第2話 -1 絵本の世界は大好きですけど
この世界に転生してから二週間が経過した。私は世界樹の浮島から都には行かず、少し離れたリップさんのお父さんのお屋敷に降り立ち、そこでお世話になっている。
屋敷の主人は都市のラグゥサで暮らし政府のお仕事をされているようで、広い土地を持つ位の高い貴族、リップさんはその政府に雇われる騎士団だ。
お世話になってる間に学んだことは、この世界に国の概念はなく、世界樹とそこに住まう女神を頂点に掲げた信仰心で社会が成り立っている。
世界のほとんどが自然に覆われており、ヒューマン、エルフ、ドワーフ、動物の特性を持つ亜人達が平等に暮らしているようだ。
まだ屋敷の敷地内から出たことはないが、窓から見える景色は中世ヨーロッパの農村地帯風。生活のほとんどが魔道具で済むこの世界では、手をかざすだけで灯りから飲み水まで作り出してしまう為、科学の発展は進んでいない。
本を読んでいたソファから立ち上がり、バルコニーへ出た。この世界は今は秋だろうか?髪をなびかせる風が心地いい。米粒ほどの大きさだが、空に世界樹の浮島が見える。
私は小さい頃に世界樹に捨てられた、ということにした。浮島は普段は立ち入りが禁止されているが、再生と慈悲を与える希望の島として崇められ、世界各地に浮遊し困窮した者に救いを与える。世界樹の思し召しで長らく発見されなかったのだろうと納得された。
リップさんに隠し事も多いし、不憫に思われるのは申し訳ないが、お役所に野生児を発見したと報告してくれたみたいで、他は何も伝えてないようだ。そのため私は危険人物扱いされることもなく、軽い監視対象としてお世話になることを許されている。
その監視対象という主な理由は、私の種族がわからないということからだ。私は人間です、と言わなくて良かった。この世界ではリップさんのようなヒューマンにはこの髪の色は絶対現れないらしく、エルフの家系だと耳に尖りがあり、ドワーフの背丈ほど小さくなく、動物的特殊能力を持つ亜人の可能性が高いとのこと。
犬猫族には尻尾や獣耳が、アラクネなら下半身が蜘蛛、鳥人族なら両手か背中に翼など、見た目にわかる特徴があり、それぞれの部族に面倒を見てもらうことも出来るのだが、身体能力には全く変わりもなく平凡以下。
髪の色以外に手がかりのない人相書きを出しても、どの街からも部族からも返事がない。そりゃそうだ。だが困ったことに、種族によって就ける職業も住める町も決まっているらしい。
はぁ、とため息をつくと部屋の扉がノックされた。返事をして開けるとリップさんが一人立っていた。
「浮かない顔をしてるようだが?」
背の高い広々としたゴシック様式の部屋に似つかぬ、和装の青年のチグハグさが毎度笑えてしまう。戦国武将のような浮島の時の格好と違い、普段のリップさんは道着に袴、弓道部の人みたいでとても凛々しい。戦闘中の時のように、私の表情も鋭く読みとった。
「いえ! そんなことは」
「そうかい? また本を持ってきたのだが、茶菓子のほうが良かったかな?」
「そんな滅相もない!ありがとうございます……」
数冊の装丁された高そうな本を受け取り、うつむいた。
「……やはり元気がないようだが、どこか悪いのか? 街まで行ってヒーラーを連れてこようか、少し待てるかい?」
「ち、違うんです! 体はどこも悪くないんです! 寝るところから服まで用意してもらって、ご飯までいただいてるのに勉強までさせてもらえて……お世話になりっぱなしで、申し訳なくて」
「気に病むことはない。皆にも客人だと伝えている」
リップさんの心遣いは本当に有難い。だが、執事さんからメイドさんと屋敷の大人全員からお嬢様のようにかしずかれ、庶民の私は慣れることが出来ず萎縮してしまう。自分の現状を余計意識させられ、居場所がなくて不安になる。
「……種族がわからなくて、役立たずなのはわかってます。でもなにか、私にお屋敷のお手伝いでもさせてもらえませんか? なんでもいいんです!」
懇願するように見上げると、困った顔をさせてしまった。逆に迷惑が増えてしまったかもしれないと気づいた。
「なにか雑用をみつけよう。すまない、心苦しい思いをさせてしまっていたんだな。そうだ、薄墨が会いたがってるようなんだ。あまり人に懐かないんだが、あの日から寂しがって馬番を困らせてる。世話を頼めるか?」
薄墨というのは浮島で彼が乗っていたあのユニコーンだ。少しでもお家の役に立てるよう、励行しようと強く頷いた。
「ありがとう。馬番を呼んでくる。本を読んで待っててくれ、気に入るといいのだが」
「ありがとうございます。あの、あと……」
言いづらくてモジモジしていると、リップさんは小さい子にするみたいに顔を覗き込む。
「……その、絵本以外もあるでしょうか……私、これでも十七歳なんです」
小さな声で絞り出した。リップさんが持ってきてくれる本はページ数の少なく、絵がついた民話や神話とおとぎ話が多い。最初のうちは簡潔に世界の仕組みを教えてくれているものだと思っていたが、どうも子供向けすぎる気がした。リップさんは目を点にして固まっていた。
「リップさん……?」
「す、すまない! 芽衣は十七だったのだな! 知らなかったとはいえ、幼く見過ぎていたようだ」
やはり、と思った。リップさんが与えてくれた部屋の調度品や服は少々ヒラヒラが多く、孫を可愛がるそれに似ている。この世界の人々はスラっとした耽美な人が多い中、私はつるぺたの胸元でネックレスだけが大人っぽい輝きを放ち、背伸びしているように見えていたのだろう。
リップさんは何も悪くないのに、顔を赤くあたふたしてしまっている。その様子にこちらまで申し訳なくて周章狼狽する。
二人でアワアワして謝りあっていると、廊下の向こうで女中さんが不思議そうにこちらを訝しんだ。
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