第21話 -6 狂乱の寮


 日が暮れるとオセロットくんが仕事で帰ることになった。寮内は人の気配が増えて騒がしい。朝と夜ご飯は寮で提供してくれるため、食堂に向かおうと二人で廊下に出た。


「ギャーハハハ! 取ってこーい!」


 使い魔だろう狼と一緒に目の前を走り抜ける亜人、窓辺に肘をつきタバコを吸うエルフ、廊下で溶接をするドワーフ、破天荒でカオスな住人が気ままに過ごしていた。


 私達がビクビクしながら廊下を進むと、タバコを吸うエルフの開け放した窓から櫂が戻ってきた。煙を吹き付けるエルフを威嚇し私の肩に舞い降りる。


「芽衣の使い魔?」


「うん! おかえり櫂、ガウルくんだよお友達」


 シャアっと威嚇するので櫂の頭を撫でて頭を下げさせた。今日はご機嫌斜めだ。新しい狩場は見つかったのだろうか?気持ちを探るとお腹はいっぱいのようだが、騒がしい人たちと見知らぬ使い魔達に警戒している。


 私の大事な人だと認識させると威嚇をやめてくれ、自らの尻尾で握手を交わしてくれた。ガウルくんはブルードラゴンは初めて見るようで興味津々に触れてくれた。


「綺麗なドラゴンだ、とても賢い」


「うん大事な相棒なの」


 食堂のドアを開けると勢いよくスライムが飛んできてガウルくんが背中でかばってくれた。キィーー!と鳴き声がして大きな鷹が向かってくる。ガウルくんが覆いかぶさるように抱き込みさらに守ってくれようとした。


 鷹の三本足の鉤爪がガウルくんめがけて光る、あんな尖った鉤爪で引っかかられると大変だ。心で櫂に呼びかけると怒った声を上げて櫂が鷹に体当たりをして床に叩きつけた。


 毒袋を準備する櫂を抱きついて引き止めた。誰かの使い魔だ、溶かしてしまわないよう必死になだめた。


「わぁーあ! わりいわりい、餌にしないでくれよ」


 食堂は二階まで吹き抜けになっていてソファ席やカウンター席が乱雑に用意されていた。その二階部分から声をかけられ、見上げると手すりにもたれた翼の生えた亜人が背中越しにこちらを向いている。悪びれた様子はなく、腕を上げると鷹は戻って行った。


 私とガウルくんはあっけに取られた。とりあえず彼の背中のスライムを取って櫂にあげていいものか悩んでいると、今度は天井から大蛇が来て鎌首を上げこちらを向く。後ずさりする私の腕から櫂がまた飛び出した。噛み付いて引きずり下ろすとヒューマンの女性が蛇を首に巻きつけ櫂から離した。


「もう、ごめんねこの子ったら。新人さん?」


「あ、はい。こちらこそすみません噛み付いちゃって」


「いいえ大丈夫。使い魔同士の喧嘩はここでは良くあるから、あなたの子は強そうだから食べられちゃうことは無いかもね。あ、たまによ! たまに躾のなってない子がいるだけよ」


 青ざめた私を見てお姉さんが慌ててフォローをした。


「どこにもボスはいるものよ、新人の使い魔達がくると古参は見せしめや力を見せつけるのよ。人も同じ、新入生は二階で食事はオススメしないわ。それじゃあね」


 親切そうな笑顔で手を振ると席に戻って行った。私たちの他にも萎縮してご飯を食べる人たちがいた。きっと新入生だろう。


 上級生は破天荒な人たちが多く、ふざけあって食事中の人にぶつかりスープに顔を突っ込んで喧嘩にもなるしで食堂は大騒ぎだ。


 涼しい顔をした上級生は慣れた顔をして食事を持って出る人もいた。今は私は壁際で人にぶつかられることはないが、一人の時は食堂は避けたいかもしれない。


 ここまでひっちゃかめっちゃかだとは思わなかった。寮母さんは自炊を勧めるために外に畑を用意してくれてるのかもしれない。


「ごめんねガウルくん、壁際取っちゃって」


 ふざけあう人がガウルくんの背中にぶつかる。たくましい体はビクともしないが食事に集中できないかもしれない。キョトンとした顔で私を見返す。


「いや……平気。芽衣が吹き飛ばされないなら。ここまで騒がしいのは初めてだけど、嫌いじゃない」


 私も同感だ。たまにガマツマさんの怒声が飛ぶが、笑声に溢れていて見ている分には楽しい。


 ここまで密接した共同生活は初めてだ。上級生たちは仲良しのようだし種族を超えたグループもある。ドワーフとエルフが一緒の席もあって驚いた。


 気があったことでニコニコして二人で笑いあっていると、また二階からスライムが投げ入れられた。ガウルくんの頭に顎を乗っけ周りを警戒していた櫂が目ざとく飛び上がった。あれは櫂の好物の毒性のスライムだ。


