第16話 -2 キラースライム

 



「も、申し訳ありませんでした芽衣さま! 泣かせてしまうつもりでは」


「すみません……ケイロンさん、私……」


「どうかお気になさらず。前年までは皆と同様笑いながら作っていたのです、ですがここ最近の様子は私も手を焼いておりまして」


 慌てふためくケイロンさんに、通行人が女泣かせーと野次をいれてきた。このままでは迷惑をかけてしまうと私は慌てて涙を拭った。顔をあげると見に覚えのある顔が目に入った。イグルーが構える店の中で二人の子どもが必死に客寄せをしている。魔水の買い付けでセンさんが助けたあのカエルの兄妹だ。


 私の見つめる先に気づいたケイロンさんが体の向きを変えた。


「あの親子なら私も知っておりますが、あれはキラースライムの店ですよ。芽衣さまにはあまりお勧めしたくありませんな」


「キラースライム? モンスターのスライムですか?」


「いえ本来の名前もあったようですが、その危険性からいつしかそう呼ばれるようになった、れっきとした食べ物ですよ。腹持ちが良く価格も安いので庶民が食べるものですが味もなく、その庶民にもあまり需要はありません。毎年死人が出るので最近はあまり見なかったのですが……芽衣さま?」


 なんだろう、あの兄妹が持つ白い物体に心惹かれてたまらない。私はあれを知っている気がする。足が操られたかのようにフラフラと誘われて行く。


 兄妹たちは道ゆく人を呼び込んではいるが首を振られ断られている。私は興奮しながら震える手でお金を取り出し、女の子に手渡した。私を見上げ、怯えながら商品を包むとイグルーの奥にいた母親に逃げ込んだ。


 紙の包みを恐る恐る開けると予感は的中。中のものはとんがり頭のスライムを型どり純白に輝く。私は我を忘れてその場でかぶりついた。


「め、芽衣さま? 震えていらっしゃいますよ、まさか喉につまらせたのですか!?」


 心配するケイロンさんの横でそれを引っ張ってひきちぎった。感触も味も間違いない、これは餅だ。


 しばらく咀嚼に時間がかかり、ケイロンさんは私が口をきくまでずっとハラハラしたままだった。


「ごめんなさいケイロンさん、私これ大好物なんです! 季節のお祝いの時のご馳走だったんです」


「それは……幼少時は大変苦労なさってたんですね」


「いえ、そういうわけでは……ほんとうに大好きなんです」


 お餅は正月のお雑煮やお汁粉に限らず雛祭りの菱餅、八十八夜に草餅や桜餅、五月の柏餅、お彼岸のおはぎに月見団子。季節にこだわらなければレパートリーは無限大のようにも思える。


 餅があるということは餅米がある。餅米は白米の遺伝的欠損、アミロースという成分がないだけ、うるち米ももしかしたらこの世界にあるのかもしれない。わたしは天にも昇る勢いで浮かれた。


「あの、いくつかお持ち帰りをいいですか? あと原料は売ってくれませんよね?」


「収穫しただけのモッチーをですか? それはもちろん構いませんが、スライムにまで加工するには魔道具なしでは女性には大変ですよ? ケイロン、あなたが手伝うの?」


 奥にいらっしゃる水掻きをしたカエルの亜人の女性がおずおずと立ち上がった。キョロっとした目で不思議そうに私を見上げる。


「はい! お困りにならないのであれば沢山!」


「私たち家族だけで作っておりますのでそんなに量はございませんが、それでも売れ行きは悪いので今は二十キロほどございますが……お値段が金貨一枚ほど、その」


「わーいいんですか!? 嬉しいです、次いつお目にかかれるかわからないので全部ください! むしろ定期購入したいくらいです!」


 母親はフラっとして倒れかかった。女の子が心配そうに寄り添う。ケイロンさんも奇怪なものでも見るように私に目を向ける。


「芽衣さま、キラースライムの商売でも始められる気ですか? 二十キロなんて」


「それとってもいいですね! 夢が膨らみます、お餅なだけに!」


「オモチナダケニ? お姉さん正気? 見ての通りキラースライムなんて全く売れないよ? 僕らの家族もじいちゃんのそのまたじいちゃんの代から仕方なくやってるだけで、貧乏じゃない時代なんてなかったんだよ」


 この寒いのに薄着の少年は、カエルの亜人だと思われるが肌は乾燥して年の割に痩せているように見える。初めて見かけた時も魔水を買えず、店主に邪見にされていた。


 とんでもないことだ、米農家が儲からない世の中なんてどうかしている。お米とほとんど変わらない栄養とエネルギーを摂取でき保存もきくスーパーフードなのに。


 それに彼らがいなくなっては私の貴重な日本食が減ってしまう。


「お餅……じゃなくて、モッチーはとっても素晴らしい食材なんだよ。誇りを持ってモッチーを育てて……私が絶対キラースライムの素晴らしさをみんなに広めて見せるから」


 強い意志をもって少年の肩を掴んだ。澱んでいた彼の目が僅かだが光が差したように見えた。貴重な餅米も手に入って、私はホクホクした気分でやる気に満ちた。


 殺人食材なんて言わせない。お餅は日本人にとってハレの食材、季節を感じさせてくれる大変な縁起物だ。この世界にその文化と免疫がないのは食べ方に問題があるだけ、私はそのレパートリーを提供するために転生したのではないかと錯覚するほど責任感と使命感に燃えてきていた。


