第18話 -1 屋根裏部屋の探索





「あ、芽衣これ美味しいよ。いけるんじゃないかな」


 冬越し祭りの試作品をオセロットくんに試食してもらった。孤児院の怪魚討伐から帰ってずっと祭りの準備を進めている。相変わらずアカデミーからの通知はこないし、私は気を紛らわせることに必死になっているのかもしれなかった。商家の生まれのオセロットくんが屋敷に遊びにきてくれたので彼の意見を聞くことにした。


「一人で準備から店番までするの?」


「うん、そうだね。大変そうだけどせっかく材料はあるし」


 巨大ウォーターリーパーを二人が仕留めたので材料は大量にある。だが全部を下ごしらえする時間はなかったのでまだ身はそのままで氷漬けにしてアイテムバックに入れたままだ。期限は一週間ほど。仕事は山のようにある。オセロットくんが頬張りながらしばらく黙り込んだ。


「……こんなに美味しいし、僕のところで協賛させてよ。すり身にするのなら家の工場を使えば時間も短縮出来るし貸せるものは貸すよ、必要なものの注文があれば作るし安くする。孤児院の子達も一回作ったならノウハウがあるし手伝ってもらえばいい、もともと材料費はタダ同然ならアルバイト代も出せるし夜は僕が馬車で安全に送ってく。どう?」


 さすが商家の息子なだけあって頭が回る。孤児院の子達も院長先生が今年は腰が悪くて祭りに参加させてあげれず不憫がっていた。すでに一人でてんてこ舞いになっていたので人手はとてもありがたい。


 経営観念ゼロの私が考えるよりとてもいい方に進みそうだ。金銭感覚のしっかりした彼に指導役として指示を仰いでもらうことにした。


 道具についてあれこれ話し合っていると鉢巻姿のリップさんがおぼんを持って部屋に入ってきた。


「芽衣お昼ごはんだよ今日は……あ、オセロット来てたのか」


 オセロットくんの姿に気づいて少し躊躇ったがおぼんに乗ってる器を見て意を決して入ってきた。


「リップさんありがとうございます。わぁ、今日も美味しそう! いただきます」


「今日は言われた通りほうれん草を練りこんでみた。どうだろうか?」


 リップさんはあれからうどん作りにハマってくれて、お昼ごはんに手作りのうどんを提供してくれるようになっていた。腕前はどんどん上達していて私も舌を巻くほどだ。


「とっても美味しいですリップさん! もうお店出せちゃいますよ!」


「そうか、よかった!」


 頭を掻き嬉しそうに笑うリップさんは照れているのかとても可愛い。一生懸命に色味を出すコツを説明するリップさんにオセロットくんも興味が出たのか一口啜った。


「聖騎士のあなたが何をしてるのかと思えば……美味しいじゃないですか」


「ありがとうオセロット、芽衣に教えてもらってハマってしまってね。なかなか奥が深くて修行のように無心になれるんだ」


「ハハ、なるほど……うん、いいね」


 尻尾を遊ばせながらオセロットくんがなにか考え事をしだした。不思議に思いながら私はニコニコしたリップさんに見守られながらお昼ご飯を食べていく。うん、本当にお店に出せる味、何でもこなせて器用な人だ。


 オセロットくんと話を詰め、計画を立てていった。計算や順序を効率よく立ててくれ、設計や構成も考え出してくれた。戦闘だけでなくビジネスマンの才能も遺憾なく発揮する同い年の彼に、素人の私は目から鱗が落ちるような細かなことにも気づいてくれた。


「よし、お店のイメージはこれでいいんだね。ずいぶん地味に思えるけどいいの? 目立つように家で雇ってるデザイナーに頼んでもいいんだよ」


「ううん。そこまでお金もないし、これなら自作出来るだろうから」


「なんだか楽しそうだな。大工仕事なら私も手伝おう……これなら屋敷のもので揃えられるが、本当にこんなに簡素でいいのかい?」


「ありがとうございますリップさん! これが味なんですよ」


「じゃぁ僕は商業ギルドを通して出店の申請に顔を出してくる。いい場所を確保できると思うよ。教えてもらった調理器具はクリオロさんに頼んでみるね」


「ありがとうオセロットくん、助かります」


「商人の息子なものでね、こういう話には血が騒ぐんだ。明日は工場で材料を加工してから孤児院に顔出ししに行こう。じゃまた明日」


 テキパキとしたオセロットくんは確かに生き生きとしてるようにも見える。ビジネスマンの血だろうか、初めて見る一面だ。挨拶も早々に颯爽と部屋を飛び出して行った。


「オセロットはすごいな、位は中流貴族になっているが家名のブランド力は上流貴族でもなかなか敵わない家柄だよ。実力が伴っているからだろうね。オセロットもあの年齢で自ら立ち上げた企業を持っているんだよ」


