第13話 -6 模擬試合



 久しぶりに同い年の女の子と話せて心が躍った。話してみたら、アマミちゃんは少し引っ込み思案だが優しくて女の子らしい可愛い子だ。オセロットくんも交え、自己紹介もした。オセロットくんは食堂の時点で気づいていたようでピグミさんがお母さんだと念を押して紹介しても特に驚かなかった。


 四人で談笑していても、たまにチクリとした殺気が伝わる。あの男の子だ。そのたんびに反応してしまい、横目で見る私にオセロットくんが気づいた。


「さっきの奴らの所になにかしに行ったの? 試合に熱中してて、気づいたときには芽衣が向こうにいたから驚いたよ」


「注意しに行っただけ」


 黒髪の子がジッと私を見ている。視線が合うとプイと反対を向いた。またイライラが戻り、オセロットくんにぶっきらぼうに答えてしまった。


「無茶するなぁ。あの中心にいる奴、議会で発言力のある大貴族の息子だよ。魔導師のエリート家系、周りもそれにあやかろうとする権力を傘に着た嫌な奴らばかり。あいつの家、あまりいい噂は聞かないから気をつけてね」


「……あの子、きっと素質が半端じゃない。隙もないしあの若さでたいしたもんだ、敵にしたくないね」


 ピグミさんが喋りながら人参の形の袋に入ったお菓子を食べている。背中から殺気を感じ、今度はゾクッとして大きく反応してしまった。どうやら相手はとんでもない人物だったようだ。頭に血が上っていたとはいえ、今更相手の恐ろしさを知って冷や汗が出た。


「あ、芽衣ちゃん呼ばれるよ! 応援してるね、頑張って!」


 アマミちゃんが私の手をブンブン振り激励してくれる。試合前に嫌な話を聞いてしまい不安な気持ちのまま係の人に番号を呼ばれてしまった。


 狼狽えたまま私は体が硬くなり、角ばった歩き方で向かう。オセロットくんが慌てて追いかけてきた。


「芽衣ーーー盾! 盾忘れてる!」


「あ、ごめん! ありがとう……」


 間抜けすぎる、大事な盾を忘れるなんて。オセロットくんもハラハラしてることだろう。何故私はもっと周りに安心感を与えてあげられないのだろう。情けない。


「落ち着いて、訓練を思い出すんだ。攻撃を塞ぎながらチャンスを伺い、魔法で相手を場外に出すこと。忘れないで」


 不安な顔をした私にオセロットくんが腰を屈め、目線を下げると頭に手を置く。


「芽衣なら大丈夫」


「うん」


 オセロットくんの目がまっすぐに私を見る。ビー玉のようでとっても綺麗だ。不安に支配された頭が少し晴れ、思考がハッキリしだした。なんだか闘志に燃えてきた。フィールドに上がると盾と杖を構えた。


 向かい側から相手選手がゆっくり階段を上がってきた。暗紫褐色の艶やかな髪、上半身は人で腰から下が青みがかかった細長い蛇の尻尾、神話に登場するラミアーそのままだ。


 よく見たらさっき黒髪の男の子の横にいた取り巻きの一人、蛇の亜人の女の子だった。


 伝説どおりの絶世の美女は真っ直ぐな長い髪を翻し、蛇の体を上に伸ばす。審判が開始の合図を出すと、見上げるほど背が高くなった彼女は私に覆いかぶさるように影を落とす。


「あたし、ミヤコ」


 いきなり自己紹介してきた彼女はニッコリ笑うと糸目になった。さっきの観客席の時のような嫌な態度ではなく、やけに友好的で拍子抜けする。審判の人も、なかなか開始しない私たちを不思議そうに見守る。


「ミヤコヒメって呼んでくれてもいいわ」


 ミヤコさんと名乗った彼女は長い爪で自分を指さし、人懐っこい態度をとる。拍子抜けする出来事に私はたじろいでしまった。動揺させる作戦だろうか……?


「さっきの子は玄くん、私たちとっても失礼なことしちゃってたみたいで、ごめんねぇー許してくれるー?」


「クロウくん……いえ、わかっていただけたのであれば。こちらこそ不躾で失礼しました」


「んじゃ名前教えてくれる? クロくんに聞いて来いって言われちゃった」


「あ、芽衣です」


 自己紹介した途端彼女から笑顔が消えた。ふぅんと言うと一瞬にして冷めた目になった。髪を掻き上げ審判に顔を向けると、私を長い爪で指差した。


「ねぇ、もうこれやっちゃっていいんだよね? 試合始まってる?」


「あ、あぁ。もう試合は始まってる」


 たじろぐ審判が返事をすると、ミヤコさんは最後まで聞かずにいきなり自らの尾を振り上げた。とっさに盾で防いだが、踏ん張りが効かず衝撃に私は吹き飛ばされた。速いが重い攻撃で私はフィールドの端まで滑り、顔を擦りむいた。


「よーわー全然対したことないじゃん、クロくんてば嘘ばっか」


 いきなりの豹変に驚いたがこれも相手の作戦だったんだ。試合はもう始まっているのに私は何を悠長に相手の出方を伺っていたんだ。急いで態勢を整えなければと思った時に気づいた。


 手に杖がない。吹き飛ばされた時の衝撃で手を離してしまい、フィールドギリギリの所に杖を放り出してしまっている。どこまでバカなんだ、杖がないと私はただの人間。身体的特性もなにもない、攻撃の手段を何も持っていない。浮島のときでさえネックレスを介して拾った世界樹の棒切れから魔法が出た。今は盾があるのみの手ぶら、このままではヤバい。


 敵の様子を伺うと、ミヤコさんは仲間に手を降り次の攻撃に備えている様子はない。美女の姿に観客も歓声を送っている。その隙に走って杖を取りに行く。


 間に合うだろうか……爬虫類特有の瞳孔の鋭い目が素早く私に気づく。隙が出来たわけではなかった。足が遅いことをこんなに恨めしく思ったことがない。ミヤコさんは床を滑るようにこちらに向かってくる。


 間一髪、杖に飛びつくと先端を何も考えず振り下ろしたが同時に脇腹に強い衝撃を受け、痛みに目を瞑ってしまった。轟音が空気を震わせ響き渡り、熱気と光が一瞬瞼の裏を照らした。私は宙を飛び、何度も跳ね返りながら草の上に激突した。


 咳き込みながら目を開くと運動場の芝生が広がっていて、私はフィールドの場外に飛ばされてしまったことがわかった。痛みに耐えながら上半身を起こすと、地面の草に血が何滴も落ちた。腕で拭うとやはり鼻血が出ている。


 下品な笑い声が聞こえ顔を上げると、あのグループの目の前まで飛ばされていたようだった。黒髪の子の冷たい目がジッと私から視線を外さない。


「あっぶなーー! あんたねぇ、いい魔石持ってるみたいだけどフィールドの外から魔法を撃たないでよね、危うく死ぬところだったじゃない。もうこのフィールド使えないわよぉ、あんたの反則のせいでっ」


 遠くのフィールドからミヤコさんが声を張り上げる。指差す方から薄く煙が登り、大きな破片が飛び散っている。審判の人たちが頭を掻きながら困った顔で破片を拾っていた。


 立ち上がり、対戦相手のミヤコさんに一礼した。舌を出し、中指を立てられた。私は脇腹を押さえながら視界から逃げるようにその場から離れた。背後から野次が飛んできても我慢して痛いのを堪え、声が聞こえなくなるところまで足を引きずってでも急いだ。


 背中の視線から一刻も早く逃れたかった。早くここから離れないと見られたくない涙が、今にもこぼれてしまいそうだった……。

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