第3話 -1 街へ出るための支度
「芽衣様、今日は若様のお帰りが早いようです。外にお食事に行かれないかとのことですが、いかがされますか?」
気を取り直したケイロンさんから嬉しい言伝を聞いた。外とは屋敷の外のことだろう。リップさんも夜遅くまで仕事があるし、ここに来てからまだ敷地の外から出たことはない。
「本当ですか! 街に出るのは初めてなんです、是非!」
「では一度お屋敷に戻って準備を整えられてください、センが張り切って手伝ってくれるでしょう」
「いーなー! 父さん俺も街にいきたい!」
「今日はダメだ。芽衣様、イアソンに気にせず行かれてください。明日から馬が出払いますので、心おきなく楽しまれてください」
「あ……はい。ではお先に失礼します……」
イアソンくんの泣き出した声を振り切り、私は屋敷に駆けた。屋敷外に出るのは初めてだから、イアソンくんに申し訳ないがワクワクする。街の様子はどんなだろう?そこに住む人達、異世界の営み。
いつも仕事の後にみんなと食事する台所を抜け、階段を上がる。長い廊下も焦れったくなる。自室に戻ると、ちょうどセンさんが部屋に備えられた浴室から出てきて、フローラルのいい匂いが部屋に広がった。
「さあ芽衣様、出かける準備をいたしましょう! 若様から用意されていた沢山のお召し物をやっと使えますわ。エルフ製の入浴剤もふんだんに使いましたからね♪」
踊り出しそうなセンさんに促され、浴室に連れていかれた。体を洗われる事は固辞し、洋服選びを頼んだ。街に出るだけなのに、ここまで張り切られるのも不思議だ。だが、クローゼットにしまいこんでいた動きづらそうな服を、あれやこれやと出すセンさんは楽しそうだった。
「芽衣様は不思議な髪の色ですね。薄い水色ににエメラルドのようなグリーンが混ざってますわ。アレンジのしがいがあります!」
魔道具のドライヤーで髪をとかされながらブラッシングしてもらい乾かしたら、センさんが吟味したシルエットの綺麗なドレスに着替えさせられた。また座らされると次に髪を結いあげる。ヘッドドレスの角度に悩んだかと思えば、器用に取り付けにかかる。
「薄くお化粧もしますね」
「ここまでお洒落しなくてもいいんじゃ、街に行くだけですよね?」
「今日は祝賀会もかねてるんですよ。この前、若様がドラゴンを討伐したでしょ? あの若さで聖騎士にジョブチェンジを許されたんです。ここは若様のお父様の領地ですからね、街でお祝いをしてるんです」
「そんな、私作法とかわかりませんよ!」
「大丈夫ですよ、お城でパーティーじゃなくて街のお祭りなんですから、はい外套も着て……ん〜完・璧です♪」
鏡の前に立たされ、センさんが八面六臂の働きを見せてくれた自分の姿を見ても不安な顔が拭えなかった。
「……なら、イアソンくんが一緒でも大丈夫ですよね? 主役の横にずっといても邪魔になりそうで、そのほうが安心できるんです」
「ええーーお邪魔虫もですかー? ……まぁ大丈夫と思いますけど、って芽衣さま!」
センさんを部屋に残し、階段を降りた先にリップさんが待っていてくれた。いつもと違い、狩衣に烏帽子をかぶっている。わたしの慌てざまに驚かせてしまったようだ。駆け寄り、目を見開いたリップさんの腕をつかんだ。
「驚いたな……とてもーー」
「すみません! リップさんあの、イアソンくんにも同行してもらってもいいでしょうか? パーティーと聞いたので心細くて」
「あ…………緊張しなくていいのだが、芽衣がそういうなら」
少し長めの沈黙のあと了承をいただき、ホッと胸を撫で下ろした。安心したら烏帽子姿の狩衣を着たリップさんが映った。
「狩衣姿、とても素敵です」
「あぁ、よく知っているな。我が家の正装なんだ。芽衣も、」
「あぁ! わたし急いでイアソンくんに声をかけてきます!」
リップさんをホールに残し、私は屋敷の裏のケイロンさん宅に急いだ。センさんが先に来ていてイアソンくんの準備をしていた。ここからも、あのフローラルの香りがした。
「若様は断らないでしょうからね、ちょうど湯あみしてたんで、あの入浴剤で全身ピカピカにしました!」
「芽衣スゲー綺麗じゃん! お祭り初めてなんだろ、俺が案内してあげるからな!」
クリクリの金髪に磨きがかかり、頬を上気したイアソンくんは機嫌も治っている。尻尾までキラキラ輝き、襟にタイを締めた姿は天使のように可愛いらしい。
ん!と手を差し出され、小さなナイトと馬車に乗り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます