第16話 - 6 愚痴を吐かせてください




 クルクルの髪を珍しく撫でさせてくれているとイアソンくんが顔を上げた。


「なんかいい匂いがする……」


「芽衣がイアソンのために作ったウドンというものだよ、皆でコタツに入って食べよう」


 リップさんが屋敷に戻りわざわざ取りに行ってくれていたうどんは厚手の器に用意して、野菜とお肉もいれた鍋焼きうどん風になった。麵はしっかりとしたコシもあって美味しく出来ていた。


 イアソンくんはとても気に入ったようで小さな手を使いフォークで上手に食べてくれた。


「うん、これは美味いな芯まで温まる。作り方は覚えたから芽衣がいない時は私が作ってやるからなイアソン」


「夏は冷やして食べても美味しいんですよ、サラダドレッシングにも合います」


「うまそー! はぁ、雪の中なのにこんなにあったかいんだなぁ、このコタツってのもぬくぬくで」


 布団に潜り込み、イアソンくんと櫂がコタツで丸くなる。回転灯籠が穏やかに照らすかまくら内は優しい時間が流れていた。櫂も今日はイアソンくんと遊んでくれている。


「そういえば、試験はどうだった? 素材の提出は?」


「あ……運良くステュムパリデスを見つけて、その羽根を」


「すごいじゃないか! 騎士団でも捕獲は難しいのに……どうした、なぜ暗い顔を?」


「模擬試合……こてんぱんに負けちゃったんです、特訓をつけてくれたのにすみません」


 あの時の何もできなかった悔しい気持ちが思い起こされた。それと負けてしまったことに対する申し訳なさに、テーブルに頭を乗せてうつむいた。


「謝ることはない、悔しいと思った分だけ頑張ったんだ。芽衣はもっと強くなれるよ」


 後頭部を慰めるように撫でられた。腕の隙間からリップさんを覗いて見ると、私と同じような姿勢で後頭部を撫でてくれるリップさんの顔が真横にあった。


 顔の近さの恥ずかしさもあって言葉を詰まらせた。試験に落ちてしまったら本当にまた訓練を付けてもらわないと。


 いったいつになったらこの不安から解放されるのだろう。早く通知が届けばいいのだが、届かないという事は落ちてしまっているのだろうか。アマミちゃんはもう合格通知が届いたと手紙で知らせてくれていたのだ。


 落ち込んだ気持ちのままゆっくり回る馬の光を見ていた。リップさんが炬燵に潜り込むように横になった。イアソンくんは櫂と一緒に眠ってしまっている。


「リップさん……通知まだ届かないんです、やっぱり落ちちゃったのかな」


「……大丈夫だよ、もう少し待とう」


 テーブルにうつ伏せになって、弱音をグチグチこぼしリップさんに聞いてもらっていたらいきなり体が後ろに引き倒された。驚く私の顔の上にリップさんが覆いかぶさる。


「よし、また訓練をつけようか? 不安も吹き飛ぶかもよ」


 彼の長い黒髪がカーテンのように私の周りを囲む。リップさんに押し倒されたみたいな格好に一瞬時が止まったように固まってしまった。至近距離のリップさんの綺麗な顔の作りにゴクリと生唾を飲んだ。


「う……もう少し、待ってみます……」


 リップさんの訓練はつらかった。私の正直な返しにリップさんは吹き出し破顔した。声をあげて笑うリップさんが離れてくれて私は今になって顔が熱を持ち、痛いくらい心臓が胸を打つ。戦闘でも日常でも不意打ちにはなれることがない。


「このままではコタツで寝てしまうな、みんなちゃんと布団で眠ろう。私はイアソンを運ぶから、芽衣は櫂を頼む」


 コートでイアソンくんを包むリップさん。包まれたイアソンくんの顔を覗き込むとスヤスヤと寝息を立てている。


「はい。リップさん、今日は本当にありがとうございました」


 小声でお礼を言うと微笑んで頷いてくれた。櫂をコートの中に入れ、灯籠の火を消しかまくらの外に出ると温度差に驚いた。コタツと火の灯りは本当に温かいものだったようだ。イアソンくんの寝顔は安らかなまま、少しでも温かい気持ちになってくれてたら良いと心の底から思う。


 生きてると、たまに寂しい。それを補うように人は寒さをしのいで明かりを灯す。目を瞑るとまぶたの裏に灯火の残像が見える。地球で生きている母の顔が思い返される。雪迎えは素敵だけど、少し悲しい。

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