第12話-3 お花畑の先の教会


 店の二階ではサバイバルに必要最低限な小物を自分で買い揃えた。品数も多く便利そうなものばかりで目移りするが、アイテムバックは高価すぎて諦めたので荷物を多くは増やせなかった。オセロットくんがまた買ってくれようとしたので慌てて止めて、強引に店の外まで押し出した。


「さて買い物は済んだし、神頼みにでも行きますか。僕らの町の教会に案内するよ。きっとびっくりする」


 日も暮れ出している坂道をしばらく進むと鳥居のようなアーチが沢山立ち並ぶ、苔に覆われた長い長い階段が待ち構えていた。私は軽々登るオセロットくんを恨めしく思いながら、息も絶え絶えに追いかけた。


 先に進んでは階段に座り、それでも急かさず待ってくれる。最後は手を引っ張って貰いながら登りつめた。持久力の無さもかなり課題だ。


 その先はお花畑の広がる開けた場所で、見晴らしのいい崖の上。その再奥には空まで届きそうな大きさの緑色の太い蔓が横を向いたドラゴンの形になり、今にも崖から飛び立ちそうに佇んでいる。すごい躍動感だ。ジャックと豆の木のようなツルで隆起した根元の隙間にみんな入って行っている。


「すごいでしょ、自然にこの形になったんだって」


「ええ!?」


「女神様はこれに乗ってきたんじゃないかって伝説もあるくらいなんだ。素材を恵んでくれるモンスターや亜人の始祖って言われるドラゴンを祀ってもいるんだよ。僕らも中に入ろう」


 根っこが一本の木より太く、余裕のある隙間をくぐると中は広い空間になっていた。見上げると隙間にはステンドグラスが埋め込まれ、色とりどりの光が差し込む。エルフの教会のように奥には祭壇があり、ツルが横を向いた女神の形を作っている。葉っぱの生えたツタ植物が髪になり、花に覆われたドレスを着ていて顔を俯け両手をお腹に当てている。


「とても綺麗な女神像……お腹を大事そうに抱えているね」


「僕たちは彼女から生まれたと言われている。皆が平等に兄弟だと、いつも思い起こされるよ『人間だけでなく、動物や植物や鉱物、火、水といった存在するすべてが私たちの親戚であり兄弟なのです』」


「うん、すごくよくわかる『私たちは母なる大地に創られ、母なる大地に還る』って……」


 母が同じようなことを言っていたのをエルフの教会でも思い出した。教会は私に大事なことを思い出させてくれる場所なのかもしれない。


 お腹を抱えた妊婦さんも多く、みんな宝物を抱えるように、大事そうにお腹に手を当て祈っている。屈強な戦士のような人は顔を天に上げ、拳を包むエルフの教会で見たポーズでドラゴンの向く方へ祈っていた。


 オセロットくんがポケットから猫の手の形をしたロケットを見せてくれ、同じようにお祈りをする。私も胸元のネックレスを手で包み、お祈りした。


 〈……この世界で新しい第一歩を踏み出します。どうか応援してください〉


 あつかましかったかなと懸念したが、神頼みだってしたいくらいの気持ちなのだ。みんなに協力してもらって応援されて、もし受からなかったら顔向けできない。私は時間をかけ、必死に願掛けした。



 ***



「熱心に祈ってたね。そんなに心配なら僕が理事会に口を利いてあげようか? 芽衣のためならしてもいいよ」


「絶対ダメ! リップさんはお屋敷にいてもいいって言ってくれてるけど、甘えたくないの。自分で地に足をつけて働きたい。ここで生きてもいいって自信をつけたいの……」


「そっか、芽衣はそう言うと思ったけど。さぁ、日も暮れてきたし宿に行こうか。ドワーフの人が来るんだろ?」


 クリオロさんが出来上がった盾を持ってきてくれるのだ。来た道を戻り、宿に向かった。日も落ちた夜の繁華街は屋台も多く、外でお酒を飲む人もいて賑わっている。酔いつぶれて芝生に気持ち良さそうに寝転がる人までいる。どうやら亜人の人たちは飲んで騒ぐのが大好きなようだ。あちこちで楽しそうな声が聞こえる。


