第16話 -1 雪迎え
試験が終わってしばらくはのんびりとした日が続いた。帰った初日はみんなに労われ、無事に帰ってきたことを喜んでくれた。オセロットくんには事細かに試験の詳細を聞かれ少々省いて説明し、後は合否を待つだけとなった。
未だ来ない試験の結果に時々悪夢で目覚める日もあったが、その他の日はスパルタ教育から開放され初めてと言っていいほど悠々自適な時間を過ごした。リップさんはまだ魔狂い退治から帰ってこず、屋敷は静かに冬を耐え忍ぶようだった。
最近、イアソンくんの様子がおかしい。あんなに明るかった彼が何かを考え込むように仏頂面で、私の問いかけにも一言も言葉を返さない。顔を合わす機会は少なかったが、ここ最近は特に避けられているように思える。廊下で後ろ姿を見て声をかけても逃げられ、自宅や厩に行って遊びに誘っても出てこず、ケイロンさんがどうしたのかと尋ねると癇癪を起こされるようだ。父親のケイロンさんは反抗期でしょうかと珍しく困った顔をして落ち込んでいた。
何か気に障ることをしてしまっただろうか、イアソンくんに嫌われてしまったショックは私にはとても大きかった。この世界で始めてできた友達と言ってもいい存在だ。何もわからず心細かった私に、彼の気さくさと親しみやすさがどれだけ励みになったことか。彼のおかげで屋敷の人と打ち解けることができたと言ってもいい。
冬の寒さがピークを迎えた頃、屋敷の人総出で雪掻きの行事を手伝うことになった。セバスさんが指揮を取り、屋敷の敷地内の所々に雪を山のように集める。除雪車が来るでもなく、集めた雪で皆思い思いの彫刻やアーチを作っていく。楽しげな雰囲気の中、私は彼と仲直り出来るタイミングを常に見計らっていた。
「イアソンくんは何をつくってるの?」
「馬……」
彼は自分の背丈で作れる高さで小さな手を真っ赤に染めて、真剣な表情で雪を叩いていた。久しぶりの会話は短く、返事もそっけなかった。イアソンくんの横で適当な雪だるまを作る私は焦って会話を続けようと必死になった。
「じょ上手だねー! 私は何も考えずに雪だるまだよ! あはは……」
返事はなくイアソンくんは作業を続けた。何か話題を出そうと私は頭をフル回転させる。
「あ! さっき物置小屋でリップさんの小さい時のソリがあったよ、使わせてもらおっか!」
「俺はいい……芽衣一人で遊んで」
私は一人寂しくソリに興じた。イアソンくんは全く興味を示さず虚しさが増しただけだった。みんなと離れたところで小高い雪山を滑り降り、イアソンくんを眺めた。いつもだったら一番乗りでせがむのに今日は誰にもちょっかいもかけず、黙々と作業に取り掛かっている。
男の人たちがいくつかの雪山を掘り、中の雪を掻き出しドーム型に雪洞を作っている。どうやらかまくらを作っているようで、どこか日本のお正月を思い出させるような光景を感じた。
「芽衣さま、よろしければ私と街へ行かれませんか?」
馬服に身を包んだケイロンさんが優しい笑みで木立から現れた。嬉しいお誘いだ、ぜひにとお供させていただくことにした。
***
真っ白な銀世界に変貌したウィンクルの街並みはお屋敷のように所かしこに雪の彫刻や氷のブロックで積み立てられたイグルーの屋台が並んでいた。普段の街の様子と違い、お祭りのような雰囲気があるが騒がしくなく穏やかな空気が漂っている。
暦やカレンダーは見当たらないので私には行事毎の仕組みがわからない。
「ケイロンさん、今日はお祭りですか?」
「日が決まってるわけではないんですが、寒さがピークに達した頃に皆で雪迎えの準備をするのです」
「雪迎え?」
「アカデミーの試験が済み、一定の積雪量を超えると雪迎えという死者の魂を迎える準備をするのです。女神様のベールからゆっくりと地面に降り立つ雪を昔の人はそう感じたのでしょうね。そして雪が自然と大地に溶け込むのが雪送り。死者の魂が大地に染み渡り、春の恵みとなると言われているのです」
お盆みたいなものだろうか、日本にも迎え火や送り火がある。この世界は自然の気温の変動で季節の行事を行っているみたいだ。日が登り日が沈む日数計算ではなく、雪が降ったから試験だ、と言っていた。ここでは大自然の流れを重視しているようだ。
「魂が帰ってくるイグルーや、家族や友人を想って雪像を作り自然に消えるまで祀っております」
街道には様々な雪のレリーフがあり献花もされていた。モンスターの形をしたものや、武器の形をしたもの、故人が好きだったのだろう食べ物の形や小物、そして動物をかたどったものもある……
「もしかしてイアソンくんは……」
「はい、母親のことを想っているのでしょう。ご親族のいない芽衣さまに冷たく当たったのを拝見しましたがお許しください」
「そんな……わたし知らなくて、イアソンくんあんなに真剣だったのに邪魔しちゃって」
「いえ、お気になさらず。年を追う毎にとても上手になっておりますので……」
広場の真ん中で私は足が止まってしまった。まだあんなに小さいのに、手慣れて作っていた彼の真っ赤な手がとても悲しかった。気丈に振舞うあの幼い体に、いったいどれだけの悲しさが詰まっていたのだろう。胸が詰まって言葉が出なかった。涙が溢れて止まらなかった。
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