第22話 -2 虎子さんのお父さん
拒否権はないのだろうか、大声を出して逃げ出した方がいいだろうか。頭で警報は鳴りっぱなしだが、囲んでる人たちの顔が怖くて縮こまってしまう。
巻き添えを食らったガウルくんも雰囲気に押され、怯え切っていて申し訳なくなる。
「乱暴にされたくなかったら大人しくしてな、この騒ぎで周りには聞こえないだろうがな」
背中を向けたまま忠告された。先を行く虎子さんが煙を吐き出してむせる匂いが風に乗ってきた。
校舎と反対方向に歩かされているのか、サークルに勧誘する人たちの大きな声が聞こえる。取り囲む柄の悪い人たちが輪の中からガウルくんを押し出した。
「おお! 君いい体しているな、我がラグビーサークルへ来ないか!」
「えっいや俺は、待って! 芽衣ーー…!」
ガウルくんへの被害はなくなったが一人きりにされてしまった。進むごとにどんどん悪い方に向かっているようで不安が拭えない。
上空を見上げると魔法使いや使い間が空を飛び、箒や尻尾から火花を地上に撒き散らす。みんなの真っ白な服に付くと燃えることなく鮮やかな色がつく。たまに水風船が飛んできて周りの人が跳ね返している。上級生のカラフルな服の意味がわかった。きっと去年の雪送りに染め合った跡だろう。
楽しげな祭りに参加できず残念だ。一体どこに連れて行くというのか。カラフルに染まる校舎と正反対の、窓のない真っ黒な馬車に私は乗せられた。
中には使い魔のスウゴくんが座椅子に寝そべっていて、虎子さんに促されお腹の位置に座らせられた。上質な毛並みは滑らかで、毛並みに沿って撫でさせてもらうとオレンジ色が輝きを増した。予期せぬもふもふタイムに今置かれてる状況も忘れて興奮した。
「なんて綺麗なもふもふ、スウゴくん尻尾も触らせてもらっていい?」
長い尻尾をくゆらせると私の体を一周して膝の上に。虎の尻尾もなんて素敵なんだろう。地球にいては、成人の虎にここまで触らせてもらうことはとても難しい。
縞模様の尻尾に恍惚としていたら正面に座っていた虎子さんが小さく笑った。
「スウゴはこれでも希少な魔物、日に千里を走り虹を残す。だが素材の価値から乱獲が続いて個体数が少なくなってしまった。私もこいつと巡り合ったのは本当に偶然」
地球でも虎の毛皮や骨はその美しさや狩の難しさから一種のステータスとされた。今でもおできや頭痛を治すなんかの理由で薬に使われ、乱獲が続いている。現存のトラは四千頭ほどしかいないそうだ、現代の人口は七十五億人を突破したと言うのに。生きるため仕方なくでは無い……それでも需要は減らない。
「眷族であっても警戒心の強いこいつが懐くのは珍しいんだ、そこでちょっとアンタにお願いがあってね」
車外に煙を吐き出す虎子さん、その瞳は遠くを見ている。何を考えているのだろうか全く読めなかった。
***
連れてこられたのは大きな倉庫のようなところだった。自由に闊歩する魔物もいたが庫内には大小様々な檻があり、魔物や動物が押し込まれていた。オセロットくんがいたら怒ってたかもしれない。
中に入るまでは動物園のような鳴き声が溢れかえっていたが、私たちが先に進むほど魔物達は大人しくなっていく。魔物達は興味津々に私を目で追い、多種多様の感情が流れ込んでくる。
その中で一番強い感情を送ってくる魔物がいた。一番奥には檻に入った、白地に黒い縞模様の美しい虎がいた。
スウゴくんの瞳と同じ、長い尻尾が五色に輝き、檻の中を落ち着きなく歩き回っている。近づくと口を大きく開け牙を向けられる。気持ちを読まなくてもわかる、近寄るなと言って怒っている。
「ダメか……スウゴがなついたからスウグもなつくと思ったんだがね。どうした訳か最近は食欲も減っててたまに魔石を食うだけなんだ。このままでは衰弱する一方だ」
虎子さんがため息を漏らした。スウグと呼ばれた白い虎は警戒したまま歩き回る。同種のスウゴくんが一歩も近づかない。一定の距離をとり、顔をそっぽ向かせ興味のない顔で寝そべっている。
「希少な種同士だ、仲間で協力し合ってくれたらいいと思っていたんだが。もともと虎は縄張り意識も強いし血縁関係がないと厳しいな」
雪のように真っ白で美しい魔物……心配だ、気持ちを探ろうとしたら背後に人の気配がした。
「おう虎子、なにしてんだ」
「親父……来てたのか」
サングラスにスーツを着た人をぞろぞろと引き連れ、虎子さんに親父と呼ばれた人が近づいてきた。
細身の真っ黒なスーツに虎子さんと同じ橙色の髪をオールバックにしたつり目の男の人。右目が長い傷で塞がれ、虎の獣耳は右側が片方千切られている。
その姿は綺麗な顔立ちの分、畏怖を与える。くわえ煙草で片目で私を見下ろすと肺に溜め込んだ煙を正面から吹きかけられた。
「エホ……ッこ、こんにちは!」
「はい、こんにちは」
笑うとその凶暴そうな感じは消え、親父と言われた割に若くも見える。虎子さんの美人さはお父さんに似たのかもしれないほど雰囲気が似ていた。
「なんだ、この子新しい餌か? スウグは食わねぇだろ」
「ちげーよバカ、芽衣は後輩だ。スウゴが珍しく懐いたからスウグももしかしたらと思って」
「ほう……」
ジロジロと私を見下ろしタバコを口に持っていく。その腕にキラリと光るブレスレットのチャームは牙のようなもの、ニヤリと笑い覗いた犬歯とそっくりだ。亜人の身体的特徴、肉を簡単に切り裂きそうな歯だ。
虎子さんのお父さんはタバコを側近の人の持つ灰皿で消すと、靴音を響かせて白い虎の檻に近づいた。檻の中の虎は今までにないくらい激しく吼え、鉄の棒に噛み付いて引っ掻くように前脚をお父さんに向ける。
私達に警戒していた時と比べ物にならないくらい虎子さんのお父さんに敵意を向けている。虎の前脚の爪は私の亜人の爪のように鋭利で危険、生き物を殺す武器だ。
「どうしたんだろうなぁスウグ……腹減ってんだろ? あんま言うこと聞かねえと殺しちまうぞ?」
白い虎は暴れるのをやめない。スウグの手の届かないところで足を広げてしゃがむと背広に手を入れた。腕を伸ばすお父さんの手には真っ黒な銃が握られていて銃口を虎の額に向け、ため息をついた。
「スウグ……ハッピーホーリー」
お父さんが引き金に指をかけた。
撃つ気だ!と思った時には駆け出していて銃を構える腕に飛びついていた。
「待ってください! それは、良くないです!」
「……だがなぁ嬢ちゃん、このまま餓死すんのも可哀想じゃねぇか」
「わかります……けど!」
「そうか、なら嬢ちゃん食われてみてくれるか」
え?と思った時には素早い動きで扉を開け、私は虎子さんのお父さんに突き飛ばされていた。
ガシャンと鉄格子の音がしたときには床に転がって、顔をあげると私は檻の中に閉じ込められていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます