第21話 -1 旅立ち

 



 毎日毎日朝起きると合格通知を開いた。合格の文字がそこにあるのを確認すると喜びを噛み締め、外を眺めた。日々、雪像やかまくらは姿を変え土に溶けていった。気温は緩やかに上がり、真っ白だった世界に色が増えた。


「イアソンくんのも溶けちゃったね……」


 彼の作った馬の雪像も原型を留めず、緑の上に残り少ない雪の塊がわずかばかり。


「いいんだ、また次の冬に帰ってきてくれるから」


 日差しを浴びた少年の笑顔は太陽のように温かかった。春はもう目の前。今日、私は屋敷を出る。




「芽衣さま、本当によかったですね頑張りましたものね」


 センさんはずっと泣いて喜んでくれている。ボロボロになってた訓練をいつも不安な顔をさせたまま、最後まで見守ってくれていたセンさん。ずっとハラハラさせていたセンさんを、ようやく安心させることができて良かった。怪我の手当や健康管理まで担ってくれた尊い存在に改めて感謝を伝える。


「センさんには最後まで不安にさせたままで……沢山助けていただいたので合格することができました。本当にありがとうございました」


「芽衣さま……! 私なんて、ずっと見守ることしか出来ませんでしたし皆様のように力もなくて」


「いえ、怪我の手当や夜中勉強しながら机で寝てた私に布団をかけてくださったのはセンさんですよね? 一番近くで応援してくれてたのはセンさんです」


 肩を震わすとセンさんがハンカチに顔をうずめてしまった。他の女中さんも周りを囲んでもらい泣きし始める。


 気さくなセンさんのおかげでメイドさん達とはだいぶ打ち解けていた。リップさんが初めて女性を屋敷に連れてきて、それも甲斐甲斐しく世話を焼くものだから、どんな重鎮のわがままお嬢様か最初警戒していたらしい。


 それが料理をするは、朝から馬の世話をするはで驚いたと。思い切って馬番の手伝いをさせてもらって本当に良かったものだ。


 女性陣の隙間を拭ってイアソンくんが割り込んできた。


「もうーどけよお前ら、俺も芽衣にお祝い言いたいんだから」


 私の前に立つ小さな男の子の手には星のような形をしたカラフルな小さな花が握られていた。乱暴に腕を伸ばし、私に花束を押し付けた。ムッとした表情は少し赤い。


「おめでとう芽衣、ほら職場の先輩からお祝いだぞ」


「ありがとうイアソンくん! とっても可愛いお花だね、嬉しい」


「カランコエって花。幸福を告げるとか、たくさんの小さな思い出って花言葉があるんだ」


 そっぽを向いたイアソンくんの目線にしゃがんで花束を受け取った。


「……長く続く愛と、あなたを守る。母さんが父さんから昔貰ったって言ってた」


 お礼の気持ちを込めて亜人式に彼の柔らかな頬にキスをした。驚いた顔で私を見返すイアソンくんがキスしたところに手を当てる。さっきより顔が真っ赤になっている。


「おま、お前こんな人前で……普通もっとムードとか……っ!?」


 ワナワナ震えるイアソンくんを抱きしめた。私のこの世界の初めての友達。楽しさと笑声をいつもくれた。


「大好きだよ、イアソンくん」


 涙声でお礼を述べた。人前で泣くことが多くなった。前の世界では考えられなかったことだと思う。見送ってくれる大好きな人たちだ……涙を流すのが恥ずかしくない。


 ブツブツ文句を言うイアソンくんを離すとリップさんが薄墨を引き連れ、リボンに包まれた箱を持って私の前に立った。


 薄墨も別れを察し、悲しい感情を送ってくる。その悲しげな目をした顔を抱きしめた。あの日、この子のおかげでモンスターの感情が伝わることに気づいた。人間以外の生き物と意思疎通するという素晴らしいことを体験させてくれた。


 勇敢なユニコーン、幻想世界の始まりだった。またこの翼で空に飛び立ちたい。


「雪送りの日は皆で白い服を着るんだ、入学式当日に着るといい」


「ありがとうございます!」


 浮島からずっと今まで私を守ってくれたリップさん、衣食住を与えてくれ一人で生きていけるよう訓練をつけ、いつも手伝ってくれた大恩人だ。感謝が尽きない。


「本当にお世話になりました……立派になって、いつかきっとリップさんの力になれるようしっかり勉強してきます」


「楽しい日々だった、たまに顔を見せてくれ」


「はい! 皆さんそれじゃ……」


 リップさんと握手をした右手が固い。なかなか離れず不思議に思って見上げて首をかしげた。その瞬間強い力で引き寄せられ驚いた時にはリップさんの胸におでこを打ち付けていた。


「会いに行く」


 耳元のすぐ近くで囁かれ私は腰が砕けた。抱きとめられて見上げてしまい、その顔の美しさにさらに赤面する。泡を食う私に少しいたずらっぽい顔をしてリップさんが笑う。からかわれたようだ。


 プレゼントを受け取り、カクカクしながら私は馬車に乗り込んだ。扉が閉まると小窓から屋敷の人たちの顔を眺めた。手を振るとみんなの笑顔が返ってくる。その顔に頑張ってという気持ちが切なくなるほど伝わってくる。


 屋敷を出る馬車、離れて遠くなる。手のひらのカランコエの花束を見下ろす。


 小さなたくさんの思い出……みんなで作った思い出を胸に、これからは一人で。


 先に乗せていた櫂が私の膝に顎を乗せた。


「櫂もいるもんね。新しいお家だよ、寮に挨拶に行こう」


 相棒も居る。新しい思い出のスタートだ。



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