 天井近くで鷹や黒い蜘蛛と取り合いになってもつれ合い、二階部分に鳴き声をあげながら入って行ってしまった。迷惑になると思い、急いで追いかけて階段を駆け上がる途中、暴れまわる音と共に聞いたことのない櫂の鳴き声が聞こえた。何があったんだろうか、心配になり慌てた。


 食堂の二階部分は椅子やテーブルの他、ダーツやビリヤード台まである。櫂を探すと尻尾が体より長い五彩に輝く目をした大きな虎に押さえつけられ牙を向かれていた。櫂が苦しそうな声を漏らしている。


「こらーー! うちの子になにしてんのー!!」


 駆けよる私に虎が怯んで耳を絞らせた。前足をどかせて櫂を抱きすくめる。良かった、どこも怪我はしていなかった。切ない声で私に顔をすり寄せてくる。


「もう! 櫂も調子に乗ってなにしてんの……君も、怒鳴ってごめんね」


 まだ怯えている様子の虎が耳を伏せて五色に輝く目で私を上目遣いで伺う。おとなしい子で、よしよしと鼻の頭を撫でていて気がついた。普通に虎じゃないですか。撫でた手を引っ込めることができず冷や汗がダラダラと流れた。


 大きな体にそぐわぬ小さな声で虎がごめんなさいという声が感覚に流れ込んできた。よかった……モンスターだったようだ、意思疎通が可能みたいなので私も謝罪を伝えた。虎は喉を鳴らして猫のように顎の下を触らせてくれる。


「スウゴ……おいで」


 ハスキーな女性の声が静かに聞こえた。声のした方に虎が移動する。最奥に真っ赤なソファーに足を組んで座るタイトなドレスを着た女性がいた。虎と一緒の虎耳状斑の獣耳と縞模様の長い尻尾、艶のあるオレンジ色の髪は前髪で右側の顔を隠し、真っ赤な口紅をさしている。


 スウゴと呼ばれた虎は女性の隣に飛び乗り膝に頭を乗せる。私をジッと見つめながら虎の頭を撫でる。地べたに座ったまま周りを見回すと、見るからに柄の悪い人たちに取り囲まれていた。一気に縮みあがり櫂を抱きしめた。


「あんたテイマーかい?」


 女性が話しかけてきた。テイマー?確か猛獣使いとか調教師だった気がするが。


「えっと、違います。すみません櫂が暴れまわったのを止めてくれたのに、その子を怒鳴りつけちゃったりして……」


「スウゴがアタシ以外の言うことを聞くのを初めて見た、アンタどうしたの?」


 女性は視線を落とし、優しい目で使い魔を見やる。スウゴと呼ばれた虎は一瞬目を彼女に向けたが、申し訳なさそうにまた膝に顔を戻した。女性がタバコを咥えると横に控えていた男性がすかさず火を持って行った。


「まぁいいや、アンタ新入生だね? 名前は?」


「め、芽衣です」


「そ……可愛い名前。あぁ心配ない、もう帰すさ」


 彼女が目線を階段に向けると、心配そうな顔をしたガウルくんが様子を見に登ってきていた。私は立ち上がって見下ろす人たちを怯えながら見回した。女性に敵意はないようだと感じると、周りの人たちも面白いものでも見るようにジロジロと見てくる。


「あたしは虎子、困ったことがあったらアタシの名前を出しな。もうお行き」


 ペコっと頭を下げると急いでガウルくんのところへ戻った。二人でドタドタと階段を駆け下りると一階にいた人がジロジロと見てきた。居た堪れなくなって二人で食堂を後にした。


「あの女の人、俺知ってる」


「綺麗だけど迫力ある人だったよね、有名なの? モデルさんとか?」


「裏町を牛耳ってるマフィアの娘。邪知暴虐の虎子とか呼ばれてる」


 顔が固まる。確かにただならぬ危険な香りのする人だったが、本当に危ない人だったのか。部屋の前でガウルくんが私の前に立ち、心配そうな顔をする。


「関わらない方が、いい」


 ガウルくんは忠告を残してくれると自室に戻った。私はシャワーセットを持ってお風呂を借りに行った。一階にあるというお風呂にも浸かりたかったが勇気が持てず、シャワーだけ浴びるといそいそと自室に戻った。


 部屋に戻ると櫂がまだ落ち込んでいた。さっきの虎のスウゴくんに負けたのがまだ悔しかったみたいで、珍しく弱々しい目をしていた。


「よしよし、大丈夫。一緒にこれから鍛えよう、私もいっぱい勉強してもっと強くなって……」


 たくましく生きていきたい。お世話になった人や、この世界の神様にも心配されないよう逞しく……明日はその第一歩、入学式だ。


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