第17話 -3 院長先生の提案と大型モンスター



 木の扉をノックすると、しばらくして院長先生が出てきた。驚いた顔をされたがすぐ招き入れてくれ、理想的なおばぁちゃんの微笑みを持つ。


「すみません院長先生、外で協力してくれている方々に料理を振る舞いたいので道具を貸していただきたいんですけど……」


「まあ! 何でも使われてください、よかったら子供達も手伝いますわ」


 よし、うまく行った。子供達も退屈していたのか、話を聞くと飛んできた。綺麗に整列して説明を聞くと協力してくれることになった。とても素直な子達だ。


 まずはウォーターリーパーの身をひたすらすり潰す作業から始まった。


 まず身を氷水でしっかり洗い、年長者組が包丁で細かく切り刻む。刻んだものをまた氷水で冷まし、年少者がすりこぎで塩と一緒に濾すを延々と繰り返すとあら簡単、魚のすり身の出来上がり。


 最初は緊張していた子達も時間が経つに連れ、段々と仲良くなってきて打ち解けてきた。幼稚園児くらいの犬の亜人の双子だろう姉妹が、私の服の裾を引っ張りどこまでもついてきてくれる。ホワホワした白と茶色のまだら模様の尻尾が視界でチラチラして私はたまらなくなって抱きしめてしまった。可愛らしい仕草で私を見上げると首をかしげた。


「はわぁ可愛いですねーっ尻尾がモフモフですねぇ♡」


「ふふくすぐったいーー! おねぇちゃん、楽しそうになにつくってるのー?」


 キャッキャ言いながら抱きしめ返してくれて、二つの尻尾と獣耳をワシャワシャ触らさせてもらった。天にも昇る気持ちになる。私は二人の顔の高さにしゃがんで指で輪っかを作り顔の前に持って行った。


「おいしいおいしい竹輪だよーー!」


 双子はよくわからなかっただろうが、ケラケラと声をあげて笑ってくれた。院長先生がちょうど竹輪に向いたサイズの竹串や鉄の棒をかき集めてきてくれた。院長先生は竹や籠の細工で生計を立てているようで手頃なものがあったようだ。


 出来上がったすり身を濡らした手で棒に巻きつけて行く。年長者はもちろん、小さい子も粘土で遊ぶように上手に作業を進めてくれた。


 私は外で火を炊き、子供達が持ってきてくれる竹輪に焼き目をつけて行く。焼きすぎたらパサパサになるので水分が出たくらいでやめる。


 熱々のうちに一口味見をしたがとても美味しかった。臭みもなく、淡白な身は逆にすり身に向いているのだ。


 練り物の竹輪は平安時代からすでに存在していて、最初は淡水魚のナマズで作ったちくわが、日本にある練り物の原点だったという。ウォーターリーパーのナマズのような顔を見て閃いたのだ。


「おいしいー! お姉さんこれ、ぷにぷにしてて美味しいです! あの魔物から作ったなんて信じられない」


「「美味しーねー!」」


 年長者にも高評価をもらって犬の亜人の双子ちゃんも気にいったのか、二人で竹輪を分け合って食べている。


 暇を持て余した教会の大人たちも楽しげな雰囲気に誘われてゾロゾロとやって来た。私を真似して子供達から竹輪を受け取り焼き目を入れ美味しそうに食べてくれた。いつのまにか子供達も大人に打ち解けていて楽しそうな声が聞こえる。大人も持ち込んできていたチーズを竹輪にいれて子供達を喜ばせてくれた。


「あのウォーターリーパーがこんなに美味しくいただけるとは、これはまだまだ釣りあげないといけませんね」


「ありがとうございます、皆様本当にありがとうございます。お嬢さんも、何もお礼ができない私たちにここまでしてくださって」


 院長先生に感無量と言った感じで感謝された。私は自分の欲で突っ走っただけなので感謝されると萎縮してしまう。


「いえいえ! 子供達にも喜んでもらえて良かったです」


「こんなに美味しいのですから、冬越し祭りの日にお売りになったらいかがです? こんなに材料もあるのですから」


 最近よく聞くワードだ。私にはどんなものか、まだよく分からなかった。


「冬越し祭り?」


「あら、一年の締めくくりの時期ですよ。皆で歳を重ねるお祝いのお祭りの事ですよ。それが済んだら雪送り、これは女神様がお恵みを与えてくださる春を迎える事、新生活のスタートですわね。冬越し祭りは一年を振り返り、皆でまた春を呼び起こし感謝する意味があるんですよ」


