第1話 -2 盾100%



 甲高い声で悲鳴を上げたら頭上でバサバサと、鳥が鳴きながら飛び立った。耳を塞ぎながら見上げたら空まで届きそうな巨木。バオバブの木のように丸々とした幹に、枝は傘のように円形に広がり全貌が見えない。 木の周りは開けていて、これが一本の木なのだと認識できた。葉の隙間から差した光がキラキラと輝いている。


「ーーここ、なに? ち……地球?」


 その言葉どうりの表現だと思う。しっとり霧がかかっているが、見渡す限り色の濃い植物群は色とりどりにカラフルで、見たことのないものばかり。母の影響で少しは森に詳しい。

 

「わけががわからない……まさか誘拐? でもさっき確実に死ん……」


 寝ていたところを確認するとフカフカしたものが群生している。ヤマブシタケに似ているが、金色ではないはず。


 状況を整理しようとしたが、湧き出る不安と恐怖に喉の渇きを覚えた。それを抑えようと胸元に触れると、自分がネックレスをしていることに気がついた。銀色に輝く六角形のロケット型チャームで、小さな宝石が散りばめられている。見覚えのないロケットは開いた状態で、手がかりらしきものはない。


「これ、私のじゃない。写真とかは貼ってないし、誰が私につけたんだろう?」


 得体のしれない意思を感じたところで寒気を感じ、自分が裸だったことを思い出した。


 アダムとイブは禁断の果実を食べ裸であることに気づき、人類最初の服と言われるイチジクの葉を身につけた。自分にも何かないかと辺りを見回すと、地面の草に紛れて見たこともない大きさの貝のようなものをいくつか見つけた。持ち上げてみると思いのほか軽い。ないよりましと、盾のように身を隠しながら立ち上がった。

 

 改めて見回すと、信じられないほど美しい森のような所。人工的なものは一切なく、優しい風が頬をなでた。

 

 天国なら素敵だな、と森が作った涼しい空気を吸い込み土の匂いをゆっくり吐き出すと『生きてる。』と実感し直した。長く体を蝕んできた痛みや息苦しさから開放され、体で空気を感じることができる。


 何故かわからないが、どうやら私はまだ生き続けることができるようだ。だが母にも文明にも守られていない私、自分を守る事から始めなければと不安にかられた。


 音と匂いで少し先に川を発見した。人の気配がないか周囲を警戒しつつ前かがみで進み、辿り着いた川を確認すると透明度が高く澄んでいた。影に驚いた小魚が逃げて行く。


 本当に綺麗な環境だ……。水面に顔を近づけて、また驚かされた。変わらない自分の顔、だが髪が水色になっている。目視で確認すると腰まで伸びていた。自分でこんな派手な色に染める事があるわけがないし、長さが違う。母譲りの純日本人的な黒髪が気に入っていたのに、悲しくなってしまった。


 だがその問題は後回しに、この水が飲料可能かと気を取り直すことにした。ザリガニやエビがいたら、ろ過しないでいいと聞いたことがあるが。水を手で掬い、どうしようかと迷っていると、


【川の水:NE:状態異常なし】


 なんとも不思議な感覚が脳に伝わってきた。


「ーーーこれってもしかして、ゲームとか異世界転生とか漫画とかであるやつ? え、じゃあスキル鑑定!? もしかしてもしかして、魔法とかチートとかってこと!?」


 まさかと興奮する気持ちを抑えて自分を鑑定できるか試してみることにした。息を吐き落ち着かせる。さっきの感覚で……。


【芽衣:LC:状態異常なし】


 水の時と同じく脳内で情報が流れる感覚だった。アルファベットにも変化があったが、何を意味するのか解らないし少々ガッカリした。今の現状を劇的に変えるわけでもなさそうだ。


 だが、この仕組みだけでも充分不思議なのだから魔法なんかの期待値がグンと上がった。小さい頃からファンタジーの世界が大好きで、もし魔法が使えたらと妄想を膨らませて木の枝をブンブン振り回していた。


 ドキドキしながら適当な枝を拾い上げ、ジッと見つめる。


「……何だか、いざ本気で呪文とか唱えるのって、すごく恥ずかしい」


 どうせ誰もいないのだから何も恥じることはないのだが、夢見る少女の時代は過ぎてしまっているので、土壇場でモジモジしてしまう。


 手持ち無沙汰に枝を左回りに円形を描き、呪文を考えていると小さな風の渦のようなものが枝の先で発生しだした。枝を回すほど渦は成長し、竜巻になるとビュンビュンと音も大きくなる。興奮とともに風速も強くなっていった。驚きもあったが、何より感動が広がった。


「私、魔法使いみたい……!」


 死んだと思った途端、裸で外に放り出され途方に暮れる自分にも、やっと希望がわいてきた。気分も上がる。


 自分が作った風の渦に感心しつつ観察していると、大きさが背丈を超えて威力を増してきた。どんどんと強くなり周りのものを巻き込み、とどまることなく成長する竜巻に、ついに自分まで吹き飛ばされてしまった。


 竜巻は轟音を響かせながら、周りの水や植物を巻き上げ始めた。大変だ!とパニックになった。動物が逃げ出す姿がチラリと目に入り、申し訳なさに泣き出しそうになる。風力に逆らえず腰を抜かし、消えろ止まれと念じても変化はなく、さらに狂暴性を増してついに移動を始めてしまう。


「止め方がわからない! どうしよう……!」


 見上げるほど大きくなってしまった竜巻から小石が飛んできて、頬を切りつけ痛みが走った。気をしっかり持てっ、と自分を鼓舞してイメージを強く、枝を右回しに描いてみた。


 あんなに恐ろしい轟音をあげていた竜巻はみるみる大人しくなり、巻き上げられていた石や葉っぱが、呆然とへたり込む私に罰のように降り注ぐ。


 周りを見回すと、突然の災害に辺りは散らかり、傷つけてしまった森に申し訳なく、また気分が落ち込んだ。


「お母さんがいたらすごく悲しませただろうな……」


 自分の無知のせいで、関係ないものを傷つけてしまうことが恐ろしかった。悲しくて俯いていると、頭に何かが覆いかぶさり視界を塞がれてしまった。


 ビックリして手にとってみると、ざらついているがしっかりした布のような感触。地面に広げてみると、それは幾何学模様で黒く輝く光沢を放ち、二メートル半ほどあるだろうか、それは踏みつけられたトカゲの形になった。


 竜巻に巻き上げられ飛んできたのだろう。元の持ち主は皮を頭からすっぽりと綺麗に脱ぎ捨てたようだ。全体を見渡すと尻尾の方が長いので、カナヘビかもしれない。疑問に思っていると鑑定スキルが発動してくれた。


【ホウセキカナヘビの皮:NT:状態異常なし】


 私が知っているのは最長でも八十センチ程、倍以上大きい。こんな生物がもし襲ってきたら、運動音痴の私なんてひとたまりもない。


 やはり堂々と行動するためにも早急に服が欲しい。横目に川を確認し、もう一度枝を手に取る。


 刃物がないので、この丈夫そうな脱け殻は尖った石程度じゃ切れ目を入れることはできないだろう。枝にごく小さな火種を思い浮かべ、焼いて断裁出来ないだろうか?着ぐるみのように、必要な大きさまで焼いて消すを繰り返せば……。


 さっきみたいに暴走したら、川の水で鎮火させてもらおう。意識を集中しゴクリと生唾を飲んだ。


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