第16話 - 5 イアソンくんの涙



 うどんのタネを寝かせてる間に、私は自室で工作に励んだ。こちらも材料はすぐ揃い簡単に作れて、テストしたらうまくできたようだった。台所に戻り、熟成が進んだうどんのタネに打ち粉をし麺棒で引き伸ばして均一に包丁で切った。醤油やお出汁がないのでスープは悩んだが鶏ガラとニンニクバターの洋風で代用した。


 かまくらに炬燵をセットした頃には外はとっぷりと暗くなっていていい時間になった。リップさんが自宅にこもるイアソンくんを呼び出しに行ってくれたので私はスタンバイしてコタツの中に隠れた。案の定夜になると寒さは厳しさを増して、コタツの中の魔石はちょうどいい温度を保ってくれた。寒さに弱い櫂も連れてきてあげたら気に入ってくれたようでまったりしだした。


「櫂、私イアソンくんと仲直りしたいんだ。今日は協力して仲良くしてね」


 ボソボソしゃべっていると外から声が聞こえてきた。私は急いで杖を取り出しテーブルにセットしていたものに火をつけまた隠れた。喜ぶ声が聞こえたらコタツから飛び出すつもりなのだ。


 かまくらのすぐ外で声が止んだ。それからしばらく沈黙が続いて何も音がしなくなった。


 失敗したのだろうか……私はロウソクで回転灯籠を作ったのだ。カバーの上部に熱の上昇気流で回るようにプロペラの型紙を、立てた棒の先端の針に刺して全体を被せ、回転しながら光が漏れるようにしたのだが……。


 耳を澄ますとすすり泣く声がして、かまくらの入り口でイアソンくんが壁を見つめて泣いていた。


「い、イアソンくんごめん! ごめんね泣かないで……消そうか」


 回転灯籠はうまく回っていた。くり抜いた三つの馬が光になって雪の壁を走るようにゆっくりと回転する。


 炬燵から飛び出してイアソンくんに駆け寄ったらボロボロと涙を零しながら首を横に振った。


「消さないで……ママが消えちゃう」


 ろうそくの光が馬の親子を優しく映し出し、かまくらの中の壁を走る。それをイアソンくんは涙を流し、微笑んで目で追っていた。


「これね灯籠って言って亡くなった方が帰ってくる時の道標になるものなの……走馬灯ともいうんだよ」


「ありがとう、芽衣……ママがちゃんと帰ってきてくれたみたい」


 腰に手を回され、ギュウっと抱きしめてくれた。そのままイアソンくんは言葉を続けた。


「冷たくしてごめん……芽衣がアカデミーの受験に受かって欲しいって気持ちと受かったら芽衣に会えなくなっちゃうって思ったら俺寂しくて、落ちちゃえって思っちゃったんだ。最低すぎて、芽衣に顔見せれなくなって」


 そういうことだったんだ……私はこの少年が愛おしくて堪らなくなって白金に輝く頭を抱きしめた。この小さな体で悩んで寂しさも押し込めて、とても胸が苦しくなった。母親がそばにいない寂しさを、こんなに幼い時から経験している。何故もっと早く気づいてあげられなかったのだろう、母が居ない寂しさは私もこの世界では同じなのに不思議と泣かなかったのはこの子のおかげだったのかもしれない。


「イアソン、大丈夫だ。芽衣はアカデミーが閉まる休みの日には帰ってきてくれるよ」


「若様……グス、それ本当? 芽衣」


 リップさんが屋敷から戻ってきてくれた。セバスさんとは約束したが、家主の彼にまだ確認はしていない。まだこのお屋敷に甘えてもいいのだろうか。私にはありがたい申し出なのだが。


「いいんでしょうか? まだ甘えさせてもらっても……」


「もちろんだ、セバスから聞いて私も喜んだんだ。ぜひ帰ってきて欲しい……な? イアソン」


 イアソンくんが私を見上げる。涙でまだ潤んでいる目に期待を込められている。リップさんは微笑んで頷いてくれた。


「またいっぱい遊べるね」


 やっとイアソンくんが満面の笑みを見せてくれた。久しぶりの彼の笑顔にやっと安心感に包まれた気がする。仲直りできてホッとした。


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