第21話 -4 血の味

 




 真っ赤な舌で血を舐めとると、大きな目を見開いて私に首を傾げる。


「驚いた……君ーー」


 彼が言い終わるか終わらないかのうちに、私は踵を返して逃げ出した。振り返ると歩きながら追いかけてくるのが目に入った。それを見て進行方向もわからないままがむしゃらに走った。恐怖が私の頭を支配する。


 《なんなのあの子!? あれじゃまるでドラキュ……》


 木に体当たりをして私は地面にひっくりかえってしまった。振り返りながら走ったので前方不注意で、野原の真ん中の木に進行を阻まれていた。激痛を訴えるおでこを押さえながら上半身を起こした。木から葉が散り視界に星が飛ぶ。痛みに涙が滲むと前方のぶつかった木から、のっそりと大きな影がこちらを覗く。


「だ……大丈夫か?」


 鬼のような三日月型の角が頭の部分から二本生えている。赤茶色の短髪の男性は突然木に激突して幹を揺らした私に怯えた様子で伺う。


「あいたたた……へ、変な人に追われてて! 助けてください!」


「へ、変な人……?」


 慌てて立ち上がった亜人の彼は二m近くあるだろうか、隆起した筋肉の大きな体をしていた。私も立ち上がって彼の影に隠れ、来た道を確認したがあの白い髪の子の姿は見受けられなかった。


「いない……」


 ペタンとその場にへたり込んだ。いったいなんだったんだろう、血を欲しがる人がいるなんて知らなかった。


 吸血して栄養を補給する生物は地球にもいる。哺乳類で代表される吸血動物といえばコウモリ、九百種類以上いるが血を吸うコウモリはたったの三種類だけ。人間の血を吸うのはその中に一種類しかいない。


 亜人の街で悪魔のようなコウモリの翼を持ってる人がぶら下がってるのも見たが、さっきの子には翼は見受けられなかった。


 吸血鬼の魔物だろうか……言葉を交わしたつもりだが私はモンスターの言ってることはわかるし、彼が人かどうかもうわからない。


「多分、大丈夫だと思う」


 体の割に静かで落ち着いた声の男性は牛の亜人だろうか、周りを警戒してくれるとしゃがんで私に目線を合わせてくれた。深い緑の瞳が安心感を与えてくれる印象だ。


「怖かった……ね」


「ありが、とうございます」


 お礼を言うと目が回って後ろの草むらに倒れた。きっと、さっき頭をうちつけたせいだ。


 覗き込む亜人の彼の表情は慌てふためいている。いかつい見た目からは想像できない人間味が溢れた表情だ。さっきの子を見たからそう感じるのだろうか。


「だ大丈夫か!? どこか、やられた!?」


「あ……安心したら眩暈がして、ちょっとこのまま落ち着くの待ちます」


「誰か呼んでくる!」


 立ち上がろうとした彼の頬を両手でつかんで引き止めた。


「行かないで! さっきの人がまだ近くにいたら……すぐ治まると思うので少し待ってください」


「あ……」


 迷っているのか目を泳がせ、唇を噛んだ彼は頬が一瞬熱くなった。目が合うと何度も頷き了承してくれた。手を離してもしばらく私の顔の上から退かず、ずっと目を覗き込んでくる。心配してくれているようだ。


「あの、ありがとうございます。私芽衣です、明日からアカデミーに通うんです」


 ハッとした表情になって慌てたように離れて少し移動すると、大きな体を縮めるように三角座りをした。


「俺も、明日から……」


「わー同級生! お名前聞いてもいいですか?」


「が、ガウル」


「ガウルくん!」


 こんな形だったが偶然にも新入生に会えるなんて。きっとこの野原にいるという事は彼も第三寮だろう。顔を向けて彼に微笑んだ。


「すごく嬉しい」


 率直な感想を述べるとガウルくんが目線を変え正面を向いてしまった。


 私の正面には広い空が広がっていた。ずっと見ていられそうな気持ちのいい色。小さな蝶々がヒラヒラと目の前を通過して彼の体に留まる。ガウルくんは蝶を払いのけたりせず、話しかけるとポツリポツリと返事をしてくれた。


 少し恥ずかしがり屋なのか、あまり多くは語らないが私の質問にゆっくりとだが全て答えてくれる。話し方からとても穏やかな男の子だ。筋肉ムキムキで体も大きいし、ハッキリした目鼻立ちに優しい顔つきなので年上かと思っていたが同い年だと判明した。もっと上かと思っていたので驚いたら、よく言われるとはにかんだ彼の表情は、確かにまだ幼い少年のような印象も持っていた。


 だいぶおでこの痛みも引いてきた。確認するとたんこぶはないようだ。


 寝転がったままガウルくんを確認すると体を縮めて地面の草をちぎっていた。付き合わせて悪いことをした、そろそろ寮に戻ろうと上体を起こして背中についた草を払い落とし立ち上がる。


 ガウルくんも私の前に立ち上がると、改めてその体の大きさに驚いた。この世界の人は背の高い人も多いが彼ほど大きい人もそうお目にかかれない。逆光を受ける頭から生えた角は一刺で致命傷を与えそうだ。


 首を真上に向けるほど大きなガウルくんが今自分で作ったのだろう、野原の植物を綺麗に編み込み花冠を作っていた。


「わ、かわいい! ガウルくん器用だねー」


 大きな手に小さな白い花が散りばめられた輪っかを私の頭にそっと乗せてくれた。


「くれるの?」


 縦に何度も頭を振り頷く。あんな大きな手でこんなに小さくて複雑な編み方をできるのが驚きだ。それにとっても可愛い。私はそのゴツゴツした大きな手を取り両手で包んでお礼を述べた。


「ありがとうガウルくん、良かったら私の部屋でお菓子でも食べない? お礼をしたいし、友達も紹介させて」


「あ、う」


 口をパクパクさせるガウルくんの返事を聞かず寮に向き直って手を引っ張った。


 岩のようにビクともしなかったので振り返ると、突然軽くなって足を動かしてくれた。ガウルくんは招待を受けてくれるようだ。


 自室に戻るとちょうどオセロットくんが起きたようで獣の耳をピクピクさせ、コタツから寝ぼけ眼で私を見上げた。クッションに肘をつき、目をこする仕草は猫そのものだ。


「オセロットくんおはよう! 私と一緒の新入生のお友達ができたの、紹介するね!」


 オセロットくんの近くに駆け込み息せき切って一気に伝えると、出入り口に向かって手を伸べた。反応がないので振り返ると入り口まで引っ張ってきたガウルくんの姿がない。


 横からちょこんと角が出るとスススとゆっくり顔を出し、恥ずかしそうに目を逸らす。


「もう……芽衣ったら、どこでこんな大きいの拾ってきたの? 捨ててきなさい、メッ」


 オセロットくんが頭を掻いてため息を漏らす。冗談をいうオセロットくんの頭をチョップして窘めた。

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