 予約してくれていた宿屋の一階は食堂と受付になっていた。すでに到着していたクリオロさんが円形の木のテーブルの上で周囲を巻き込み、宴会をしていた。みんな上機嫌でとっくに出来上がっている。


「めーーーいーーやぁっと来たか! 今日も可愛らしいのうっ。皆の衆、わしの妹じゃ! 明日アカデミーの試験を受ける勇者候補だ!」


 お客さんたちはイエーイと雄叫びをあげ、木のジョッキを掲げ歓迎された。生まれてこのかた、酒場に来るのは初めてだ。オセロットくんからジョッキを受け取りウィンクされた。気を使ってくれたのか、泡立っているが中身はリンゴジュースになっている。酔っ払った大人達が豪快にジョッキ同士をぶつけ乾杯してきた。萎縮する私と違い、オセロットくんは慣れた顔でテーブルに座り、余裕な表情で涼し気だ。


 裸踊りが盛り上がる最中、クリオロさんは背中にしょった盾を取り出しニヤリと笑った。


「いい〜もんが出来たぞ。何枚か重ねて打ったら不思議と融合して色が透けた。強度は強いのになぜか軽い。非常に面白い素材じゃ、いい経験をさせてもらった! また見つけたら、わしに加工させておくれ」


 ご機嫌に肩を組んでくるクリオロさん。盾は黒と血のような赤褐色が斑に混ざり合い、模様が今にも煙のように動き出しそうで綺麗だ。赤い部分が少し透けてプラッスチックのような光沢と軽さ、裏面は持ち手のハンドルと肩にかけれるようにバンドもつけてくれている。


「ありがとうございますクリオロさん! 私、明日頑張ります!」


「お!なんだ嬢ちゃん、盾戦士か! ちょっと構えてみろ」


 拳闘士のような格好をした、腕が四本ある猿の亜人が話しかけてきた。お酒で顔が真っ赤になっていて愉快そうに私を囃し立てる。調子に乗って盾を構え、こうですか!とポーズをとった。


 周りも盛り上がり、猿の亜人はアチョーーと言って先端に丸い魔石の着いた長い棒を構えて突きを繰り出してきた。盾は軽く、不規則な四本の腕の攻撃にも意外と難なく対応できた。


 相手の棒の先端が淡く光り、盾の真ん中で防いだらわずかに魔力の流れを感じた。その瞬間、猿の亜人が吹き飛んだ。周りの人は手を叩いて爆笑し、雄たけびをあげる者もいた。クリオロさんが得意げに踏ん反り返った。


「はっはー! ドワーフの技術を舐めるなよ、その盾の素材にはわずかに魔石の効果が入っていての、中心に集中させたんだ。どんな効果が出るかと思ったが、なるほどカウンターになったな。芽衣、よくやった!」


 そうだったんだ。杖を作ってもらった時の魔力の流れとも似ていた。これを習得すればとても便利になるはずだ。本当にいいものを作ってもらった。クリオロさんは試験前日に間に合わせてくれて頭が上がらない。これがあれば、と強い自信に繋がった。


 ベロベロに酔っ払った犬の亜人が面白いとばかりにブーメランを振り、光の玉のような魔法を放ってきた。盾の真ん中で跳ね返ると四方に分裂し、天井や床をバウンドしながら火花を散らし店中に散らばった。店内にいる人たちは狂喜乱舞の大盛りあがりだ。私は傘のように盾をかぶり、火花を防いで一緒になって笑った。


 周りの人も激励を入れてくれ、おおいに楽しみ騒いだ。いろんな人と肩を組み、声を上げて笑ったので久しぶりに試験の緊張感を忘れることができた。


 騒ぎ疲れると笑いながら部屋に行き、鼻歌を歌いながら湯船に浸かると心地よい眠りに誘われた。まだ騒がしい声を遠くにグッスリと眠りについた。


 とても楽しい、亜人の街の人たちだった。


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