第22話 -3 白い虎の不満
鉄の柵が並ぶ隙間から、みんなが見える。
「親父、今のスウグの檻の中に入れるなんて悪ふざけがすぎる……! さっさと出しな」
虎子さんの怒声が飛ぶ。お父さんは扉の前に立ち、手を後ろに私を黙って見下ろし動かない。置かれた状況に追いつけず私はパニックを起した。
白い虎の咆哮がすぐ近くで聞こえる。ゆっくり振り返った時には虎は飛び上がっていてまっすぐ私に飛びついた。
強い力に押し付けられ、肩に痛みが走る。顔をあげると私の頭を丸呑みするほどの大きな口が開き、いくつもの牙を向けられていた。
「待ってーー!」
必死の抵抗で腕を突き出し、下顎を押さえ込んだ。急いで意思疎通を図らねば、一秒だってもたない。魔物のようだが通じるだろうか、虎が正気を失っていたら私はもうお終いだ。
〈待って食べないで! 君の話を聞きたい、どこが悪いの!?〉
虎がピタリと動くのを止めた。五彩の目が私をゆっくり見下ろした。しばらくして虎から感情が流れ込んでくる。不思議な色の瞳がゆっくり移動し、ピタリと止まった。そうか……そういうことだったのか……。
「め、芽衣! 今すぐ助ける」
「待ってください! 誰も動かないでください」
虎に押し倒されたまま私は声を張り上げた。みんながピタリと止まってくれ私の荒い息遣いだけが聞こえる。
思考を巡らせ、最善の方法を考える。虎の思いは伝わった。後は魔物の気持ちがわかる私のチートがばれないよう丸く収めなければ。
「虎子さんのお父さん……その手首に光るブレスレット、魔物の牙ですよね? スウグちゃんの同種かそれに近い品種の……」
「……ああ。そういうことだったのか」
「この子、ずっとその牙の光を目で追ってるんです。良かったらそれをこの子にあげてください……落ち着くかもしれません」
紐をほどき、私に牙のブレスレットを手渡してくれた。それを虎の首に抱きつき結んであげた。虎は私の体の上からどいてくれ、ちょこんと腰をおろした。さっきまでの狂暴性はどこへやら、借りてきた猫より大人しい。
「親父、何一人で納得してんだ。どういうことなんだよ」
「……あの牙、スウグを保護した時にそばにいた瀕死の母虎のものだ。救うことは到底できなかったからとどめを刺した。その戒めに俺はつけてたんだが、急にそれに気づいたのかスウグは欲しくなったんだろう」
そう……この子は母親の形見を身につけたかったのだ。虎子さんのお父さんが止めを刺す場面だけを見ていたのかもしれない。スウグちゃんに今聞いたことを心の中に伝えると、目を上げお父さんに近寄った。虎子さんのお父さんも檻の隙間から手を差し込み額を撫でてあげている。
人から動物へは言葉では伝えられない、その逆もしかり。私は中間に立つことができるスキルで二人の間に入った。
理由がわかると誤解は解け、二人の目は今とても似ている。種族を超え大事にし合いたい間柄は絶対にあるのだ。
スウグちゃんは大人しくなって、もう檻も必要ないだろう。私は肩を押さえながら檻の外へ出た。虎子さんが申し訳なさそうな顔をして駆け寄ってきた。
「すまなかった芽衣、このクソ親父が」
「ひでーな虎子、俺はこの子は大丈夫ってわかってたんだぜ? 今日ここに来たら、やけに他の魔物がおとなしいから何かあると思ってな」
「根拠もクソもねぇじゃねぇか。ところで芽衣、よくスウグがメスだってわかったな。スウグちゃんってツラじゃねーだろ、フフ」
「あ……スウグちゃん妊娠してるから、それでわかったんです」
形見を欲しがったスウグちゃんは不安だったのだ。初めて母親になる心配から、自分の母親の姿を思い出す牙をお守りに欲しいと教えてくれた。子を想い親を思ったのだ。
母親になるスウグちゃんを見て、気まずそうにしている父親になるスウゴくんを見た。私の目線の動きに合わせてみんなが首を曲げる。数秒の沈黙の後、声を揃えてみんなが絶叫したので私は飛び上がって驚いた。
みんな気がついてなかったのか、妊娠中のスウグちゃんを気づかいすぐ口を塞いだ。小声で騒ぎ合い、喜びを体で表現している。
「本当か嬢ちゃん!? なんてめでてーんだ、待望の希少種ベイビーだぜ!」
マフィアのような側近の人達と手を取り合って喜ぶお父さん。みんなで小躍りをしてイメージのなかった姿が面白くてたまらない。
虎子さんも私の肩を揺さぶって喜び、満面の笑みをくれた。
「こんな嬉しいニュースは久しぶりだ。こいつらはさっきも言ったとおり個体数が少ないんだ、私達は希少種の保全活動を中心に動いててね」
「そうだったんですね! 種の保全活動……」
見た目の怖い人たち、そんな素晴らしい活動を行う人たちだったのか。失礼だが見た目からはとても想像出来なかったので、胸の中で謝罪をした。
「ありがとう芽衣お礼を言うよ、本当に目ざといことに気づく不思議な子だね。スウゴが父親か……こいつは昔から見る目があるんだ」
「はい! スウグちゃんにも元気な子を産んで欲しいですね」
二人で檻に向き直り、スウグちゃんを眺めた。ここなら母体にはいい環境かもしれない、みんな甲斐甲斐しくお世話をしてくれるだろう。
後はご飯をしっかり食べてくれるといいのだが、やっぱり虎だし生肉だろうか?
何が食べたいか聞き出そうとしていたらトントンと怪我していない肩を叩かれた。振り返ると満面の笑みをした虎子さんのお父さんが、片手で構えた銃口を私に向けていた。
「お嬢ちゃん、ありがとうな。ハッピーホーリー」
目を見開いても銃口はしっかりと私を狙い、横にいる虎子さんを見ると妖艶に微笑んでいる。
あ、やっぱりスウグちゃんは肉食なんだ……不思議とパニックにならず観念していた。生まれてくる子供達の養分になるのなら本望かもしれない。
虎子さんのお父さんはゆっくりと私に微笑むと、長い傷跡が少し引きつった。
引き金に指がかかり、カチリと音がする。
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