第3話 -2 赤髪のエルフ
長い並木道を抜け、門を出ると石畳の街に出た。以前、薄墨の上空から見た街の様子は、首都のラグゥサほど大きくないが密集し、統一されたオレンジ色の三角屋根と塔が見えた。街は三階建ての木枠の家が等間隔に立ち並び、街灯が淡く輝き異国感が漂う。
目的地に進むにつれ屋台が増え、花びらや花火を上げる者もいた。建物から建物へ、巻貝の絵のタペストリーが垂れている。リップさんのウィンクル家の紋章らしい。
「あ! ドワーフのメープルキャンディー! 芽衣、あれ飴が武器の形してるんだぜ」
馬車から見える祭りの様子に、イアソンくんも私も興奮した。彼が指差す屋台に、背が低くずんぐりした体型のドワーフが背をかがめたお客さんに商品を渡している。その横で背の高い美しいエルフが、咲いては散る不思議な花冠と花束を売っている。反対の道には音楽を鳴らし、空を舞い踊る亜人の楽団。私たちは交互にキョロキョロと左右の窓にへばりついた。空想の世界の住人がそこかしこにいる。
「すごいですねリップさん!」
「挨拶が終わったらあとで街にでよう、種族によって得意分野が違い、売りものも様々だ」
「本当ですか! 楽しみです」
街の中心についたのか、円形の広場に出る。人が集まっており、女性の彫刻が据えた噴水から空にかけて虹が出て、広場を煌々と照らしている。
どこからともなく花びらが舞い、祝賀に訪れた人が馬車に殺到しないように、騎士の人が警護に来てくれた。塔がそびえる大きな建物の外階段に上り、リップさんが振り向くとひときわ大きな歓声が広場を埋め尽くした。手を上げ答えるリップさん。街の人にとても愛されているようだ。
「リップさんって本当にすごい人なんだね……」
「当たり前だろ! 現存する聖騎士の最年少だからな。最上級職に就いたから、議会にも進めるんだ。お館様も聖騎士から議会の人になったんだって! みんないろんな街の冒険者や魔法使いだったり、鍛治職人でもなれるって父さんが言ってた」
イアソンくんは得意気に説明してくれた。リップさんはこちらに戻り、外套を預けると三人で煌びやかな会場に入った。
天井の高い広いホールはシャンデリアが輝き、床は美しい模様の大理石。奥にはオーケストラが旋律を奏でている。羊の角のウェイターさんから飲み物を三人分受け取ると、あっとゆう間に人に囲まれた。美しく着飾った人々がリップさんを取り囲み、口々にお祝いの言葉を述べると、リップさんは丁寧にお礼をしていった。
一人の背の高い貴婦人が私に目を向けると、リップさんに目を戻した。
「こちらの方は?」
「わたしの客人の芽衣嬢です」
「……あら、そう。あ! リップ様、倒したドラゴンのお話聞かせてくださいまし」
挨拶を返す間もなく、興味なさそうに扇を拡げ婦人は話を変えた。集まる人々に肘で追い払われ、私たちはリップさんから離されてしまった。イアソンくんは不安げにわたしの裾をつかんだ。
「なにか、食べにいこっか」
「でも……」
「大丈夫。この会場にいればリップさんがどこにいるかは目立つし、私お腹空いちゃったよ」
主人と離れ、珍しく弱気なイアソンくんの手を引き、いくつか点在するテーブルに連れて行った。二人で皿を一枚ずつ取り、右回りに移動する。
目移りしてしまう見たことのない色とりどりの料理。エルフが並べられた白い羽根にジャムを塗り、羽毛の部分を食べた。そうやって食べるのかと二人で感心した。興味深い数々の不思議な料理。ウヨウヨ触手が生えた手のひら大の巻貝を食べてみようか悩んでいると、イアソンくんが近寄ってきた。
「芽衣、あの肉何か知ってる?」
大きな肉の塊を指差した。串に刺さり、誰もいないのに回転し、ひとりでにスプーンがグレイビーソースを肉にかけ続けている。
鑑定して出るだろうか?加工品に試したことがないので実験。
【ステラーカイギュウの肉:EX:状態異常なし】
出た。加工品にも出るのかと、便利さに感心した。
「ステラー海牛? のお肉みたいだね。食べてみる?」
「うん、あ……」
さっきまで横にいたエルフが先に肉に向かって行った。所作も綺麗にナイフで切り取りゆっくり味わって食べ、また切り分ける。こちらを振り向くとちょいちょいと手招きされた。
何だろうと、イアソンくんと目を合わせると、勇敢にも彼は先に歩き出した。背の高いエルフは真紅の長い髪を三つ編みに沢山結って、耳の横に金細工の蛇のマジェステを刺している。男性とも女性ともつかない美しい顔立ちをし、イアソンくんに肉の皿を渡している。
「食べてみなさい、海牛は貴族でも滅多に食べられない」
低い声をしたエルフは男性のようだ。言われる前にイアソンくんは口いっぱいに頬張り、目を潤ませ恍惚する。私も一切れいただいた。噛むほどに溢れ出す肉汁の旨味に目を見開いた。飲み込むと幸福感に包まれ、ニコニコしてイアソンくんと微笑みあった。
イアソンくんは二枚目にいくため夢中になって自分で肉を切り分け始め、私のお皿にも追加を載せてくれた。エルフの男性は肉皿の脇にあった小鉢から蒼銀に輝く粉を取った。指で摘まむと、パラパラと私と彼の肉に振りかける。
粉が反射するのか、彼の目が不思議に虹彩を放ち色を変えていた。ふんだんにかけると彼は得意気にフォークで口に運ぶ。
「妖精の粉だ、スパイスになる」
なるほど、と感心した。妖精までいるとは驚きだ。蝶の俗語だろうかと疑問を抱き、肉でキラキラ輝く粉を鑑定してみた。
【アレクサンドラトリバネアゲハの鱗粉:EN:状態毒】
息を呑んでエルフを見上げたら妖艶に指で粉を舐めとっていた。イアソンくんを振り返ると、すでに口の周りをキラキラさせ、大量に肉に振りかけていた。
血の気が一気に失せ、あまりの衝撃とショックに声を失う。
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