第22話 -4 環境改善




 引き金を引かれて勢いよく飛び出したのはピンク色の鮮やかな液体だった。銃口からピューッと飛び出す水は私の肩にかかり、傷に沁みると痛みがゆっくり消えて行く。


「高純度ポーションだ。スウグに体力回復用に用意してたが、これからこいつに必要なのはバランスのいい栄養だからな」


 水鉄砲を私の肩にかけながらお父さんは何食わぬ顔で引き金を引き続ける。


 まだ呆然としたまま私は口が聞けない。勝手に止まった心臓が、今になって生きてることに気づいて早鐘を打つ。


 本当に殺されるのだと思った。見た目で判断をしてはいけないと気づいたばかりだったのに。


「悪かったな嬢ちゃん、服が汚れちまったがまぁ今日は春迎えの祭りでどうせゴチャゴチャに染まってたし、これも春らしくていい色だろ?」


「馬鹿親父、詫びも兼ねて弁償に決まってんだろ」


「あ……私雪送りとか春迎えの祭りは初めてで。 そっか、だから白い服を着るんですね。染めていただいてありがとうございました!」


 キャンパスに色を付ける。真っ白だったこの世界の冬の銀世界が、今日から色鮮やかな春を呼び起こす。魔法とモンスターと自然に溢れたこの世界で私は思うまま自由に染まっていいんだ。


 最後に見る色は何色になるのだろう。今からでもアカデミーの祭りに参加が出来るだろうか。


「そうか、嬢ちゃん初参加なのか。祭りの風習はもう一個あるぞ」


 そう言って虎子さんのお父さんは私を抱き上げくるくると回転した。


「本来はハッピーホーリーと言いあって抱擁を交わすのが慣例だ。ほーら楽しいかー? はっはっは」


「親父、もういいって芽衣の目が回ってる」


 虎子さんの制止もあってやっと回転が止まった。景色がグルグルに回っている。子供好きなお父さんだったのだろうか、少し楽しかった。


「あ、ありがとうございました虎子さんのお父さん」


 ぐらつく体を支えようと虎子さんのお父さんの袖に掴まった。過剰な愛情表現をするお父さんなのだろうが、父親のいない私には初めての経験でこんな風に触れ合うのかと体験できて嬉しかった。


「虎子とまた違う可愛さだなぁ。俺は祐成、嬢ちゃんはパパって呼んでくれねーか? ダーリンもいいな、どうだ虎子? 年下の母ちゃんでも許してくれるか?」


 スリットの入ったスカートから足にくくりつけたピストルを取り出し、虎子さんが弾倉を確認しだした。お父さんは渋い顔をしてタバコを指で弾く。部下の方が灰皿でキャッチし火種をもみ消している。


 ガチャンと銃の弾倉をはめ込むと、次の瞬間には虎子さんがお父さんに向けて弾を撃ち放っていた。


 虎同士の親子ゲンカが勃発。慣れた様子でスーツを着た人達が慌てず騒がず私の前で盾になり、倉庫に銃弾の音が何発も木霊する。


「何だ、新しい母ちゃんにヤキモチか。俺はお前もちゃんと愛してるぞ」


「黙んな! 麻酔銃しか入ってねぇのが悔やまれるが、一般人がヤクザの頭領に食われる前に粛清する」


 喧嘩はマトリックスする。虎子さんが高くジャンプしアクロバティックな体勢で銃を撃ち放つ。お父さんは華麗な体さばきで弾を避け、遊んでるのか高笑いも聞こえる。


 私は側近の人の後ろでハラハラした。他の魔物も興奮した声をだしている。


「虎子さん! パパさん! スウグちゃんの胎教に悪すぎます!」


 倉庫の中のけたたましさがピタリと止んだ。私を振り返り驚いた顔の側近の人垣が割れた。体を出して私は精一杯顔を怒らせ睨みつけた。


「ここでは……やめてください」


 私の低い声が静かに届くとスウゴくんまで耳を絞らせ地面にふした。


「悪かったよママ……じゃなくて嬢ちゃん。怒られちまったじゃねーか虎子」


「あんたのせいだろ」


 牙を向け合う親子は睨み合うだけで大人しくしてくれている。私はスウグちゃんになにが食べたいかこっそり聞きだした。


「フルーツと木の実を砕いてスウグちゃんに、飲み物は温かいミルクを用意してください。檻は外から見えないよう配慮してあげてください。そこ! ここは今日から禁煙です……」


 涼しい顔をして同じ火でタバコを点けようとするパパさんと虎子さんを諌めた。


 煙を嫌がっていた魔物達からも要望があったのだ。この子にはあれ、あの子にはこれと側近や取り巻きさんに指示を出すとみんながテキパキ動いてくれた。指定した毛布を私に持ってきてくれようとしているのか、奪い合いまた小競り合いをする親子を私は睨みつけた。


「あの目たまんねーなぁ、マジで姐御に良さそうだよな虎子」


「見る目あるな親父……」


 スウグちゃんや他の魔物のクレームも聞いて移動させたり餌を変えたりして、みんなが心地よい環境を作り終えると私は仕事を終えて一息ついた。


「ふぅ、お終いですね。みなさんありがとうございました。それでは私、そろそろお暇してもいいですか?」


 みんな黙ってコクコクと頷く。魔物たちも環境が変わったので心地よい歌声を響かせる者もいる。


 保護施設か……魔物にはどう思われてるのだろう。人の勝手な理由で絶滅させられて勝手に焦り出す。


 でも誰も保護しようと思わない人だけの世界は悲しすぎる。


 ここに居る人達は純粋に魔物が好きで善意ある人たちのようだ。そんな人達に想われて、生まれてきてくれる命があることは喜ばしいと思う。


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