第13話 -1試験当日




 試験当日はあいにくの雪だった。新品の服に身を包み、髪を結わえ顔を叩いて気合をいれた。階下に降りると昨日と打って変わって丸テーブルで静かに朝食を食べる人達。コーヒーの香りと湯気がゆったりと登っている。


 空いてる席に着くと、給仕さんがみんなと同じメニューを持ってきてくれる。カランとベルの音がして、オセロットくんが肩の雪を払いながら食堂に入ってきた。


「おはよう芽衣、よく眠れた?」


「うん、よく眠れたよ」


「それはよかっ……た?」


 カタカタカタと私の手にしたコーヒーカップがソーサーの上で音を立てる。平然とした顔を保ってはいるが、起きてから不安と緊張で無意識に手が震える。


 心配げなオセロットくんが私の頬を冷えた手で包む。


「ほらほら緊張しないで、芽衣なら大丈夫だから」


「アハハ緊張なんてしてないよ、むむむ武者震い」


 ブフとオセロットくんが顔を背け吹き出した。顔をテーブルに突っ伏し、震えながら堪えてくれている。虚勢を張ったが逆効果だったかもしれない。平常心を見せつけようとパンをちぎって無理矢理口に押し込めていると、少し離れた後ろの席の人のコソコソと話す声が聞こえてきた。


「試験は大丈夫、緊張しちゃダメ。パパの教えを思い出して」


「でもでも見て、緊張してこんなに手が震えちゃって……」


「そこの女の子は武者震いだって言ってた。アマミもきっとそうだ」


 背中から視線を感じ、しばらく沈黙が続いた。私は聞こえていないふりをしてプチトマトをフォークで刺そうとすると、震える手のせいで向かい側に座るオセロットくんの顔面にふっ飛ばしてしまった。慌ててナプキンで彼の顔を吹く。


「フフ。そっかきっとそうだね。私、きっとお母さんみたいな立派な冒険者になるね……でも、行く時だけ手を繋いでもいい? お願い」


「全く、仕方ないな」


 ガタガタと椅子の音がして靴音がする。カランと扉のベルの音がしたので初めて振り返って姿を見た。ピンと跳ねたうさぎ耳の、小さい亜人の女の子。銀の長い髪で可愛らしいコートを着ていて、見上げる先に冒険者風のマントを着た人が横にいる。褐色のうさぎ耳が横に生える、背の高いカッコいい女の人だ。二人は微笑みあって手を繋ぎ、店を出て行った。


 きっと同じ受験生だ。私より体の小さい女の子だった。付き添いのお母さんも心配なんだろう、仲のいい親子を見送って少し羨ましくなってしまった。


 私も高校受験の時、母にバス停まで見送ってもらったのを思い出す。あれも寒い雪の日だった。私が下り坂の凍った道で滑るとそれを止めようとした母も一緒になって坂を滑り、絶妙なバランスで坂の下に到着し二人で笑いあった。懐かしい思い出に、しばし浸って幸せな気持ちになった。


「僕が入ってきた時、あの子机に突っ伏してたんだ。芽衣のおかげで勇気付られたみたいだね……ップハ!」


 オセロットくんは思い出し笑いをこらえられなかったみたいだ。かっこ悪かったけど、私があの女の子に勇気を与えれたことに少し胸を張れた。みんな不安で緊張してるんだ……私も頑張ろう。母を思い出し、さっきまでの緊張感を少し緩めることができた。



 店を出ると、雪の降りしきる道を馬車で移動した。同じ方向に進む人が多いように見える。坂道を超え平坦な道に入ると、オセロットくんがスペリオールに入ったと教えてくれた。下の町インフェリオールのように雑然としてなく、整然と建物が並ぶどこか品のいい洗練された街並みだ。高級そうな街を抜け、馬車は林を進み凍った大きな湖にでた。


「あれが、学校!?」


 目をこすって二度見した。湖の中心で荘厳華麗なお城が冷気を漂わせている。蜃気楼かと思ってしまった……まるで湖に浮かんでいるよう。遥か高く尖った尖塔がいくつかあり、パラディオのような丸みのある円形の屋根がある。ゴシック様式の建築物は湖の中心の陸地に建てられ、緑が塔や壁を所々侵食している。


 陸地からお城までは四方から橋がかかり、馬車や人が次々湖を超えて行く。


「綺麗な湖だから氷が溶けたら下の部分の建物も覗けるんだけどね、暖かくなったら湖畔でのんびりできるよ」


「地下まであるの!?」


「僕も流石に驚いたよ。ラグゥサの一番下まで繋がってて、外の草原まで一直線で行ける」


「!?」


 もう驚きすぎて言葉も出ない。馬車で橋を渡って学校を見上げると眩暈がして、飲み込まれてしまいそうな感覚を味わった。ドラゴンが左右に迎える巨像と太い柱でいくつも支えられた回廊が外に面していて、神殿のようにも見える。


 校内に入るとアーチを描いた広い空間が遥か先までまっすぐ続き、側面にいくつものドアや階段。丸みのある天井は高く日が差し込み、二階の廊下にも人がいる。外の外観と違って近代的な印象を受けた。


 本来の目的も忘れ、観光客気分でキョロキョロしてしまった。受付を済ませ、係りの人からプレートの受験番号を受け取る。四二七番、何だか嫌な数字で軽くへこむ。


「受験生は大広間へ、付き添いの方はここまでです。プレートは試験が終わるまで無くされないように、紛失した場合失格となります!」


 係りの人が受験生を誘導し、ゾロゾロと移動し始めた。同じ歳くらいの子が圧倒的に多いが、腰の曲がったお婆さんや幼さの抜けない顔をした明らかに年下だろう子もいる。オセロットくんが私の背中を叩いた。


「頑張って。模擬試合の時にまたね」


「うん……いってきます!」


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