「そうなんですか!? オセロットくんってすごい人だったんですね」


「ああ、私もそっち方面は詳しくはないがビジネス雑誌によく顔が載ってるようだよ」


「わぁ……リップさんといい、みなさん才能や特技があって羨ましいです。私は何にもできないので」


 目をパチクリと瞬かせたリップさんに両方の頬をつねられた。訳がわからず私も目を瞬かせた。


「い……いひゃいです、リッフひゃん」


「おっとすまない、寝ぼけてるのかと思って……さぁ我々も仕事に取り掛かろう」


 私の頬をしばらくふにふにしていたが引っ張るのをやめ、リップさんは立ち上がった。私も頬をさすり、後に続いて追いかける。




 鉢巻姿にたすき掛けをして、まるで棟梁のようなリップさんの補佐をして骨組みを作って行った。と言っても手押し車を改造するのでほとんど基礎はできている。二人であれこれ意見を交換して屋台は着実に完成していった。屋根の下にどうしても付けたいのが暖簾で、全ての要望に答えてくれるリップさんとお屋敷の屋根裏に探索に出かけた。


「埃がすごいな。小さい椅子とテーブルもいくつか持って行こう。芽衣も何か使えそうなものがあったら好きに持って行って構わないよ」


 屋根裏は埃をたくさん被って、いろいろなものが乱雑に放置されていた。剣や盾の様々な武器類が特に大量にあり、時代を感じさせてくれる。リップさんは音をたて、物を掻き分け椅子やテーブルを集めてくれた。私も暖簾になりそうな布を探す。


 天窓からの光で埃がキラキラと空中で輝く。天井裏は時間が止まった物たちで溢れていた。光の差し方のせいか、どことなくだが浮島の雰囲気を思い出す空気があった。


 試験の時、グーゴルさんに世界樹の女神様と交信してもらって私は転生者だと確認ができた。もっと聞きたいことが山ほどあった、浮島にまた訪れることができないかと最近は特に思っている。だが聖地に一般市民が立ち入ることはとても難しいことのようだ。


『本当の始まりはあなたです……』


 あの言葉の意味は何だったんだろう。あまりにも短時間だったので、もう一度ちゃんと話がしてみたいものだ。


 布の山を掻き分け探していると一番下に見るからにな皮の貼られた宝箱を発見した。私では抱えられないほど大きく、リップさんに開けてもいいか確認する事にした。


「リップさん、この宝箱みたいなのって開けてもいいですか?」


「構わないが仕掛けやモンスターが潜んでいると危ないから私が開けてみよう」


 留め金を外すと難なく宝箱は開いた。罠やモンスターは出てこずリップさんの後ろから覗くと中は和柄の布が丁寧に畳まれてたくさん入っていた。


「女性ものの着物ですかね?」


「……私のお祖母様のものだろうな、いくつか見たことがある」


「綺麗な柄……とても品のいい方ですね」


「そうだな。もうだいぶ前に亡くなってしまったが、小柄で黒髪の綺麗な優しい方だったよ。これを使ってはどうだ? 眠ったままではもったいない」


 いくつか取り出し、上から羽織った。なぜ地球ではないこの世界で和装という形がここにもあるのだろう。人の姿形で歴史が流れると自然と生まれるものなのだろうか。リップさんの家系は始祖の時代から脈々と続いてると聞くが、狩野衣や甲冑などが偶然に生まれるものだろうか。


 しかし、こんな状態のいい着物を暖簾に使うなんて勿体無い。虫食いもないしほつれもない。このまま誰の目にもつかず眠ったままなのも可哀想なくらいだ。


「お祭りの日に私が着させてもらってもいいですか?」


「それはとても嬉しいな、おばあさまも喜んでくださるだろう。センが着付けも手伝ってくれるはずだ」


 七五三以来の和装だ。綺麗な柄が多くて目移りしてしまう。本当にセンスのいい上品な方だったようだ。私の青の髪の色に合うようなものをセンさんに選んでもらおう。当日がだんだんと楽しみになってきた。



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