第13話 -4 紛失したプレート



「あああ緊張してきた……お母さん! どうしよう」


「アマミ、大丈夫」


「でもでもどうしよう、そろそろ私の番……」


「深呼吸」


 会話が途切れ、息を吸ったり吐いたりする音が二つ聞こえる。つられて私も同じ行動をしてしまった。そうだ、深呼吸……冷たい外気が肺いっぱいに溜まり、冷やされて気持ちがいい。頭がスッキリしだした。


「うん……! 落ち着いてきた」


「いいぞ」


「あ……あ、あれ? 私の受験番号のプレートがない! お母さんどうしよう!?」


「なにやってるの、呼ばれる前に早く探さないと」


 二人の会話の内容に私は驚き振り返る。うさぎの親子はキョロキョロと辺りを捜索している。大変だ、プレートがないと彼女は失格になる。


 女の子は困った顔をしてうさぎの耳を垂らし、草の根を小さな手でかき分けている。お母さんの方はショートヘアの髪を掻き上げ困ったように辺りを見回す。クールだった顔の眉間にシワが寄り、表情が怒っている。今朝の出来事もあって親近感のある親子だ、何とかしてあげたい。


 <そうだ、もし地面に落ちてたら運動場に広がる芝生の植物が教えてくれるんじゃ……>


 サーチを広範囲に、気を集中した。小さな声が返事をしてくれた。すぐ近くに反応があり、声のした方向に走った。辺りの草をかき分け探したが何も見つからない。おかしい、サーチが違うものに反応したのだろうか。不思議に思って頭をかしげていたらサーチが跡を辿りだし、黒髪の男の子の前で止まった。


 ここはさっき、彼が靴紐を直すのに立ち止まった場所じゃなかったか……反射して光るプレートを宙に飛ばして弄ぶ男の子と目が合った。三白眼で切れ長の冷たい目だ。その目に、困り果てて探し回っている亜人の親子も視界に入ってるはずなのに……彼は届けてあげる様子もない。慌てる二人を見て面白がっているんだ。


 カッと血が上った。イアソンくんがリップさんのお祝いの席で貴族の人に理不尽な事をされて以来、久しぶりに頭にきてた。


 目が合ったままツカツカと肩を怒らせ早歩きで向かい、私は彼の目の前に立った。ふんぞり返って座ったまま私を見上げる。


「返してください、それあなたのじゃないですよね」


「……なにこいつ、だれ?」


 彼の友達が私を睨みつけながら訝る。取り巻き達も彼が他人のプレートを持っていることに気づいてないようだ。話しかけて来た子を無視して、黒髪の男の子の手のひらで遊ばれているプレートの番号を確認する。


「それ、まだ呼ばれてない番号ですよね。あなたはもう試合を済ましたのを見ました……あの子に返してください」


「なにお前」


 黒髪の男の子が初めて声を出した。冷たい声で目も冷めたままだ。取り巻きの半身蛇の亜人の美女が彼に耳打ちをし、目配せしたガタイのいい男の子達が立ち上がる。筋肉ムキムキで体が大きく、威嚇するように指を鳴らし頭上から私を見下ろす。頭にきている私はその子達も構わず睨みつけた。


「……よせ」


 彼の一言で、面白くなさそうに取り巻きが引き下がる。彼に視線を戻した。目を伏せ、プレートを持っていない手で耳のピアスを弄って余裕な態度だ。


「不可解な行動だな。拾ったとこを見てたんじゃないのか? なぜまっすぐ取り返しに来なかった?」


「か、確認しに行っただけです……それと、健闘して戦う人たちにあなたたちはとても失礼です。もっと真面目に観戦してください」


 彼の手からプレートを強引に奪い、踵を返した。うさぎの親子はまだ辺りを探していて彼が持っていたことにも気がついていなかった。急いで二人の元に駆けた。


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