「あー、そうでしたね! 田舎者でもの知らずで」


「地方の方でしたか、ですからこの不思議な食べ物もご存知なんですね。冬越しの日はどこの街もお祭りをしてますので縁日にお出しになってはいかがです?」


 縁日の祭り……頭の中に閃きが駆け巡る。それはなんていいアイデアだ、この大量のすり身を消費できる。感謝を伝える日なら私もその祭りにはぜひ参加したい。


「グッドアイデアです院長先生! ぜひ参加させていただきます、ありがとうございます!」


 院長先生の小さな手をブンブン回して握手した。目をまん丸にして驚いたが、興奮する私を見て最後は優しく微笑んでくれた。


「街で屋台の申請ができますからね。私たちもみんなで参加してたんですけど今年は私の腰の具合が悪くて……あ、こらお前たち!」


 氷の湖に亜人の姉妹が竹輪の串を持って駆けていた。まだ釣りを続けるリップさんとクチナワさんに差し入れたいのだろうか、だいぶ先まで進んでいる。


 私は慌てて連れ戻そうと氷の上を走ったらピキピキと戦慄が走るような音がして、氷に亀裂が入り教会の人に地面に連れ戻された。


 私たちの引き止める声を勘違いして、嬉しそうに二人は手を振り駆けていく。湖の真ん中ほどに進んだ姉妹を分けるように足元の氷が分断され、中から巨大なナマズの顔が割って出てきた。


 ショックな光景に私は手で顔を塞いだ。


 だが周りから悲鳴は聞こえず歓声が上がった。指の隙間から見てみるとリップさんとクチナワさんがそれぞれの姉妹を抱っこし、魔物からの攻撃をかわしてくれていた。


 分断された氷の上で何か二人が言い合っているが遠くて聞こえない。ハラハラ見守っていると二人は双子が持っていた竹輪にかぶりついた。


 急に大人しくなった二人は巨大ウォーターリーパーに向き直る。


 剣を取り出したかと思えば水面から飛び上がった魔物の巨体を目にも留まらぬ速さで三昧に下ろしてしまった。


 なんて神業だ。周りのみんなもあっけに取られて動きが止まってしまっている。


 姉妹を片手で抱っこしたまま一緒に戻ってくる二人はまるで映画のワンシーンのようだったが、受け取った竹輪串を食べながら帰ってくる様はどこか間抜けでもあった。


「二人共、いろいろとすごかったです! 無事で良かった」


「うん、ちょうど二人ともアタリが止まってしまったから最後の獲物の取り合いになったけど……引き分けってとこかな」


 よいしょと女の子を地面に降ろすリップさん。亜人の子は目がハートになっていて追加の竹輪を取りに行き、戻ってくるとリップさんにおかわりを渡していた。


「ハッ、数なら私の勝ちだった。芽衣、これはあの怪魚から作ったのか?」


「はい! 竹輪って言います。すごい大きいモンスター出てきちゃいましたね」


「ああ、大量発生の根源だろう。デカすぎて水底に沈めようと思ったが、芽衣がまた有効活用したようだと意見が一致してな。子供、気が利くじゃないか」


 姉妹の一人がクチナワさんにも追加を持ってきて渡すと彼の足にしがみついた。こちらも目がハートになっている。振りほどく事もせずクチナワさんは仁王立ちで竹輪を食べる。


 リップさんは目線にしゃがんで姉妹の獣耳の生えた頭を撫でている。犬好きだなーと見守っているとあっという間に完食して巨大魚を振り返る。


「うーーん、骨はいい素材になるけど身の部分はどうしましょうかクチナワさん」


「問題ない、芽衣に全部やる。大量にこれを作れ」


「ヒエッ」


 腱鞘炎になるほどすり身を作らねばならなくなった。初めて日本食を紹介して後悔したかもしれない。いそいそと切り分け作業に向かう教会の人達も笑顔をこぼしていた。


 気に入って貰えて何よりだが、ここにいる全員では消費しきれない。院長先生の言う通り、冬越し祭りに賭けてみようか。


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