04. あなたとTogether!-(1)

 例えば――冷たい霧雨の中、物騒な連中に追われている美女に助けを求められたら、どうする?

 誰だって、善意とか正義感とか……少なくとも日常の変化に期待して手を取るだろう?


 春先、まだ寒いネオン街をコート一枚という変質者さながらの格好で逃げ回っていた美女の手を引いて俺が逃げ込んだのは……ネオン街で男女が身を隠すには最も自然な場所――ラブホテル。

 あらゆる条件を飲み込みまさしく適合して相応しい場所に、極めて紳士的態度で彼女を案内したわけだ。


 だから俺がやったことは仕方が無い。

 仕方が無い!

 そういうことに、しておこう。


 俺はの一番に、異臭を纏っていた優月をシャワールームに押し込んだ。


 何度か色気の無い悲鳴が聞こえたが、やれ突然水が出たとかテレビ画面がついたとか平和的な話だった。

 優月、箱入りのお嬢様説はそのままに、俺は「そういう施設だから」と盛大に余裕をぶっこいて返事した。俺もラブホテルなんて来た事は無いけれど。


 やがて甘く清涼感のあるシャンプーの香り、湿り気が漏れ出してくる。

 これが、あの優月が身体を洗ったお湯の一端……。


「優月さん……優月……」


 秘かに呼び捨てにしてしまった。


 頑固で世間を知らなくて偉そうな一方、疲れと悲壮を漂わせた彼女の態度は俺には深く刺さってしまった。

 その上まともな服を着ていない見目の良い女性。

 詐欺も暴力も渦巻くネオン街ではこれ以上とないくらいの弱者だ。いいカモだ。


 だから俺はたまたまいいカモが転がり込んできたと思っているし、一方で彼女を助けられないかなんて偽善はなはだしい使命感さえ湧いてきている。

 そしてこの状況だ。


 彼女次第ではできそうで……だからこそ、十九歳という節目直前に立った俺には大事な局面だった。


 はっきりさせようとは思った。

 俺は、童貞を捨てたくて転がり込んできたお姉さんをいいようにしようとしているのか、運命的な出会いをして柄にも無く一目惚れしてしまったのか。


 その気持ちの丁度真ん中でとうとう思考停止してしまい、俺はふらふらと部屋の中を散策し始める。

 

 相応の施設の中、俺の目には新しいものが一つ、そこに埋め込まれていた。

 壁際にそなえつけられた自動販売機――コンビニボックス。

 陳列した商品は面と向かっての購入が憚られる、所謂オトナ・・・のアイテムだった。


 飲料、スナック菓子、アイマスク(羽箒耳かき付き)、小型マッサージ器とその電池、下着、ローション、コンドーム。

 その中に輝く《メイド服》、《ナース服》、《セーラー服》の文字。


 コスプレ衣装の販売に、俺の頭の中で一つのピースが埋まる。


 優月はコート以外に服を持っていない。


 すぐさま邪な側で悪魔が囁いた。

 これはをつつがなく行う為に、今すぐに手に入れたほうがいい。休むにしたって裸でってのもマズいでしょ。

 俺の脳内天秤がコスプレ衣装を買うというよこしまな選択肢へ傾く。


 だが、俺の中の小さな小さな天使が囁く。

 いずれにせよここを出る前に何か着るものが必要だ。

 たとえそれが胡散臭いコスプレ衣装だとしても。


 …………。

 俺の天秤は――結局天使も悪魔も片方向へと鎮座し、派手な音を立てて傾いた。


 いそいそと財布を取り出して千円札三枚を薄っぺらい財布から摘み上げたところで行き詰まる。


 俺は、迷った。

 躊躇ためらった。

 脂汗を流しながら生唾を一つ飲んだ。


 俺の財布には三千円と小銭だけが入っていた。

 そして、コスプレ服のボタンはメイド服、ナース服、セーラー服の三種類。

 三つの中から一つ。そんな選択を迫られた。


 何せ人生の中、恐らく一生に残る青い春の光景を決めようとしている。

 馬鹿馬鹿しいかもしれないが、俺は大真面目だ。


「――とりあえず」


 学生生活を送っている俺としてはセーラー服は、まず無い。

 セーラー服好きの皆さん、本当に申し訳ございません。無しです。


 なんせ見慣れているし、知っている顔が過ぎる。


 覗き込む色からして俺が通っている高校と同じ、黒いセーラー服タイプだ。一夜の紳士的観賞用にもかかわらずクラスメイトの顔が過ぎると何の都合が悪いのか、という問いに答えるには多分二万文字くらい必要なので割愛しよう。


 残るメイド服、ナース服。


 従順という言葉とは遥か縁遠いタイプの優月にはメイド服は、ちと厳しい。

 メイド服好きの皆さん、本当に申し訳ございません。無しです。


 最後にナース服。


 恐らく、かなり似合う。

 大人の艶があり、ちょっとキツいことを言う彼女にはバツグンの相性のはず。


 本日の俺は人助けという善行を働いたのだから、軽くお医者さんごっこなるものを致すとかそんなご褒美なんかがあっても罰は当たらない。

 俺の指は震えながら、汗で濡れたり折れ目で複雑骨折したりの千円札を何とかコンビニボックスに飲ませると、軽くナース服のボタンに触れる。


 ナース服の優月。

 ちょっと困った顔で触診なんかしてくれちゃったり俺も触診仕返しちゃったりして――えへへ!


 楽しくなってきたところで俺の下につく、もとい冴え渡った脳髄のうずいから疑問の声が響いた。


 ――本当に似合って、想像がつくほうで良いのか?


 何をアンポンタンポカンなことを言っているのかね、脳髄くんよ。似合うものを着せた方が良いに決まっているじゃないか。

 メイド服の優月はちょっと想像が出来ないよ。


 ――待て待て。今しがた想像がついたように、もうナース服の優月は楽しんだじゃないか。だからこそ想像がつかないほうを選ぶんだ。そっちの方が二度美味しい。


 二 度 美 味 し い !?


 俺は下のほうから聞こえてくる新解釈に耳を傾けることにした。

 ようするに、絶賛煽られ中の庇護欲ひごよく嗜虐心しぎゃくしんの、後者をメインにとるということだ。Sサドで行くということだ。


 メイド服は確かに優月の不遜ふそんな態度からすれば柄ではない。

 だからこそ、だ。


 少々マニアックすぎて理解が出来ないかもしれないが、話としてはこうだ。


 人妻に体操服を着せるのと同じ。

 似合わない、無理やりやらされている、だからこそ、良い。


 同じく優月も、物凄く嫌な顔をしながらメイド服を着るしかない。

 ほぼ強制的に起こるイベント、優月はどんなに嫌な顔をしても罵声を浴びせかけても泣いても叫んでも、俺が用意した服に袖を通してしっかりと俺の網膜にその姿を焼き付けられるしかない!


 怒られる? 構わん!

 俺はαアルファでありΩオメガであり、サドでありマゾである。

 この汎用性の高い性嗜好ゆえに、嫌がらせをして困らせるのも楽しければ、嫌な顔をされて蔑まれるのも楽しい。もちろん嫌々受け入れてもらえるのも大歓迎。万が一、普通にデレるのもまた良い……!


 この作戦は全ての優月を網羅した。完璧だ……。

 新米兵士くんの提案に俺を構築する細胞全てが満場一致、ささっと指の位置をスライドさせてメイド服のボタンに指を押し当てた。

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