第20話 -6 新しい秘密の共有者
まだ誤魔化せるだろうか、どこから聞かれていたのか今すぐにも逃げ出した方がいいのか。白を切るクチナワさんから照準が私に変わってしまった。
「芽衣、その爪は亜人のものだよね……ヒューマンなの?」
オセロットくんが詰め寄ってきて、素早い動きで両手を取られた。驚いた顔をして爪をじっと見ている。
「付加魔法が、芽衣にもできるのか?」
複雑な表情のリップさんがにじり寄ってくる。
両手を掴んで逃れられないようにするのは、同じ亜人のオセロットくん。やり手商家の彼に魔石を生み出す亜人の存在は、どう映っているのだろう。財力とツテの広い彼に知られては、どこかの街に逃げてもすぐ捕まるかもしれない。
そして迫り来るリップさんが一番恐かった。彼は議会の息子、ヒューマンの利権を脅かす私の存在をどう思うのだろう。目の前に立たれると彼の腰元の刀が恐ろしいものに見えた。
最初に出会ってから、ずっと隠してきた私の本性だ。しどろもどろしても言い訳は思いつかず、諦めて目をつむった。もし消されてしまうのなら……
ふわっと肩に布の感触が。目を開けるとリップさんがコートを私にかけてくれていた。神妙な顔をしたままだったが、優しい手つきで落ちないようコートを調節してくれている。
気がつけば手も暖かい。オセロットくんが外気で冷えた私の手を温めるように包んでくれていた。なんて優しい手つきだろう。二人の顔を交互に見上げた。
「大丈夫、怯えないでくれ。ただ驚くべきことだから」
「うん、誰かに言うつもりなんてない。芽衣のことを知りたいだけなんだ」
その優しい眼差しに私は動揺した。利用したり、私を消すために問いかけられているのではないようだ。戸惑っているとクチナワさんと目が合った。ため息を吐くと首を振った。
「私だけが知る優越感だったんだがな、ツララが落ちてきた時に見た人影はオセロットだったんだろう。この二人なら大丈夫だ、話すといい」
私は意を決して二人に目を向けると頷いた。付加魔法が初めて発動した時のことを話し、次に亜人だとわかった試験中の時のことも全て話した。
***
「ずっとヒューマンだと分かっていたのに、あの訓練についてきていたのか。まぁ亜人だったわけだが、いやどちらでもあるのか? 確かに芽衣は亜人にしては身体能力があまり……」
「ヒューマンであって亜人でもあるんだ、わけがわからんがな。エルフではないのは確かだ。芽衣は体は小さいがドワーフほどでもない」
「全く不思議だね。まぁ僕は種族にはそこまでこだわらないよ、亜人間の部族が違っても気にならないしね」
夜のテラスで秘密の話は続いた。元々信用できる人達だった。出生のことはそこまで深く問い詰められなくてホッとした。ちなみに異種族の結婚や出産もそこまで珍しいことではないようだ、ただあまり頻繁でもなくどちらかの血が勝り、混ざり合うことはないみたいだ。
この事はこの四人の中で留めてくれると約束もしてくれ、困った時の相談相手が増えて心底ホッとできた。リップさんに付加魔法を習えるし、オセロットくんには今出ている爪の収納を早速教えてもらうことにした。
「よく今まで気づかなかったのかも不思議だけど、要は今どちらが必要なのかを身体に覚えさせるんだよ」
オセロットくんがしなやかな指先を見せてくれると器用に爪を変幻させる。二枚爪と言うのか、亜人の爪の下に人の爪があり動物の爪が消えると人の爪が変わりなくそこにある。
「攻撃を加える時くらいしか亜人の爪は使い道がほとんどないからな、世界樹の島で暮らしていたんだから確かに必要なかったのだろう。あそこは魔物同士も争い合わない」
長い爪を収納させるのにしばらく苦戦した。徐々に縮んでくれたが素早いとは言えない。どこに引っ込んで行ってるのか自分の身体なのに不思議だ。
「たまに切りそろえるといいよ、メンテナンスした方がもっと強いものになるから」
オセロットくんからいいことを聞いた。だがあの時の肉を切り裂く感覚に慣れるのだろうか、人の体だったからか生々しい感覚が思い起こされる。
ソウジくんを切りつけてしまったことが申し訳ない。すぐヒールしたとは言え、きっととても痛かっただろう。私はこの武器でこれから戦うことができるのだろうか。
「お前は勘も悪いし動きも鈍重だ、近接攻撃は最後の手段にしろ。決して自ら敵に突っ込むな。女神が与えてくださったその膨大な魔力で魔法を使え、むしろ戦うな。おとなしくしていろ」
「そうもいきませんよ、私アカデミーに合格したんですからクエストにも出たいですし、森の探索にも行きたいんです」
「ばかもの、お前など森ではひとたまりもない。ゴブリンの死んだ腕でさえまだ逃げ惑っていたくせに」
「キキョウさんから聞いたんですか!? わ、私はもう冒険者なんです、次はきっと戦えます」
わさびや大豆を見つけれた森の存在は大きい。まだ新たな発見があるはずだし、素材クエストの冒険は終わってしまえばとても楽しかった。クチナワさんは呆れているのか反論してこなかった。
「まぁだがな芽衣、最初はアカデミーもいきなりモンスターの出る森の深くまで入ることは禁止してるよ。安全に森に出るためアカデミーはあるんだ。私も最初は基礎訓練からだったよ、初めのうちは学ぶことが多い」
なだめる口調のリップさんに私も納得した。そうだ、まずは学べる喜びを噛み締めよう。まずは学生兼アルバイト、それから冒険者だ。
「成績や評価が上がれば受けれる授業やクエストも増えるよ、まずは学業だね。先輩の僕にいつでも聞いて」
「私もヒューマン系のジョブチェンジの相談も乗るし、魔導師の仕事もわからないよう回すこともできる。こんな大きな悩みを……今までよく耐えてきた」
ああ、私はやっと話せたんだ……心に水が染み渡るようだった。隠し事は辛い。この世界の人に認めてもらうこと、一つ一つクリアするごとに空気が軽くなる。
このまま転生したことさえ忘れて、完璧にここの住人になれる日が近づいてくるようだ。優しい人達、私の特異体質を迎え入れてくれた。
「おい、そういえば賭けに勝った願い事何にするんだ」
そうだった、合格通知がきたことですっかり忘れてた。顔が熱くなる。
「け今朝の失態を、忘れて……ください」
みんな一瞬はてなマークが出て、思い出した時のリアクションがそれぞれだった。オセロットくんは盛大に吹き出して笑い転げ、リップさんは赤くなった顔を手のひらで覆って隠した。
「そんなことか、では次見た時はちゃんと初めて見たような反応をとってくれということだな」
「ちがっ!? そういうことじゃなくて!」
真っ赤になって反論したがクチナワさんはわけがわからんという顔だ。思い出させてしまって逆効果だった。願わくは綺麗さっぱりに記憶を抹消してしまいたいのだが、そんな便利な魔法はなくて、一刻も早く風化されるのを今は待つばかりだ。
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