第20話 -5 種の喪失
オセロットくんが飲み物のおかわりを取りに行ってくれてる間に、ソファに座ってイアソンくんに膝枕をしてくつろいでいたらクチナワさんがグラスを片手に現れた。
「おいどけ小僧、邪魔だ」
「なにこのおっさん……やだね、俺の邪魔すんな」
寝転がったままイアソンくんが腰にしがみついてきた。今日は珍しく甘えてくれるイアソンくんと、顔を痙攣させて見下ろすクチナワさんを交互に見てアタフタした。
「祝賀会のときに殺しておけば良かったな……テラスに来い、一分以内だぞ」
恐ろしいことを言うクチナワさんは近くのカーテンをめくって外のテラスに出た。話があると呼び出したのは私だ、急いで後を追うためにイアソンくんをなだめた。
「心配だからここで待ってる。なんかされそうになったら大声出してやるからな」
「大丈夫だって、私が用があって呼び出したんだから」
円形のテラスに出るとガラス戸を閉め、張り付くイアソンくんに待つよう手で指示した。冬の夜は肌を刺すような冷気があり、火照った身体にここちいいほどだった。
「なにがあった……」
月に照らされたクチナワさんは、この世界で唯一私が付加魔法ができるヒューマンであることを知る人物、試験で判明した私が亜人であったことだけでも話そうと思う。試験の最中に爪が出た詳細を事細かに話した。
「なんだそのエルフは、腹が立つな。変態じゃないのか」
「クチナワさんも人のこと言えませんてば……いやそうじゃなくて」
「にわかには信じられんな、それ以来爪は出していないんだな。今出してみろ」
確かにあれ以来爪は人の形のまま保っている。どうやって出したかもよくわからない。指先に気を集中した。力を込めて指に力を込めた。
「フン……! はぁはぁ、ンンッ!」
顔が真っ赤になるほど力を込める私を、黙ったまま見つめるエルフの彼に動物の爪の出し方は聞けない。
あの時も必死の行動だったので気がついたら、といった感じだった。見られていると集中できないのか、なかなか爪は出てこなかった。
「変な声を出すな、その気にさせたいのか」
その言葉に一気に力が抜けてしまった。その瞬間頭上でがミシッと音がして天井から尖った氷柱がいくつか落ちてきた。悲鳴をあげ、驚いて振り払おうとしたら片手が重みでよろけ派手に転んだ。
「おい大丈夫か!」
クチナワさんが駆け寄ってきてくれた。どこも痛いところはなく彼の顔を見上げたら屋根に一瞬影が見えた気がした。
手を持ち上げようとしたら重くて上がらない。腕を見下ろすと指の先に氷が刺さっている。私の亜人の爪が前回より伸び、そこに一本の氷柱がぶっ刺さっている。
「これか……長いな」
「前回は、こんな長さはありませんでした」
「よく見えん、氷を叩きつけて割るぞ」
氷が砕けて指の自由が戻ると改めて自分の爪だろう黒い表面を触った。月明かりに照らされると禍々しさを感じる。クチナワさんが私の手を取り、爪を観察する。
「小さな手だ……こんな獰猛な爪にそぐわぬほどにな」
私の手の甲を長い指でなぞる。スススと移動して爪の先に指を慎重に這わす仕草がこしょばくて鳥肌が立つ。
「確かに……どちらかと言えば動物特有の爪のようだ。お前は、亜人なのか……」
その声と顔色からしてややこしいことが増えたというような顔だ。先日もコタツを作る際に確かに魔石に付加魔法をつけれた。エレメントと魔力を魔石に送り、魔力の元をため込める付加魔法はヒューマンにしかできない専売特許。莫大なお金を生む魔石を作り出せるのはヒューマンだけ、その魔法を亜人の私が出来ると問題になる。種族のバランスが崩れるのだ。
エルフにしかできないという状態異常の魔法、ドワーフにしかできない土魔法、亜人には体の強み。もし当たり前に他の種族ができると、ヒューマンには魔道具や武器に必要不可欠な魔石や魔水を作り出すという強みがなくなってしまう。これでは他の強みを持つ種族から淘汰され、下手したら消えてしまうかもしれない。
「猛禽類の爪にも見えるし、哺乳類系でもあるかもしれん。爪がある動物か……」
私も自分の爪を見下ろした。先の尖った爪、黒くてツヤがある。恐竜みたいな……
「ドラゴンの爪にも見えるな……もしかしてお前、怪我をして寝込んだ時に来たドワーフが持って帰った素材……」
言われてハッとした。リップさんに訓練をしてもらって怪我をしたとき、寝込んで目が覚めると周りに散らばっていたことがあった。そしてこの世界で目覚めた時もあの鱗のようなものが……自分は人間だとばかり思っていたからずっと不思議だった。
「朝起きたらベッドの周りに散らばってたんです」
「脱皮か、非常に硬い外皮のようだった」
今思い返せばそうとしか思えない。夜中に体がきしんで剥がれ落ちたものだったと思える。
私は、いったい何の亜人だというのだ。牙はないが頑丈な爪や外皮は獰猛なイメージを持たせる。もしかしてそのうち尻尾やエラや角なんかも……?
原型もなくなって母にもらった身体が何処かに行ってしまうのだろうか、そもそもこの体はまだ母からもらったものなのか?全く違う髪の色と亜人の強み、変わらないのはこの顔とこの気持ちだけ。それだけでつないでいる。
「爪と外皮だけでは部族がわからんな、育ててくれた者のことで覚えていることは?」
「えっと……母は、普通の人です。父親は知りません」
「混血だったのかもしれんな、種族間の恋愛もない訳ではない。だがどちらかの血が必ず勝ってしまう。両方のギフトを授かることは前例にない、世界樹と女神に愛されし子……か」
ドキッとした。グーゴルさんに言われたことをそのままクチナワさんが口にしたので驚いた。
世界樹に愛されし、女神に選ばれる。何を基準に?普通の地球人だった私がなぜこの世界の神様に選ばれて、そしてなぜ亜人にしたのだろう。
「計り知れない方の事を思案しても仕方が無い、芽衣は亜人の身体に生まれたが付加魔法も与えてくださった。芽衣はヒューマンでもあって亜人の強みもあるということだ」
「「それは本当ですか、クチナワさん!?」」
第三者の声が頭上と出入り口から同時に聞こえた。カーテン越しにテラスのドアを開けてコートを持ったリップさんが一人、屋根の上で月明かりを背に長い尻尾をくゆらせたオセロットくんが一人。
「……盗み聞きとは趣味が悪いな、何の事だ」
「今の話は本当ですか、芽衣には付加魔法が!?」
「声を落とせリップ、何を言ってるんだ」
クチナワさんに詰め寄る二人の剣幕に私は血の気が失せ、身の危険を感じて一歩、後ずさった。真後ろに逃げれる地面はない。冷たい石の柵が、長い爪に当たる。
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