第13話 -7 救護室の治療

 



 前方からオセロットくん達が走ってくる。それを見て、ついに涙腺の決壊が崩壊してしまった。勇ましく見えるよう痛みを我慢していたが、駆け寄ってきた三人に安心して歩みが止まってしまった。


 一矢報いることも出来ず、きっとあの子達は笑っている。助けてもらってばかりの自分、本当は怖くて逃げたくて仕方なかった。自分が堪らなく情けなかった。それを超える程のよくわからない胸のモヤモヤが、叫び出したいのを我慢できない。この世界に来て、私は初めて泣いていた。


「芽衣、泣かなくていいんだよ! あの光魔法本当にすごかったよ、花火みたいで審査員も見とれてたんだから」


「う、うゎあああぃいたいーー」


 話も通じずヒンヒン泣き叫ぶ私にオセロットくんは面食らって、どうしたらいいかわからず右往左往する。すかさずアマミちゃんが屈んでくれ、私をおんぶしてくれた。女の子のアマミちゃんに背負われ泣き続ける私へ、背中越しに何度も大丈夫と優しい声をかけ続けてくれた。


 私の盾を胸の前に抱え、ピグミさんが救護室まで誘導してくれた。テキパキとベッドに寝かせてくれると、看護師の格好をした爽やかで精悍な顔つきのエルフにピグミさんがあれこれと怪我した状況を説明してくれている。


「少し触れるね、痛かったら我慢せず言ってくださいね」


 エルフの男性は柔らかな青紫色の髪の奥で穏やかに笑み、落ち着きのある声をしていた。繊細な手付きで素早くあちこちと触診する。


 どこか骨が折れていたら明日の試験はどうなるのだろう?しゃくりをあげ、不安げな私を見て看護師さんはゆっくり笑顔を見せてくれた。


「大丈夫、内蔵も骨も問題ありませんよ。すごいですね、ラッキーです。すぐ処置しますので明日の試験も問題ありません、安心して」


「ありがとうござい、ヒック! ます……」


「処置をするけど、エルフは血の治療が得意なんです。体が熱くなりますけど、しばらくしたら痛いところはなくなりますからね」


 エルフの男性に手を触れられると触れた箇所から体が暖かくなり、風邪のときのような熱を持った。クチナワさんのように、触れるだけで毒を入れることも活性化させることもエルフはできるようだ。


 首から下げた名札に名前が書いていた。キキョウさんというらしい。キキョウさんは握った私の手の甲を、もう片方の手で包み込むようにぽんぽんと優しく叩いて慰めてくれた。


「模擬試合は本当は演武の役割りなんですよ。最近は、伝統的な模擬試合のルールにとても不真面目な子が多い。君は本気で試合に立ち向かったんでしょう? 全身の打ち身から見ても君は体も心も強い子、次は大丈夫」


 温かい涙がこめかみを伝った。やっとモヤモヤの理由がわかった。私はこれまで、勝負事に強くこだわったことはなかった。必死にはなったけど、自分の実力もわかってたし友達とレギュラー争いをするくらいなら自ら身を引いてしまう。真逆の性格の母は飽きれたけど、私は自分の理由で人と戦うことをしなかったからその経験がなかったのだ。


 だが今回は私は自分の理由で本気で立ち向かった。浮島で目覚めた時、私は自分を守らなければと思ったけど、一人で森で生きようなんて微塵も思わなかった。人をすぐに頼って自分自身を頼ることができなくて、いつもきっと誰かが助けてくれるってどこかで思ってた。


 卑怯な自分を知られたくなくて、生意気に一人で静かに生きたいなんて甘ったれてる。私は弱い。身をもって今の実力をわからせられ、どうしようもなく……悔しかったのだ。


 処置が終わるとキキョウさんは立ち上がり、ピグミさんにしばらく寝かせるように告げると私に手を振ってくれ次の患者に向かった。アマミちゃんがベッドの脇に立ち、手を握ってくれた。


「芽衣ちゃん、しばらく寝てていいって。夕方にはなんてことなくなるみたい、一緒に夕食を食べよう。学科の回答合わせしてくれない? 不安で仕方ないんだ」


「うん、おぶってくれてありがとう、ピグミさんも。取り乱してすみませんでした」


 ピグミさんが私の顔の横でベットに肘掛け頬杖をついた。お人形さんのような顔が私を凝視する。


「気にしないで。アマミは癇癪を起こすともっとひどい、ママ大変。あの対戦相手の子、殺気が本気だった……でも芽衣ちゃんがひどい怪我にならなくて良かった、ママ安心」


 ポンポンと頭を撫でてくれ、初めてピグミさんが僅かに微笑んでくれた。風邪を引いた時に母が同じようなことをしてくれたのを思い出して、また目が潤んだ。オセロットくんがベッドに腰掛け、潤んだ目に冷たいタオルをかけてくれた。実際に言われた通り体が熱を持ち、朦朧とする頭に冷えたタオルが気持ちいい。


「お疲れさま、ほんと無事で良かったよ。すごく高く体が飛ばされたみたいだけど僕、芽衣の花火に目を奪われてて……それで、」


 オセロットくんが話しかけてくれていたが途中で意識を手放してしまった。大勢の人が救護室にいて騒がしかったけど、周りにみんなの気配があって安心して眠ってしまった。


 優しい人たちと素晴らしい自然に、魔法の世界。わたしはここで生きていたい、その理由のためにも絶対負けたくなかった。もどかしくて、悔しい。


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