第19話 -6 逃げなきゃ





 なんだかんだ世話焼きなクロウくんは、なかなか帰ってこないソウジくんをイラついた様子で呼びに行ってる時、一人のおじさんが暖簾をめくって来店した。


「……適当に包んでくれ」


「あ、いらっしゃいませ。お持ち帰りですね」


 ヒューマンのおじさんはロマンスグレーの髪の色で、目元に深いシワがあり品のいい格好をしている壮年の男性だ。声も低くてハードボイルドな印象が少しだけ恐い。椅子に座ると腕を組み、黙り込んで包み終わるのを待つ。じっと見つめるその目に、なんだかどこかで会ったことがあるような既視感を覚えた。


「若いのに着物をよく着こなしてるようだが、お母さんの影響かね?」


「あ、いえ! 手伝ってもらって着付けてもらいました。母は学者だったので白衣を着ていることの方が多かったです」


「……学者、そうか」


 突然話しかけられて驚いた。男性はまた黙り込んで何か考え事でもするように指で目を摘まむ。その疲れを感じさせる仕草が少し心配になり、サービスに大根と厚揚げを皿に盛りサービスとして出した。


「お疲れのようですね、良かったらサービスです。大根にはわさびを付けると疲労回復にいいですよ」


 驚いた顔を私に向けると割り箸に手を伸ばし、扱い慣れた様子で口に運んでくれた。クツクツとおでんが音を響かせる静かな夜の街は、祭りの後の侘しさも漂う。


「美味しかった……母を思い出させてもらったよ。仕事があるので失礼させてもらう」


「はい、ありがとうございました」


 通りに馬車を待たせていたようで、おじさんは行者さんにドアを開けられ乗り込む。馬車の装丁からしてもお金持ちそうな貴族のようだった。ヤンキー座りをして、クロウくんとソウジくんがそれを上目遣いで見送る。馬車が走り去るとクロウくんが立ち上がった。


「ソウジ、屋敷に帰るぞ」


「ええーなんでだよ、俺まだ全然芽衣で遊びたりねぇんだけど」


「いいから帰るぞ」


 抱きついてきて私に頬ずりしてくるソウジくんを引き剥がして、二人は帰って行った。街灯の灯りもまばらな街の様子は、もう眠りに入る頃だろう。


 人の通行もほとんどなく私も提灯の明かりを消そうと振り返ると屋台の暖簾の奥に二組の足があった。大人と子どものようで慌てて屋台に戻った。


「すみません、お待たせしました!」


「……持ち帰りで」


 顔を隠すペストマスクを被った三角帽子の無気味な出で立ちに、私はびっくりして固まった。動かない私に疑問を抱いたのか、マスク姿のお客さんが首をかしげたので強盗ではないようだ。震える手で私がおでんを詰めるのをじっと待ってくれている。


 心臓に悪い服装なだけで危害を加える気はないようだ。小さい子どももいるから当たり前か、屋台の影になっていて見れないがマスクの人が子供に目線を送る。


「どちらになさいますか?」


「……餅巾着」


 幼い声がくぐもって聞こえる。私に顔を向けると頷いて促した。急いで詰めると、震えながら商品を手渡し料金を戴いた。ゆっくり頭を下げると子供を促し外に出ていく。チラリと見えた二人の後ろ姿が目に入る。連れの子供はまだ幼いようで、この寒空に浴衣姿、その髪の色に私は見覚えがあった。


「……あの!」


 急いで表に出たが二人の姿は跡形もなく、どこにも見つからなかった。あの子の後ろ姿に見覚えがある。あれは、リップさんの祝賀会でタマキビガイを拾った時に見た女の子だ。


 あの貝殻の持ち主だろう子供をやっと見つけたと思ったが、気づいて表に出た時にはどこにもその姿はいなかった。


 不思議な親子だ……だが大人の方は子供に敬語を使っていたので、親子ではないのかもしれない。それにあの子、この世界ではキラースライムと呼ばれているのにちゃんと餅巾着と言っていた。



 呆然と立ち尽くしていると、薄墨を引き連れた馬車が猛スピードで戻ってきた。中から慌ただしくオセロットくんが降りてきて辺りを見回す。


「ごめんね芽衣遅くなって、一人なの? 大丈夫だった!?」


「あ、オセロットくんお帰りなさい。大丈夫だったよ、みんなを届けてくれてありがとう」


「それはいいんだけど、どうしたの道の真ん中で立ち尽くして」


「何でもないよ、片付けよっか」


 商品はほとんど売れていたので片付けは少なかった。あの巨大ウォーターリーパーの練り物はあんなに大量にあったのに、余すことなく使えて本当に良かった。提灯を畳み、暖簾を下ろして屋根を閉じるとおでん屋台は店じまいとなった。


