06. あなたとTogether!-(3)
『我とTogetherせよ……』
一連の回想が終わったところで、俺は自分がどこかで眠っていたわけでも頭を打ったわけでもなく、時系列どおりに今に至るという事実を確認しただけだった。
そして今もなお、変身ベルトはしつこく語りかけている。
『お前こそ、我が力を手にするのに相応しい』
力……?
もしかして、少年誌でよくあるピンチになったときに光り輝いて「力が欲しいか」って語りかけてくる系のベルトなのか?
ピンチといえば……今、変身ベルトが喋ってること自体がピンチなので、いっそ大人しくしていて欲しいというのが俺の願いなのだが。
俺の腕を伝って俺の考えも読まれているのか――しかし黙るどころか、変身ベルトは事務的な論法に変えてきた。
『我とTogetherせよ……優月は我の適合者を探している。我を装備することによってお前の煩悩は余すところなく解放されるであろう。念のため紙袋にはそこのMachineを入れておくが良い。さあ、我を身に付けよ』
情緒もなく全部説明しよった……。
それにしても、煩悩を……余すところなく解放ってどういう意味だ?
つまるところ優月と穏便にTogetherできるって事か!?
『微妙……』
「…………」
先ほどの塩対応はどこへやら、あやふやだった。
俺は答える術がなく舌打ちする。
ともあれ、事情はわかった。
このベルトは普通じゃない。
優月が追われているのはこのベルトのせいだ。
そんな折だ。
キュッとシャワーを止める音が響いて俺は反射的にベルトを紙袋に入れようと慌ててしまい、故に手の中から零れ落ち――もしかしたらベルトの意思であったかもしれない――気が動転してベルトの言う通りに枕元にあったそこの器具――電動マッサージャーを入れる。
「すまない、身体を拭う手ぬぐいは、この大きいものを使って構わないのか?」
胸を撫で下ろした。
出てくるのはまだ先のようだ。
しかし手ぬぐいとはまた古風な。
「どうぞー! 手以外もどんどん拭ってくださーい」
俺は白々しいほどに軽快な声をかけた。
シャワールームの開閉音がして、耳慣れたシャワー音も止み、本当の静けさがやってきた。
足元に落ちたベルトを膝の上に置き、思考の歯車を再び動かす。
優月はいいところのお嬢様。
その家からこの妙な変身ベルトを持ち出し黒服に追われている。
適合者を探すため。
それが――
『我とTogetherせよ……それがお前のDestinyだ』
――
膝の上を通じて声が響く声に俺も思念で語り返し、ふとベルトに目を降ろす。
くぱぁ。
ベルトの姿は変貌していた。
帯状のベルトの内側にはびっしりと、イソギンチャクのような触手が大小不規則に突き出しておりそれぞれうねっている。
じゅるじゅる、くちゃくちゃ。
まるで肩を寄せ合うくらいに狭いチェーン店内で隣に座ったラーメンを食べているおじさんがクチャラーだったときのような、不愉快な音を立てて俺の膝の上で
「……いぃっ!?」
両端から一際太い触手が伸びて俺の腰に巻きつく。
驚きのあまり言葉が出ない。あうあうと情けなく喉から音を垂れ流しながら起きていることを見ているだけだった。
俺は食事中のクチャラーおじさんを膝の上に乗せ、その上、触手プレイされていると思うと背筋がゾッとするどころではない。
先ほどまでかろうじて銃を構えていた
くそっ、くそっ! 一体どうなってやがるんだ!
俺が触手プレイを受ける側だと……!? ふざけてやがる!
触手プレイを受けるのは、いつだって高慢ちきな女で……まさしく優月の方が適任だろう!
俺にやる需要が無い!
