第21話 -2 第三寮




 馬車がスペリオールに入り、高級街を超えるとアカデミーの校舎が湖の上に浮かんでいた。屋根に雪は少し残っていたが、氷は溶けていて前回のような威圧的な印象はなかった。


 馬車が林の道を少し進み、大きくて可愛らしいカントリーハウスの前を通る。学生らしき姿も見えるのできっとこのお城のような建物は寮だ。


 だがそこを通過して曲がり、次に箱のような出窓が円筒形に並んだ近代的な建物、ここも通りすぎる。


 馬車がやっと止まったのは水車が設置された小川のほとりの木造建築の二階建ての建物。まるで昭和に見られた旧校舎のようで外壁は蔦が伸びきり、見るからにボロボロだ。


 第三寮と書かれた看板が傾いている。その前でオセロットくんが仁王立ちしていた。


「絶対ダメ!」


「え? オセロットくんおはよう」


「絶対ダメだからね、第三寮なんて僕聞いてないよ」


 可愛い顔が怒っている。アカデミーの寮は三つのグレードがある。最初に見たドールハウスのような建物は第一寮、特待生やエリート貴族の人が入る寮でお値段は目玉が出るほど高い。


 第二寮は頑張れば入寮できそうだったがお金は大事に使いたい、私はさらに安い第三寮を選んだ。


 まぁ、さすがにここまでボロボロだとは思わなかったが。


「第三寮はどの種族も男女も一緒なんだよ? それにこんなに古くて……」


「なんか文句あんのかい?」


 豹の顔が描かれた服にヒョウ柄のパンツを履いた派手な人が現れた。強めなパーマをあてた大阪のおばちゃんのような女性はドワーフだ。


「あたしがここの寮母をしてるガマズミ、入寮者はあんたかい?」


「はい芽衣と申します。あと使い魔の櫂です、よろしくお願いします!」


「芽衣! 他の寮に変えようよ、こんなお化け屋敷……」


 寮母さんに睨まれて言葉を濁すオセロットくん。確かにオンボロそうだが、まだ借金も返せてないしクエストもこなせるか不安。贅沢は言わない。


「まぁとりあえず中に案内しよう、そこまで悪いとこじゃないさ」


 玄関で靴を脱ぐスタイルは久しぶりだ。正面には木の階段があり、曲がり角にある大きな窓から光が差し込み埃がキラキラと輝いている。木の床はミシミシと音を立て、二階に案内された。


 長い廊下はずらっと窓が並んでいて日差しも入って思いのほか中は明るい。校舎のような造りの寮内はとても静かだ。


「今はみんな出払ってるから静かだがね、ここがあんたと使い魔の部屋だ」


 木製のドアを開けると小さな台所とベッドがあるだけの簡易な部屋だった。日当たりは悪くない。


「トイレは一階と二階にあるが改築済み、女子風呂は二階にシャワールーム、一階にはなんと大浴場がある」


「やっぱり移ろうよ、せめて第二寮にしよ? 狭いしボロいし……男女別れてないなんて」


 狭いといっても八畳くらいあるだろうか、息苦しさは全然感じない。むしろお世話になっていたお屋敷の部屋は広すぎて身の置き場がない感覚もあった。


 確かに男子寮とか女子寮みたいに分けられてはいないが、コーポだと思えばいい。


 櫂が外に探索に出たがったので窓に腰掛け、扉を開けると飛び出して空に舞い上がった。気持ち良さそうだ。


 外の景色は雪が少し残った林の先にアカデミーが見え、表からは見えなかったが下に畑と小さな花の庭園がある。小川の水車の音もかすかに聞こえる。まだ少し冷たい風が室内を駆け抜ける。


「うん……! とても素敵な場所、今日からよろしくお願いします!」


 オセロットくんが手で目を覆ってため息をついた。うん、室内は全く問題ないし本当に気に入った。隣人とも仲良くなれたら嬉しいのだが。


 馬車に戻り、荷物を運ぶのをオセロットくんが手伝ってくれた。


 リップさんからいただいた服飾品と日用品は、アイテムバックに詰め込んで来たので少しの家具を自室に運んだ。


「はぁ、強情なんだから。芽衣にはこんな古臭いとこ……これテーブル? 雪迎えの祭りで使ったやつだ」


「うん、コタツっていうの。リップさんがもっと大きいの作るから、持って行っていいって言ってくれて」


 勉強机にちょうどよかった。ベッドの横にコタツをセットした。


 荷物をクローゼットに入れようと扉を開けたら黒い金庫のような箱が一つ、ポツンと中に置かれていた。前の住人の忘れ物だろうか?ちょうど様子を見にきた寮母さんに尋ねてみた。


「あぁごめんよ、前の住民の置いて行ったものなんだが重くてまだ運び出せなくてね。猫じゃ無理だ、横の住人が図体のでかい亜人だから帰ってきたら頼むといい」


 鉄の箱は横開きに開く扉が二つあり、二段に別れている。クローゼットにあるのは少し邪魔になるが、オセロットくんでも持ち上がらないほど重い。


「変わった学者だったよ。他の学生が置いて行ったものが外の物置にごまんとあってね、よかったら好きに使ってかまわんよ」


「ありがとうございます! 後で探索にでてみます」


 寮母さんは見た目に度肝を抜かれたが、とても優しい人だ。荷物を片付けるとオセロットくんが炬燵で丸くなった。


「なにこれ……至福」


「やっぱり、猫だね」


「ん?」


「なんでもないよーお茶いれるね」


 小さな台所だが魔道具のコンロと洗い場、引き出せる作業台があるのはありがたい。これで最低ランクの寮なら他の二つはどんなのだろうか。


「このコタツがあるなら冬はいいけど、空調魔法もないし夏はつらいよ。ねぇ僕からの援助は嫌? できたら警備もしっかりしてる第一寮に移ってほしいんだけどなー」


「うん、頑張ってクエストで稼いだらね。それに暑い時は川に飛び込むから大丈夫だよ」


 もうもう言いながらオセロットくんは不服そうだった。私もコタツに座って紅茶をすすった。部屋を見渡すと特に気になることもない。天井の木目のシミも柱の傷も庶民派の私には特に違和感もない。車や電車の音もしない、田舎のような穏やかな場所。時間がゆっくりと感じる。


「ふあぁ、なんだか眠た」


 うつ伏せで炬燵に潜り込んだオセロットくんが目を閉じ寝息を立て出した。


 片付けもすんで暇になったので、私はあの黒い箱を調べることにした。

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