「よぉ、お嬢さんとこも店仕舞いかい。あんたの店のおかげで今年は繁盛したよ。差し入れも美味かったし、ありがとさん」


 横のイグルーから出てきたおじさんに声をかけられた。膨らんだお腹をポンポン叩くと朗らかに笑いかけてくれる。


「お疲れ様でした、こちらもとても助かりました」


「そりゃ良かった。うちも店のもんで悪いがお礼だ、一杯帰りの道中に呑むといい。グッスリ眠れるよ」


 器に氷の瓶が入った飲み物をいくつか分けてくれた。オセロットくんが嬉しそうに受け取り、二人でお礼を言って馬車に乗り込んだ。手を振り、おじさんに別れを告げると見えなくなるまで見送ってくれた。




 おじさんから受け取った瓶をオセロットくんが私にニコニコして渡してくれた。匂いを嗅ぐと甘いトロピカルな香りがする。お酒だろうか?飲んでいいものか一瞬躊躇してしまう。


「大丈夫、魔水で作った飲み物だよ。ありがたくいただこう、今日はお疲れ様ってことで」


「うん。オセロットくん今日はありがとう、かんぱい」


 魔水で作られた飲み物らしい。同い年の彼が飲むのなら少しいただこう。誕生日のご褒美だ、オセロットくんを労う気持ちでグラスを交わした。


 口をつけると氷の飲み口が冷たくて心地よい。甘いが後味は爽やかで、スーッと喉を通り過ぎる感覚が気持ちがいい。胃に到達するとカッと体が暖まる気がした。馬車の振動もあってか、何だか愉快になってきた。


「あのおじさん、魔水の調節が上手だね。美味しい」


「うん美味しいね、オセロットくんアハハ!」


「……芽衣、もしかして笑い上戸? ふふ嬉しそうだね」


「たのしかったねーオセロットきゅん、アハハ! きゅんだって、きゃんじゃったアハハ」


「芽衣それヤバイ、アハハ!」


 なんだかお腹がくすぐったくてたまらない、顔のニヤつきを止めようとすればするほど笑えてくる。


 幸せな気持ちのまま今日一日の達成感で胸がいっぱいになってくる。試験の日以来の満足感も味わった。使い道のない魔物のお肉だったが有効活用できたこと、少しでもこの世界の人たちのお腹を満たし、楽しい場を提供出来たことがとても嬉しくなって感動してきた。


「それにしても芽衣弱いなー大丈夫?」


「うう、私本当に弱いんだ……だから試験もきっとダメなんだよ。でも本当に今日は楽し、かったからこの世界にこれて本当に良かったとも思うんだよ」


「……ええー泣き上戸?」


 街の人が笑顔で食べてくれたこと、この世界の知人が訪れてくれたこと、好きになったこの地の住民になりたいのに、試験を認めてもらえない気持ちがごちゃまぜになり涙がポロポロ零れてくる。物が売れたことと皆に手伝ってもらえたことで、認知してもらえているようで嬉しくもあった。


「ほらほら泣かないで芽衣、そういう意味じゃないって。もう没収ーー」


「……オセロットくん、私もちゃんと亜人なんだよ……この世界の住人だったんだ、よ」


「うんうん、わかったからよしよし」


 横に座ったオセロットくんが肩に腕を回し、尻尾で頬の涙を拭って頭を傾けさせてくれた。今日の疲れが体を包み、寝ぼけ眼で目をこする。オセロットくんが私の髪を指で遊ばせ撫で回してくれるのが、普段なら照れ臭いが今は心地いい。しかも膝に置かれた尻尾を勢いで触らせてもらえてラッキーだ。この滑らかな毛並みがたまらない。


「はぁ。モフモフ……」


「チョロいなぁ芽衣は。下戸だし、僕アカデミーに入ったら心配で目離せないよ」


「ダメだったら……逃げなきゃ」


「え?」


「今度、亜人の戦い方……教えて、ね」


 その言葉のあと馬車で眠ってしまった。オセロットくんの疑問には答えてあげられない。


 もし試験に落ちたら議会の偉い人たちに妨害された可能性が高い、それは文明社会からの拒絶。今知る人たちから逃げ、どこかで亜人として生きる術を見つけなければ。ゆっくり安心して眠れるのが最後にならないことを祈るばかりだ。


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