第22話 -1 入学式

 

 



 薄いカーテンから朝日がさした。見慣れない天井に一瞬寝ぼけて、ここがどこかわからなかった。


 そうだ、私はアカデミーの寮にいる。気がついて飛び起きた。ドアの外に寮生たちの気配がし、朝からもう騒々しい。


 寝ぼけ眼で歯ブラシを取り窓辺に腰掛けた。今日は昨日と比べ、また気温が上がっている。覚醒し切らないまま歯を磨きボケーっと外を眺めた。今日からあの校舎に通うのかと思うと期待に胸が膨らんできた。


 フと横を見ると同じような体勢で柵にもたれかかる隣人のガウルくんも外を眺めていた。


「おふぁよう、ガウルくん」


「おはよう芽衣、学校まで……一緒に行ってもいいか?」


「もひろん!」


 朝日に当たったガウルくんの笑顔は眩しかった。少しずつだが、大人しい彼も打ち解けていってる感じがする。彼はもう白い服を着ている。私も急いで着替えを済ませた。


 リップさんが用意してくれていた入学式用の服はカントリー風なディアンドル。お腹を引き締めるコルセットのリボンと膝丈のスカート、顎下で結ぶヘッドドレスもレースが一目で高級品とわかるような職人技。久しぶりにリップさんの孫を可愛がるようなご趣味だ。だが細やかな刺繍が綺麗で気分も上がる。


 扉を開けるとガウルくんがすでに廊下で待ってくれていた。私と同様真っ白な服装だ。食堂で朝食を食べていて気がついたが、他の寮生は私たちみたいな真っ白な服の人も居て、逆に蛍光塗料のようなペンキをかぶったような色合いの人もいる。


「なんだろうね、上級生かな」


「芽衣は雪送りの祭りに出るのは初めて?」


「あ、うん。入学式と一緒なんだよね! 初めてだから楽しみ」


 朝食を食べ終え、並木道を歩いてアカデミーに向かう。雪迎えは空から降る雪を死者の魂に例え、かまくらや雪像を祀る。雪送りはその雪たちが大地に染み込み春の恵みを連れてきてくれる祭りだと聞いた。白い服を指定されたが何をするのだろう。


「少し、危険なところもある。とくにアカデミーの雪送りは」


 そう言ったガウルくんは眉を八の字に曲げ私を見下ろしていた。少し心配そうな顔に見える。


 湖の橋を渡り、大きな門を潜る。校舎の前の芝には所々に雪が残り、出店だろうかテントが立ち並んでいる。お祭りの時のように人が大勢集まっていて白い服の軍団が眩しかった。アマミちゃんやオセロットくんを見つけたいが、ここまで参加者たちが集まっていると難しそうだ。


 前方の白い人の群れに目立つ黒髪を見つけた。背の高いツンツン頭に長い襟足のエルフのソウジくんがクロウくんにもたれかかっている。私は自然と顔がほころんで嬉しくなった。


 二人に会うのは冬越し祭りの日以来だ。クロウくんが腕組みをしたまま顔だけこちらを向き私と目が合った。手を振ろうとしたのに、すぐ顔を背けられ移動しだす。気がつかなかったのだろうか、しっかり目が合ったと思ったのに。


「芽衣?」


 手持ち無沙汰になった私の手をなぜかハイタッチして、そのままガウルくんが屈んで声をかけてくれた。その瞬間地面の芝生から殺気と視線を感じた。懐かしいとさえ感じた出どころは、やはりクロウくん。


 人垣の中に埋もれ、横顔がすぐまた見えなくなった。鋭い冷たさはあの日以来。微かに感じた敵意は何だろう。


「あーあー。音量テスト、聞こえますか? では学長より挨拶です、お黙りなさい」


 校庭に声が響き渡る。正面の校舎に壇上があって学者や魔法使いの人がズラッと並び、三角帽子のあの試験官の魔女の声がする。


 中央の体の大きな白い服を着た人にバトンタッチしたようだが遠くてよく見えない。


「まずは新入生の諸君、入学おめでとう。選ばれし冒険者と祓い魔士の君たちは、一年間決められた単位を取るように。身分証にもなる施設の規制証はブロンズ、優秀な試験結果だった者はゴールドメダルからスタートだ」


 重低音のバリトンボイスはお腹の底に心地よく響く声だ。どこかで聞いたことがある気がする。


 学長の話を聞き続けていると、私たちの周囲の人を肘でついてなぜか人が集まってきてグルっと周りを囲まれる。厳つい見た目のいわゆるヤンキーの人達が品定めするような目で私を見下ろす。居心地が悪い空気の中、学長の話は続く。


「ジェイダはJADAと書く。『job,職業』『ability,能力』『develops,開発』『academy,研究所』周りのテントは上級生や研究員のサークルや研究室が活動を報告している、専門学を希望するものは決められた期限までに申請を。仲間との交友を深めるといい……それでは皆の衆、ハッピーホーリー!」


 学長の言葉のあと周りの生徒から歓声が上がる。ドラゴンの銅像の口から光る紙吹雪が勢いよく噴き出し、空に飛び立つ亜人や使い魔たちが色のついた小さな雲や竜巻を作り、七色の雨を降らせる。


 校舎の屋根に残った雪がカラフルに染められるのが遠くから見ていてもわかる。前の方では怒声のような声も聞こえ粉塵のようなラメが土煙のように飛び散っている。桃のような匂いが風に乗ってきた。


 雪送りの祭りは街に残った雪をカラフルに染め合う事のようだ。瞬きをするほど視界に色は増え、強烈な原色が眼球に刺激を与えワクワクしてきた。


 私もどういう風に参加しようか思案していた。まずこの怖そうな人達にちょっとどいてもらわないと通る隙間もない。


 感心していると怖そうな人たちの間が割れ、昨日食堂の二階で会った虎子さんが現れた。髪で右側の顔は見えないが、反対側の顔はとてもクールで美人な人だ。


 指先にタバコを挟む虎子さんを周りの人は敬うように会釈して迎え入れている。


「芽衣、顔貸しな」


 有無を言わさぬ雰囲気で仲間の人からは背中を押され、私は強引に歩かされた。


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