第20話 -4 封蝋された手紙



 手渡された封筒には受取人の私の名前が書いてあった。宛先人の名前は書いていないが女神様だろう女性の横顔と複雑な文字が六角形になって封蝋が押してある。


「?」


 疑問に思ってリップさんの顔を確認すると頷いて穏やかに微笑み、開けるよう促される。封筒を開き一枚の紙を取り出し開いて見た。私が固まっていると、後ろに回ってきたオセロットくんが中を覗き朗読しだした。


「JADAアカデミーよりお知らせ……貴殿は今回の試験に見事な成績を納められ、今年度より本校に迎え入れることを……お知らせいたします! 芽衣、合格通知! 合格だよ、おめでとう!」


 後ろからオセロットくんに抱きつかれても私はポーっと動けないでいた。私の手から手紙を奪い、クチナワさんが目を通す。


「あぁ間違いないな。合格だ、よくやったな芽衣」


 柔らかい手つきでクチナワさんが頭をポンポンと叩いて褒めてくれ、手を置いたまま目線を下げると優しく微笑んでくれた。その顔を見て私は目からドバッと涙が溢れ出た。間違いないようだ、試験に合格した。


 横に顔を向けるとリップさんの後ろでセンさんが拍手をしてくれながら涙を流している。リップさんが立ち上がると優しい手で涙を拭ってくれ額にキスされた。


「やっと女神が微笑んでくれたな、おめでとう」


 顔が離れると、おでこに手を当て私は赤面した。今、おでこに……


「おい調子にのるなよリップ」


 怖い顔をしたクチナワさんが、私の顎をつかむ。迫り来る綺麗な顔を直視出来なくて目を瞑ると、ひねられて首筋に唇の感触。片目を開けると赤い髪が目の前で真っ赤に燃えているようだった。


「祝福を」


 顎を掴まれたままクチナワさんの美しい顔が眼前にあって鼻血が出そうになった。後ろのオセロットくんが私の首をひねってクチナワさんから強引に離す。


「ちょっと二人とも……芽衣、僕から亜人の祝福」


 横を向かせられたまま、オセロットくんが私のほっぺたを牙で甘く噛み付く。サラサラの髪が揺れて、胸を締め付ける匂いに力が抜け、へたり込んでしまった。


「おめでとう芽衣、僕も嬉しい」


 泣いて鼻を啜るオセロットくんが後ろからきつく抱きしめてくれる。沢山祝福されてやっと実感が湧いてきた。恥ずかしかったけどお祝いしてくれる周りの人たちの存在が、暖かいものだった。


 リップさんがオセロットくんを引き剥がしクチナワさんが手紙を返してくれてもう一度目を通した。


 合格の字がスキル鑑定でもハッキリと翻訳されている。ジワジワと湧き上がる感動に手紙を抱きしめた。


 書面に表されるとハッキリと認められたようだ。この世界で生きて行きなさいと……。



 ***



「あー、このたびは芽衣の大変な努力とその勇気によって、短い準備期間にもかかかわらず周りのみんなの協力もあってーー」


「「カンパーーイ!!」」


 リップさんの挨拶の途中で痺れを切らしたみんなが待ちきれず祝杯をあげた。大広間で屋敷の人全員を含めてお祝いをしてくれた。夕食の時間にはみんなにお酒も振舞われた。


 知らせを聞いた屋敷で働く人たちが笑顔でお祝いの言葉をかけてくれる。私はジワジワと実感が湧いてきて、また喜びをかみしめた。


「おめでとうございます芽衣さま、今日は本当に喜ばしい日でございますな」


 セバスさんが静かに私の前に立って祝杯を交わしてくれた。


「ありがとうございます、本当に皆さんのおかげです」


「学業の合間にはきっとまたこちらにお帰りくださいね」


 イアソンくがひょっこりセバスさんの横に立った。満面の笑みをしてくれている。


「セバスさん大丈夫だぜ! 若様にも許可はもらってるんだ、なぁ芽衣!」


「はい、お休みの時はまたお世話になります」


 そう告げるとセバスさんは皺を深くして微笑んでくれた。試験に受かった私は屋敷を出てアカデミーの寮に入ることを許されている。決まった期間だが、その間にこちらの世界で地盤を固め、安定した職を見つけるつもりだ。


 亜人に向いてる職業、いったいどんなものがあってこれからどんな勉強ができるのだろう。地球では大学や将来を決める前に死んでしまったが、これからまたやり直せる。やっとスタート地点に立ったのだ。嬉しくて、昨日失態をしてしまったのにみんなと共にお酒が進む。


「芽衣さまも馬番卒業でございますな、本当にご立派でございますよ」


 ケイロンさんともグラスを交わした。そうか、馬番のお仕事も終わりだ。この世界で初めて与えられた居場所と役割。それもおしまいなんだと思うと切ない。


「ケイロンさんとイアソンくんにはこちらで仕事をくださって、どれだけ助けられたことか」


「私共もそうでございますよ、眷属の馬の扱いは慣れてるものの、ユニコーンの扱いは大変勉強になりました。薄墨も含め、慈愛を持ってこれからも世話していきますのでご安心ください」


 ユニコーンや馬たちともお別れ、あの草原がひどく懐かしくなりそうだ。あの暖かい日差しと草原の風、郷愁にもかられる朝日や夕日の美しい異世界の景色。


 この屋敷に来れなかったらきっと、今と全く違う見方をしていたことだろう。

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