何とか己を奮い立たせて俺は触手を掴み、ベルトを掴み、引き剥がそうとする。だが抵抗むなしく触手が背中を一周して身体に固定されると今度はへその前で謎のサーキュレーターがわんわん唸り始めた。
丹田の辺りがぐっと熱くなる。
サーキュレーターが稲妻を放ち、とうとう身体を駆け抜ける。その反動で俺は上体をベッドに投げ出した。
身体が無理を強いられているのがわかった。
心臓が破裂寸前まで跳ね上がる。
その頃にはされるがままで、声も出なくなっていた。
そうだ、俺は優月に助けを求めるべきだったんだ……!
どこかで盗みを働いているようで後ろめたさがあったんだ、だから隠してしまった。
素直に、正直に、自分の悪事を認め、誠心誠意の謝罪をしよう!
優月、助けてくれ!
優月、さん! 助けてください! そしてごめんなさい!
今更だが俺は念じ、シャワールームのほうに手を伸ばす。
「ゆ……づ、き」
喉の奥から搾り出した声はきっと俺の口の中で溶け落ちたはずだ。
だが、偶然にもシャワールームの開閉音が響いて濡れ髪にバスローブ姿の優月が登場、
優月様、優月様! 勝手に紙袋の中を覗いてすみません! 愚かな僕をどうか許してください、そして可能であれば助けてください! ダメだったらプレイの範囲でお仕置きしてください。
と、いう言葉が出なかった。
一方、優月は怒った素振りもなく、ただ一人遊びに興じている不審者を見るような冷たい視線を振り下ろしていた。
「どうした」
怒って、ない?
俺、変身ベルトを……。
腰に手をやる。
そこにはいつもの、知っている学生服の凹凸があるだけだった。
変身ベルトはすっかり消えている。
そういえば身体の異変も無くなっている。
危機はすっかり過ぎ去っていた。
「……えっと」
ともあれ、優月は気がついていない。
俺が紙袋の中の変身ベルトに触れたことに。
ラッキー!
優月はちょっと天然さんなんだなあ!
「なんでもない! 大きいベッドた~のし~っ!」
ベッドにごろごろと転がる俺に、優月は――少しだけ笑った。
美しいと感じるのは当然のこと、そしてそれは子供でも見るような目で、愉快よりも慈愛に溢れていて、デレともまた違っていて……新米兵士が息を吹き返すには十分だった。
そして、恐ろしいことに己の心の汚さを自覚するのにも十分だった。
俺は……この女を騙している。
ラブホテルに連れてきたことも。
変身ベルトに触れたことも。
あの念話、あの触手、もしかしたら自発的に逃げた可能性もある。
いや、そもそも夢だったのでは? 俺はどこかで頭を打ったのかもしれない。
そう思いたい俺の視界に入ったのは、ビニール袋を上重ねされた紙袋だった。あの中には電動マッサージャーが入っている。ビニール袋がかかっているという事は俺が紙袋に触れたのも事実だ。
「おい」
不思議と棘もなく、
「これはヘヤードライヤというものか? 動かない」
と、言ってヘアードライヤーを振る。これ見よがしに電源コードは纏まり先端は刺さらぬままぶら下がっていた。
なんだか優月のイントネーションもおかしかった。
間違いない……世間知らずの箱入りお嬢様だ。
「ああ、それは……」
駆けつけて電源を挿してやり、動かして見せると優月は「おお」と感嘆の声を漏らして洗面台の前に立った。
ゴミだらけで雨に濡れていてもあれだけ直感的に刺さるんだ。
不浄を、余計なものを取り払われた彼女が俺の目にどう映っているかなんて、決まりきっている。
絹のような長い黒髪に当てる様もどこか不慣れで、彼女が自分で髪を乾かしたこともないのは一目瞭然だった。
それでもどこか楽しそうに、どこか物憂げに、懐かしむように髪に熱風を当てている。
彼女にはそうしてくれるような召使いがいて、不自由の無い生活をしていて世の中のことを良く知らないくせに、何か背負ったものの為、変身ベルトの為に出てきてしまった。
そんなストーリーを勝手に想像して俺は――「紙袋勝手に覗いたら、変身ベルトが無くなっちゃった!」なんて軽率なことを死んでも言える気がせず、背筋に寒いものを走らせていた。
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