第4話 -1 図書室


 次の日、目を覚ますともう朝日が部屋に差していた。寝坊した!と飛び起きたが昨日ケイロンさんに馬番の休みをもらったことに気がついた。朝の支度を済ますと、センさんがちょうど朝食に呼びにきてくれ階下に降りた。


「おはよう芽衣、昨日の疲れは取れたかい?」


「おはようございます、リップさん昨日はありがとうございました」


 先に朝食をとっていたリップさんと一緒になった。馬番をしだしてから、リップさんと朝食を取るのは久しぶりだ。


「こちらこそ。今日から何日間か仕事で家を空けるんだ、好きにして構わないが屋敷を出る時は誰か同伴で、いいね?」


「街に出てもいいんですか?」


「もちろん。だがセンやセバスのような大人と一緒にね」


 目配せした部屋の隅ではアームタオルを携えた執事のセバスさんが控えていた。いかにも執事らしい背筋のいい白髪のおじいさんはヒューマンだ。


「イアソンと二人ではまだ少々不安だ」


 リップさんはポリポリと頬をかき、笑った。


「はい、わかりました。リップさんは都でお仕事を?」


「いや、西の森で魔石のエンカウントゾーンが出た。最近は価値が高騰しているし、魔石を食べるモンスターとの奪い合いが苛烈でね。今回は少々規模が大きいから援軍を頼まれた……おっと、そろそろ行かないと」


 魔物は魔石を食べるのか、これは知らなかった。また新しい事実を頭にメモした。魔石は貴族が使う日用品によく見られる。例えばお金持ちの人は万年筆にも魔石がついている。グリップの魔石を握り、黒や赤など色を思い浮かべればその通りのインクが紙に染み込む。逆に平均的なイアソンくんのような家庭では、瓶に入った墨に羽ペンを使っていた。素材は亜人の羽根や魔物の種類によって値段は様々らしい。


 リップさんに年齢を伝えてからは、屋敷の図書室を自由に使わせてもらっている。また細かいところをチェックして、この世界の常識をこっそり確認しておこう。


 リップさんは秒針に魔石がついた壁掛け時計を確認して、慌てて立ち上がった。今日は浮島で見たような裾が絞まった色鮮やかな裁付袴だ。セバスさんがすかさず現れ、籠手や甲冑を付けるのを手伝う。


 手拭いで頭を覆い、キュッと締めるとリップさんの顔つきが変わった。刀を差し、兜を小脇に抱えるとより凛々しい姿だ。昨日のパーティーで女性陣が群がるのも多いに頷ける。


「気をつけてくださいね、お怪我しないように……いってら、」


「昨日のドレス姿……あ、いやなんでもない。いってきます」


「はい、いってらっしゃいませ」


 リップさんを見送ると私は頭をひねりながら椅子に腰掛けた。何か言いたげのように見えたが……なんだろう?部屋の片隅ではセバスさんが石像のようにずっと気配を隠し見守っていた。




***




 午後にセンさんが街に買い出しに出るというので同行する約束を取り付け、それまで時間を潰すことにした。


 屋敷の図書室は分厚い専門書が多く、難しい用語に苦戦している。魔法に関して調べてわかった事は、魔法は魔石や魔水を介して発動するものだ。魔道具の元となる魔石や魔水はいわば器のようなもので、用途に合わせて《火、水、風、光、闇》のエレメントを付加させる。魔導士という職業らしい。


 人間のみエレメントを入れることができ、他の種族は魔力を流すと魔法が発動する。それを色々な道具に付属するのだ。魔石や注入した際の人間の魔質によって長く使えるものと、そうでない物の差も出てくる。魔石は使い終わると発動しなくなり、取り替えられるか魔道具ごと廃棄される。


 エルフ・ドワーフ・亜人は人間に比べたら魔力は少ないが、種族により違う体質や特技が女神から与えられたとされる。例外なく、人間もどの種族も魔石なしでは魔法は発動しない。


 私は胸元のネックレスに触れた。無数に小さな宝石のようなものが埋め込まれている。きっとこれが魔石だ。光に当てると虹色に光彩を放つ。一体誰が私の首につけたのだろう。


 調べる限り、鑑定スキルのような魔道具も体質も特技も見つからなかった。もしかしたら私はこちらの世界で普通に生まれ、本当は記憶喪失になったのではないか、鑑定スキル等ではなく、昔の記憶を呼び起こしてるのでは…… クチナワさんが会ったことがないかと聞いてきたのが気になってきた。


 行儀悪く椅子に体操座りし、ボーッとネックレスのチャームをつまみ上げ考えこんでいると、いつからいたのか向かいのテーブルには頬杖をついて本を読む、赤い髪のクチナワさんが座っていた。


 体に悪そうな程心臓が飛び上がり、驚いて私は椅子から転げ落ちて豪快に尻餅をついた。


「いったた…ク、クチナワさん!? いつからそこに! どどど、どうして!?」


「騒々しいな。一時間前からこの部屋に居た。芽衣が真剣に本を読んでいたから声をかけずにいたが、全く気づかれないので暇になってな」


 つまらなそうにページをめくっている。常識ってものがこの人にはないのだろうか。すごく驚かされたし昨日のことを思い出し、またムッとなった。


「どうやってこの御宅に入ってきたんですか? ここはリップさんのお家ですよ。不法侵入です」


「家主に許可はもらって入った。リップでなくお館様からだがな。芽衣と約束を取り付けてると言って」


「約束なんてしてないですよ!」


 クチナワさんが本から目線を上げた。目が合うと一瞬たじろいでしまう。スっと立ち上がるとカッカッと靴音を響かせ、あっという間に目の前に立たれてしまった。


 怯んだと思われたくなくて睨みつけていると前触れもなく、人差し指で首からチェーンを絡め取りクチナワさんはその先のチャームを持ち上げた。


 芸術品のような綺麗な顔が間近にあり緊張してしまう。一瞬触れた首が、熱い。


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