世界樹と女神様のレッドデータブック ~ 秘密の書 ~

ソノ

第1話-1 目覚めたら素っ裸でした。

 

 


 私は一度も見たことがなかったのだ。見せたくなかっただろうし、私も見たくなかった。


 ふと気がつくと母はいつも家に隣接する森に消えていた。天気の良し悪しなしで昼夜問わず、物音一つ立てないで幽霊のように出かけ、一時間ほどしてまたふらっと帰ってくる。


 私が小学生の頃、不安になって何度か後をつけた。母に一貫性は無く、季節の花々に目を向けたかと思えば、地面に目を向け何かを拾ってはしばらく見つめ、いきなり違うことに気を取られまた歩き出す。


 母が拾って観察していたものは、小石だったり、キノコだったり、木の枝だったり。時には動物の骨や糞だったりして慌てて放り投げた。母は変わり者の学者だった。

 

 白衣を着た母は緑の中で、後ろに手を組んでただ佇むだけ。母なりの気分転換何だと納得したところで、母が穏やかな笑みでこちらに気づいた。


「なにしてるの?」


 問いかける私に、母はしゃがんで木を見上げた。


「木に、話しかけてたの」


「…木は話すの?」


「昔は聞こえてたと思うけど、大人になったら全く聞こえなくなっちゃったわ……でも今は芽衣の声だけで充分」


 そう言って、フフと笑った。 シングルマザーの母、人に言えない悩みもたくさん抱えてるのだと子供ながらに思った。 立ち上がり、母は手を握ってくれた。


「家で飼ってる猫のタマが考えてる事を、知りたいと思ったことあるでしょう? お母さん、小さい頃はいろんな生き物と話してみたかったの。動物も植物もみんなが意思疎通出来る世界、素敵じゃない?」


 私はうーんと唸って、今朝見たテレビアニメの世界を思い出した。


「うん! じゃあ芽衣が魔法を覚えてあげるねー! そしたら動物ともお話できるし、お願いしたらドラゴンなんかも背中に乗せてくれるかも!」


 目をパチクリして母は優しく微笑んでくれた。優しい母の優しい夢。口数の少ない母を印象付けた日だった。

 

 厳格で、頭がとても良かった母。人付き合いは不器用だけど、眼鏡の奥でいつも優しい笑みを私にくれた。暖かい手で私を導き、居場所を用意してくれた。

 

 その優しい手に包まれながら病室のベットで、母だけに看取られながら私は絶命した。最後の光景は見たこともない、見たくないと願っていた悲痛な母の泣き顔だった。


〈――ごめんねお母さん、二度も悲しませて……〉


 来年は夢だった大学生。母と同じ学校に通いたかった。働いて恩返しがしたかった。もっと生きたかった。十七年、早すぎる人生の幕が涙で閉じてしまった……。


  でも二度もって何だろう?母にかけた迷惑は数しれないが、それを悲しませたというなら何で二度という数字なのだろうか?何か忘れている気がする。これが未練というものだろうか?


 しばらく考え込んだがどれもピンとこない。というか私はいつまで思考が出来るのだろうと思った時、目が開いた。


 ……見える。飛び起きて上半身を起こしたことにもまた驚いた。


「えっあれ? 私死んだはずじゃっ」


 声が出るのにもまた驚いた。いつもどうりの自分の手が目に飛び込んできた。混乱状態のまま次に体を確認しようと思ったら、自分が裸でいることに気づき、思考が止まった。

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