第13話 -8 脅迫と意地

 



 変な感じがして目が覚めた。まだ体は熱を持って気だるいが、喉の渇きを覚えて目が覚めたのかもしれない。額のタオルがずれていて、ボヤけた視界に誰かが付き添ってくれている。


「お水……欲しい」


 しばらくして、小瓶に入った液体を飲ませてもらった。経口補水液みたいなしょっぱい味がしたが不思議と体が楽になる。


「花火……」


 ボソッとした声が聞こえた。花火、の一言だけでその先を言わないので何のことかわからない。


 そういえば、さっきオセロットくんが私の花火がどうとか言っていたがそのことだろうか?だけど私は吹き飛ばされて目を瞑っていたので、自分が放った花火の魔法を見ていない。とっさに杖を振っただけだし、何の魔法を放ったかもわからない。


「オセロットくん?」


「……あれは火の魔法か? 光の線がどこまでも伸びて、その中に小さい龍がいた。生きてるみたいな」


「私、目……瞑ってたから」


 朦朧とする意識で途切れ途切れ答えた。声のする方に顔を傾けると額のタオルがずれた。黒く歪んだ人影が近づいてくる。


「クロウ、くん?」


 ベッドの傍らで黒髪の少年が黒曜石のような瞳で私を見下ろす。なにしにきたんだろう、私の無様な姿を笑いにきたのだろうか。手を突っ込んでいたポケットから受験プレートを取り出し、無言で差し出した。


「ミヤコからとった」


「……それが?」


「やる」


「え、なんで?」


 意味がわからない。届けて欲しいのだろうか?クロウくんが友達なのだから自分で渡せばいいじゃないか。負けた私に届けさせるなんて、性格悪すぎだろう。


「嫌だよ、届けたくない」


「違う。お前にやる」


 理解ができない。クロウくんの目を見つめたまま首を横に振った。何なのだこの人は、他人の受験プレートなんてもらっても仕方ないじゃないか。紛失したら失格になってしまうミヤコさんが困るだけだ。


「なんでプレートを私にくれるの?」


 私の質問を無視してクロウくんはそっぽを向いてしまった。とりあえず手を引っ込めてくれたがまた無言になる。何しに来たのだろう?休みたいのだが、そういえば体のダルさは消えている。私は警戒しながら上半身を起こした。


「お前、花火の魔法を放った時……フィールドの中にいただろ」


 私は思い出してみたが瞬間的な出来事だったのでわからない。クロウくんは続ける。


「魔力はある程度制御されているはずだ、フィールド内であの規模の魔法はあり得ない。そもそもお前は亜人だろ、才能があっても亜人のくせにあんな魔法が出せるものか」


「知らないよ。それに亜人のくせにって言わないでくれる?」


「……俺は魔導師の家系だ、魔石の質ならわかる。その杖は世界樹みたいだが魔石はどこのブランドだ? 誰が魔力をつけた?」


 私はシーツを頭から被り質問を無視した。魔導師のブランドなんてわからないし、適当に答えて突っ込まれるのも避けたかった。だがクロウくんはシーツを剥ぎ取り、殺気を含んで私を見下ろす。


 睨みつけていると手が素早く伸びてきて片手で私の首を締めてきた。いきなりのことに驚いたが同時に殺される気迫に怖気付いた。他人に首を絞められ息が出来ない恐怖、けど力も敵わず手は杖に届かない。ギリギリと締め上げられるが彼の目は冷たいまま。どこまでも感情のない人がいるものなのか……私は苦しくて顔を歪める。


「たのむ、答えろ」


 お願いしてるのか、命令してるのかわからないが彼の目は本気だった。こんな奴に答えられる訳がない。首を降り、抵抗した。目が涙で曇ってきたところで手が離れ、気道が自由になり一気に呼吸ができるようになった。咳き込みヒューヒューと息を吸い、首をさすりながら彼を睨みつけた。表情も変えず平然としたまま私を見下ろし今にもまた殺されそうだ。この人は怖すぎる、頭がおかしい……こんな人がいるなんて。


 何をされるのかわかったもんじゃないし、魔導師の家系なら私にとって危険すぎる相手だ。もし目の前で魔石が反応してしまったら私は亜人でいられなくなってしまう。ばれたら次は本当に殺されてしまいそうだ。杖を手繰り寄せ、涙を拭って彼に向けた。肩で息をし、私はあと一歩が踏み出せず彼に攻撃ができなかった。


 クロウくんは前触れもなく立ち去った。不思議に思っているとオセロットくん達三人が帰ってきた。おかげで助かったようだ。


「あ、芽衣起きたんだ。ごめんね、飲み物買いに行ってたんだけど体調はどう?」


 そういえば、体の熱は引いてる。絞められた首以外体の痛みはないしキキョウさんの治療は抜群だったみたいだ。クリオロさんもそうだがヒールは本当にすごい。どこまでの治療が出来るのか気になるところだ。


 首はきっとアザになっているだろうがタートルネックのおかげで隠れているはず。これ以上の心配はかけたくない。何事もなかったように振る舞おう。


「すっごく元気! ご、ご心配おかけしました」


「良かったね芽衣ちゃん、ちょうど模擬試合も終わるところだよ」


 土壇場の演技もばれずにすんだようだ。みんなで運動場に戻ると、もう日も暮れかけておりフィールドでは最後の試合が終わったところだった。クロウくんの姿はなく、心底ホッとした。息が吸える当たり前の事が、背筋の凍るような恐怖としてまだ体に付きまとっていた。



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