 最近は順調に食材が集まってるようだがまだまだ食材は足りない。自然界にいるという麹菌さえ手に入れば醤油や味噌も作れるのだが水分の多い餅米から培養する場合、大豆に友菌してもうまくいかないケースが多いなど問題が多い。


 うるち米さえ手に入れば発酵の問題は済むのだが、そもそも麹菌を自然界で捕まえるのはとても運がいいことらしい。醤油や味噌は運命的に偶然できた産物と言ってもおかしくない奇跡の調味料だ。


 今の地球でこそ簡単に手に入る麹菌は江戸時代まで企業秘密のお家芸として菌だけを売る商売があったというほど。


 消毒の概念さえないこの世界のどこかで麹菌が息づいているのを今はただ祈るばかり……逆に納豆菌は本来は枯草菌と言ってどこにでもいるものだ。そこら辺の枯れ草でも出来る可能性もあるはず。麹菌探しも含め、この世界の化学の事情を調べるついでに実験するのもありかもしれない。


「お姉さん変わってるね。貧乏人への施しのつもり?」


「違うよ、私は自分の欲を満たしたいだけ。二十キロじゃ全然足りないくらい食べるつもり」


 これは本音だ。私は自分が食べたいだけで日本食を求めている。母が体に叩き込んでくれた味覚と遺伝子、私を育ててくれた食材を求めるのはきっと本能だ。そしてこの世界で生きて行く以上、自分で日本食を探し求めるしか手はないのだ。


 キッパリといい切った私に少年は少し驚いた顔をして笑顔を向けてくれた。


「じゃあ売るよ、農地も教えるからきっとまた買いにきてね。貧乏人が売ってるもので他に何か欲しいものは?」


「ジュエリービーンズは栽培してないよね? 枯れててもいいんだけど、あったら是非欲しいの」


「栽培!? あんな葉っぱ、子どもが森で遊んでる時に食べるものだよ。育ててる人なんていないよ!」


 大豆は屋敷の裏で刈り取ってから、もっとないかとまた散策していたがなかなか見つからず街で売ってる様子もなかった。偶然見つけるだけの収穫量では私には絶対的に足らないのだ。私は落胆した。


「そんな目に見えて落ち込むこと……ちゃ、ちゃんと買い取ってくれるなら、僕が育ててもいいけど……」


「本当に!? いいの!?」


「うん。イアソンのおじさんの知り合いなら信用できるし、元手はそんなにかからないよ。お姉さんのおかげで当分売るものもないから春はモッチーの畑仕事のあと売り歩く必要もないんだ」


 妹の亜人の子が兄に抱きついてきた。私を見上げるまん丸とした目がとても可愛らしい。


「こいつは妹のマーガレット、ママはダル、僕はエル。お姉さんの名前は?」


「私は芽衣、よろしくねエルくん。契約成立だね」


「なんだか大人みたいだ」


 フフと笑うエルくんはイアソンくんと同じ年頃だろう、大人びて笑うと私と固く握手をした。泳ぎに向いているだろう水掻きの手は不思議な感触をしていた。元水泳部としては少し羨ましいとも思う。


 青春漫画のように熱く握手を交わし、農地の場所も教えてもらって春に訪れる約束をした。


 料金を払い、小分けにされた餅米をアイテムバックに詰め込んでいるとバックの中で一瞬光るものが目に入った。気になって取り出すと魔石が出てきた。慌ててバックに放り投げ手を離した。


 空の魔石だ、実地試験の時クロウくんが取り出したエレメントの付いていない魔石を何時の間にかリュックに突っ込まれていたらしい。


 覗き込むと三つばかりが中で光っている。クロウくんの分を少し分けてくれたのだろうか、ソウジくんにヒールしてもらった時リュックを引っ張られた時かもしれない。全く気がつかなかった。


「芽衣さま? そろそろ屋敷に戻りましょうか」


「あ、はい! そうですね、じゃあエルくんまた」


 親子に見送られ、私も手を振ってその場を離れた。振り返って見たらお母さんのダルさんが嬉しそうな顔をして息子の頬を包み、親子で笑いあっていた。とても羨ましい温かい光景に、私も気持ちがほっこりして癒されていたらあることが閃いた。


 これも私の欲だ、屋敷に帰って準備に取り掛かることにした。


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