まれていた。
優月は奪い取られる形でウマタウロスの腕の中、今もぐったりと意識を失っている。
「ゆづ――ごボッ」
顔面から着地し、
全身を纏っているラバースーツのお陰で直接的な怪我は無いが、ウマタウロスが与えてきた衝撃は重く当たり所が悪ければどうなっていたことかと冷や汗が背中を伝う。
――否。
車がああも簡単に吹っ飛ぶラリアットを、俺はこれ以上と無いくらい無防備な状態で受けた。
身体がすっ飛んで打ち付けられて痛い……程度で済んでいること自体が異常だ。
このスーツはヤツの攻撃を無防備に食らっても命を守ってくれるだけの防御力を備えている。
優月がやたらと軽く感じたのも、筋力的な何かが増強されているから、か?
なるほど、剣咲組が慌しく立ち回ってでも手に入れたい代物のはずだ。
これは、あのバケモノと渡り合えるほど強力なパワードスーツ……!
背中から沸き立っている炎のエフェクトが禍々しくて、「正義の」とつけるのは
変身ベルトが俺を選んだ。
特別な力を手に入れた。
これで優月を取り返して、ウマタウロスをこてんぱんにして、街の人と優月から感謝されちゃって、俺はヒーローになれる!
その後、あわよくば……!
それだけじゃない。
楽して稼げたり、女の子にモテたり、やりたいことやりたい放題!
さようなら、灰色の日常。
こんにちは、ピンク色の生活!
「よおっしゃあ! やってやろうじゃん! かかってこい、怪人ウマタウロス!」
俄然やる気が出た俺は見様見真似以下、「どこかで見たことあるな」程度の戦闘の構えをしてみせた。
こう?
いや、こうかな?
違うな……。
こう、かな?
……なんかしっくりこないんだよな。
それとも……。
どうもキマらない俺を完膚なきまでに無視してウマタウロスが――先ほどのたどたどしい喋り方とは打って変わって、人間とも馬のものとも思えない、かすれた電子音……「ワレワレハウチュウジンダ」のそれで名乗りを上げた。
「我が名は
ハヤグリーヴァ。
それがあのバケモノの名前。
結構かっこいいな……。
というか。
観音って、仏様じゃなかったっけ。
救済って、いいことじゃなかったっけ。
よく目を凝らすと、ウマタウロス改めハヤグリーヴァの背後には後光さえ射している。
一方、俺の背後には禍々しい黒い焔。
…………。
俺が悪モノのほうなのか、これ!?
心の整理がつかない俺を引き続き無視するハヤグリーヴァ。
「煩悩の化身よ。この呪われし器に
抑揚のない言葉、感情の一切篭らないそれが不気味であるが、人間味が無いからこそ人外存在であることが強調されていく。
「まずは貴様の煩悩を救済してやろう」
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