第4話 -2 毒
「これは、芽衣の魔道具か?」
「……答えたく、ありません」
妖しげな視線から目を逸らす。本当は知らないので答えられないのだが、精一杯の虚勢だ。この距離感に心臓がまた早鐘を打つ。クチナワさんは不敵な笑みを浮かべる。
「これがどんなものか教えて欲しいか?」
「え……?」
「教えて欲しいなら茶にしよう、テラスへ」
返事を待たずクチナワさんはスタスタと歩き出し、図書室の出口へ向かった。ドアが外側から勝手に開き、部屋の外では執事のセバスさんが一人待機していた。見慣れない客人を見張っていたのだろうか、少し気を鎮めれた。
***
美しく整えられた中庭のテラスで、センさんがハーブティーとアフタヌーンスタンドを用意してくれた。センさんはチラチラとクチナワさんを盗み見ると、素敵な方ですねと耳打ちしてご機嫌で立ち去った。
確かに眉目秀麗な男性だ。静かにお茶を飲む姿は英国風な庭園に、絵画のようにマッチする。だが中身はストーカー気質で得体が知れない。横目で顔を覗いても、何を考えているか全くわからなくて油断ならない。
「いいメイドだ。紅茶の淹れ方を熟知している」
「ええ、そうですね」
ぶっきらぼうに短く返すと、また沈黙が長く続く。ネックレスのことを教えてくれるのではなかったのか、あまりに沈黙が続いたので機嫌を損ねたのかと不安になった。
彼はおもむろにフルーツに手を伸ばすと無言であーんと口を開け、食べろと私に差し出してくる。
鑑定して見るまでもない。なぜ性懲りもなく私に毒を食べさせようとするのか。苛立ち、平静を保とうとするが心臓がドクドクと嫌悪感を刻み、不規則に鼓動する。触れた首がまだ熱い。
「毒入りですよね、絶対食べません」
「いや、解毒剤だ。さっき触れたとき少量の毒を流し込んだ。君は本当にエルフじゃないのだな……」
その瞬間視界が傾き、景色が回って椅子から崩れ落ちた。心臓が強く胸を打ち、酸素を欲して呼吸が荒くなる。体の力が抜け、目が回る。
ネックレスが肌に触れるとすごく熱い。すでに良くない状況だがさらに良くないことが起こる予感がする。空気が、足りない。
私のボヤけた視界にクチナワさんが映った。強引に口をこじ開けられラズベリーを放り込まれた。
「つらかっただろう……ポーションの効果も入れてある。削られた体力も復活する」
咀嚼するたびに弾ける水分で体が楽になってきた。脂汗がじっとりしていてまだ気持ち悪いが、さっきまでの苦痛が嘘のようだ。
だんだん体に力がみなぎり沸々と感情が戻ってきた。なぜこんな仕打ちをされなきゃいけないのだ、私が彼に何かしただろうか?湧き上がる感情と裏腹に、目に涙が貯まる。
「手荒な真似をしてすまなかった。お前の素性を調べるのにちょうどいいと、屋敷の主人に来訪するかわりに頼まれてな」
「……屋敷の、主人」
「リップの父親だ。今回はあまりない事例で、種族だけでも絞りたいと考えあぐねていたらしい。たいへん力をお持ちの方だ、嫌だったが断れなくてな。すまない……」
クチナワさんは本当に申し訳なさそうに見えた。肩を落とし、目にいつもの力が見えない。私もお屋敷にお世話になってる手前、複雑な感情だ。とても、不履行を行い、楯突くことなど出来ない相手なのだろう。なんだか可哀想になってきた。
「では、私はエルフじゃないんですね」
「あぁ、遅延性だが致死性の毒だ。君がもしエルフなら自分以外の毒に気づき、すぐさま体が解毒しただろう。その魔力をエルフの私が見逃すことはない……聞いたところ、芽衣は世界樹にいたらしいな。昔から不治の病に苦しむ子や、餓えに苦しむ子は母なる女神が慈悲をかけ世界樹の元で保護していたと伝説に多くある。女神の恩恵に選ばれた子だ、気にするな」
両親に捨てられ種族を知らないという私の嘘の設定を聞いたのか、憐憫の目を向けてくれる。
いい機会だ、転生や召喚などの伝説はないのだろうか。もしかしたら母のところへ帰れるかもしれない。
「……あの、クチナワさんは伝説や不思議な事にお詳しいんですか?」
「私は司祭だ。教会に勤め、世界樹の女神に仕えている。不思議な話でなく、御業だと思ってる」
「クチナワさんは転生を信じますか? たとえば、前世や違う世界のことを知ってる人がいたりするような話はありませんか?」
「前世とはまたロマンチックだな、私はあまり信じない。違う世界とは例えばどんな場所だ?」
「例えば……魔法じゃなくて、もっと科学が発展した世界を知る人とか、違う惑星や別次元からきた人とか」
「ふむ…か学というのは私は習ってないな。違うワクセイやベツジゲンとは何のことをいうのだ?」
一緒にテラスの日陰の部分から出てもらい、羊雲の空を指す。
「えと……この空のずーっと向こうの先です。夜に見える星はわかりますよね? その惑星に住む人が来たとか伝説やお話にありませんか?」
「空の、向こう」
クチナワさんの目に、空の模様がガラス玉のように綺麗に映し出されている。雲のさらに向こう、彼は空の青を一心に見つめる。
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