第19話 -5 ワガコキョウモチキュウ
「……お前、合格通知届いたか?」
しばらく黙っていたクロウくんがいきなり口を開いた。一瞬話しかけられたのが私だと気づかず、質問の内容にも驚いた。
「ううん、合格通知も不合格通知もまだ。こんなに遅いことってあるのかな?」
クロウくんが腕を組み立て、その中に顔を隠してしまった。そりゃあ模擬試合は無様に負けてしまって、いいところは見せれなかったけど。学科試験はうまくできたし名前も一番に書いたと思う。もしかして提出した素材が不正だと思われたのだろうか?
何もかも自信が持てなくなってきた。最近はこの不安からずっと逃げるように考えを振り払っていたが一度思い出すと、どんどん落ち込んできてしまう。
「悪い、俺のせいかもしれないんだ」
「え?」
「俺の親父に聞いてしまったんだ。なんとなく覚えてたお前の言葉、チキュウって知ってるかって……血相を変えて詰め寄られたからお前のことを話してしまった。親父は最上級議会の一人だ、最高位を集めて夜な夜な会議を続けてる」
サッと血の気が引いた。試験中にドードーに話しかけていた時の単語を拾われたようだ。何故クロウくんのお父さんは、地球という単語に引っかかったのか。そんな怖い人たちに話が行くほどなら私は今すぐにでも逃げ出すべきなのだろうか……ややこしいことになっているのは間違いないみたいだ。
「チキュウというのは、女神の残した秘密の書に出てくる言葉らしいんだ。『ワガコキョウモチキュウ』古い文献で難解、学者連中も解読できず存在自体もトップシークレット。失われた民の言葉か神の言葉か、この言葉の意味も呪文なのかどうかさえ解読出来ていない。一般市民のお前が……なんで知ってるんだ?」
「えっと……もう居ないけどお母さん、学者だった……から。確か、怖い時に使うおまじないだって! 教えてくれたの」
「俺もよく聞こえてなかったが、そういうことか。お前他にも、議会のジジイ連中に知り合いでもいるのか?」
私は首を振った。政治家の人の知り合いなど居ない。議会に入っているなら貴族の人、しかもきっとリップさんやクロウくんほどの大貴族だろう。顔も見た事のない人に、得体の知れない疑惑を持たれる所以はない。
「お前の合否は二つの勢力で意見が別れているらしいんだ。悪かったな、理由はわかった。親父にもこのことを話して後押ししとく」
うまく誤魔化せただろうか……冷や汗が出た。私の合否が届かないのにそんな裏事情があったとは。これで目を付けられなくなると嬉しいのだが。
女神様の残した本、何故地球という単語が?『我が故郷も地球』……だろうか。女神様の故郷は地球?この世界と地球に繋がりがある?
気まずい沈黙のさなか、グルグルと考えが浮かんでは消化しきれなかった。すると暖簾を豪快にめくってソウジくんが帰ってきた。顔を赤くしてご機嫌になっている。クロウくんの話を聞いたあとだったので、驚いて飛び上がった。
「なぁに驚いてるんだよーーなんか二人でエロいことでもしてねえだろうな」
「してないよ! ソウジくんじゃないんだから」
「え、なにそれ嬉しいじゃん。俺だったらいいの?」
「そういう意味じゃないって、こっちこないでッ」
お酒をテーブルに置くとソウジくんが裏に回ってきて追いかけてくる。生存本能に火がついて、よからぬことを考えてそうなソウジくんからグルグルと逃げ回った。
あまりにもしつこく追いかけてくるので目が回る。クロウくんがお酒を一気飲みしてグラスをダンッと強めに置くとソウジくんを睨みつけた。
「ソウジ、これには手を出すなって言ったよな」
「やだね! 今日の芽衣がエロい服着てるからわりーんだよ」
「……やんのか」
「やるもんか、負けるに決まってるっ」
ソウジくんが諦めて座ってくれて、クロウくんの肩を抱く。鬱陶しそうにソウジくんを振りほどくその顔はちょっと怒ってる。ソウジくんは人の機嫌など我関せずで、ご機嫌で騒ぎ立てた。なんだかんだ二人はとても仲がいいようだ。
「二人って仲がいいよね、幼馴染なの?」
「いやちげーよ、俺はこいつに奴隷として昔買われたんだ。ほれ、奴隷の証として耳染められてるだろ」
エルフの特徴の先の尖った長い耳を見せてくるソウジくん。確かに彼の耳の先は濃い蒼のグラデーションに染められている。おしゃれでしているものだとばかり思っていたが、そんな意味があったなんて知らなかった……そういえばピグミさんのうさぎ耳も染められていなかったか。
綺麗なものだと思っていたが、悲しい理由に喉が詰まる思いだった。
「今は奴隷なんて公に認められてないがな、地方に行くとまだ生涯奴隷に耳を染める風習は残ってる。俺がソウジを買った時はもう染められていた」
「あぁーあんときは無茶な仕事ばっかで体は鍛えられたがな、魔傷の跡にちょうどいいから昔見た龍を刺青にしたんだ。カッケーだろ」
近くに呼ばれ、袖をめくって見せてくれたソウジくんの腕には長い傷跡があり、わからないように刺青になっていた。
奴隷制度があったなんて知らなかった。もしリップさんに拾われてなかったら、もし拾ってくれた人が悪い人だったら……私も恐ろしい目にあってたのだろうか。こんなに明るく振舞っているのにツライ過去があったなんて、切なくなってきた。
「ソウジくん……」
「あの時はつらかったなぁ……腹一杯になったことなんて生まれてこの方なかったし、抱きしめてもらうことなんて。あーあー誰かに強く抱きしめてもらいてーもんだなぁ」
悲しい顔をしてそんなことを言われたら、胸が締め付けられる。彼が人に引っ付き回る理由がちゃんとあったなんて、失礼だが微塵も思っていなかった自分が情けない。
申し訳ない気持ちになってソウジくんの肩を抱き、彼の頭を包み込んだ。
「はぁ〜いい匂い、しばらく抱っこしてて」
ソウジくんの筋肉質な腕が背中にまわり、胸に顔を擦り付けられたがそれも我慢し頭を撫でてあげた。私と同い年の彼の壮絶な苦労を想像したら、少しでも力になればいい。
その思いだけだったが調子に乗ってきたソウジくんの背中に回った手が下に降り、お尻を掴まれびっくりして背中を仰け反らした。掴まれた手は強くて離れてくれない。そのまま持ち上げられ抱きかかえられるとソウジくんが移動し始めた。
「よしよし、ちょっと暗がりに移動しようぜ!」
胸元でスーハースーハーするソウジくんの背後に静かにクロウくんが立ち、私の体をソウジくんから引き剥がし、彼を蹴り飛ばした。高く腰を持ち上げられたまま下から私を睨みつける。
「いい加減学習しろこのバカ女め」
意外と力持ちだった彼はきつい口調の割に優しく地面に降ろしてくれた。全くクロウくんの言うとおりだ。ソウジくんにはもっと警戒心をもって注意しなければと学習したつもりだったのに。人通りの少なくなった路地裏に危うく連れ込まれるところだった。
ふてくされたソウジくんが背中を向けていじけていても私は構わずクロウくんと屋台に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます