夢繋ぎ

三つ組み

夢繋ぎ

†モノローグ†

「なあ、逃げよう。ここから。」

少年は僕にそう言ってくる。

「でも、それじゃ……」

「家族と自分、どっちが大事なの?」

「そりゃあ自分だけど、でも家族も」

「家族は後でどうにでもなる!だからまずは──」

少年は続ける。


†一人目†


 俺は逃げる。

 背の高いトウモロコシの生い茂る畑を。


「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、」


 畜生、息が切れそうだ。ムカつくほど鮮明な緑黄色の中を、ただ必死で走る。


「急げ!追い付かれるぞ!」


 どこにそんな声を出す余裕があるのやら皆目見当がつかないが、前にいる金髪のとんがった耳の少年が、そう声を張り上げる。

 容姿に関しちゃ俺も似たようなもんか。

 俗に言うエルフってやつだ。


「はっ、はっ、はっ、はっ、」

 俺に返事をする余裕なんてない。

 瀬戸際なのだ。死ぬか生きるかの。


 後ろから追ってくるのは数匹の狼たち。

 猟犬ではない。狼だ。何故かそうわかる。


 不味い。追いつかれる。

 これで飯を食ってりゃあ良かったのに。


 トウモロコシの茎から、黄色い毛のある大きな葉っぱの束が生えている。ぶっとい上に重たいそれは、トウモロコシの実だ。


 この地区の原産品だが、そいつの所有権のあるのは俺たちじゃねえ。俺たちエルフはこの開拓村で強制労働させられてる身だ。

 船でこんな新大陸くんだりまで、

 騙されて連れてこられたんだ。


 情けない。情けない。だが、俺は子供。俺の行く末を決めるのは、俺じゃなくて俺の両親だ。


 新大陸に行きゃあ大儲け出来る。

 どこがだ。どこら辺が大儲けなんだ。

 全く、ふざけた話があったもんだ。


 それがなんだ、狩猟できる山に行かなきゃこれからの暮らしはねえと、逃げたした俺たちを執拗に追い回す狼。逃げ切れれば昔の生活。


 逃げ切れ無ければ、他の連中の見せしめとして、狼の餌やりショーに、食用として駆り出される羽目になる。そんな歓迎は、こちらからお断りだ。


「あっ、」と。

 根っこに足を引っかけて、うつ伏せに転んだ。


 おしまいだ。これでおしまいだ。

 腹を空かせた狼が、もうすぐそこまで来ている。


 ポケットにいれてあった、石を削って作ったナイフに手をかける。狼のうち一匹が飛び掛かる寸前で、仰向けに回転しながら起き上がりつつ、手に握った石ナイフを、憎き狼の喉元に突き立てる。


 ずぶり、と嫌な音を立てるが気にしない。


 鋭い唸り声をあげるそいつを押し退けると、もう一匹。喉元から石ナイフを抜きつつ、それを翻して、二匹目の頭蓋に叩き込む。


 やった、二匹も殺してやった、報いてやったぞ!!


 と思ったときには、何匹かの狼の鋭い牙が、俺の体に突き立てられたいた。ああ、本当におしまいか。


「……っ!」

 と、ここで夢が覚める。

目を開けると、いつもの天井。

 外では鵯や雀の囀ずる声が聞こえる。

 ベッドの脇、枕元ににある時計をおもむろに持ち上げ、目線に持っていくと、それは致命的な時間を示していた。


「やべっ、遅刻する!」

 掛け布団を押し退け、俺は急いで飛び起きる。

 将来の就職先(だといいな)の面接に遅れては、万事休すだ。働いて、その金を趣味に費やす方が、引きこもるよりかよっぽど良い。


†二人目†


 仰向けになった視界には、緑とその合間から雲ひとつない、夏の青空が映っていた。


「は、ぐはっ、はっ、はっ、……うっ…!」


 やったぞ、殺ったぞ 殺してやったぞ。

 この糞狼どもめ。この私のようなうら若き少年に、たかだか打製石器のような代物で殺されるとは、夢にも思わなかったろうにな。


 だがやってやった。これで、後続があるかもしれないことだけが気がかりだ。


 だが今は逃げないと、動かないと……


「うっ!」口から血が吐き出される。

 あー、身体生傷だらけか。


 がさごそと音がすると、人影が近付いてきた。

「おい、動くな!動くなよ、傷は多いが、そこまで深くはないから、止血したら俺がおぶって行く。だから、少し待て!」

「ああ、助かる……」

 駄目だ…、意識が……、もう……持たない……。


 目を開けると、暗がりの中だった。

「目が覚めたか」向こうにいる、私と同じエルフの少年が、焚き火越しに声をかけてくれる。


「ああ。助かった、のか?」

「そうさ、助かった、助かったんだ……!!」

 彼は今にも泣きそうだ。何でなのかと思ったが、周りを見るとすぐわかった。


 ここは、山の中なのだ。

 深い森のなかに、私と少年はいたのだ。

 ここなら食料もあるし、なんとか生き延びられる。


 と。私は不意に気がついた。

 狼。数が多い。後続が追ってきたのか?


「なあ、逃げよう。狼どもが来てる」

 私はやっとこさ声を出して、そう彼に進言する。


「うん。でも今は近寄ってこないはずだよ」

 少年はそう私に言葉を返す。

「でもこいつら、訓練されてるかも……」

「それでも、火があるところにいる方が安全だよ」

 何やら確信を持っているようだ。


「確かに、ね。」

 私は起き上がり、薪の一本を掴む。

「!何をするつもりなのさ……?」

「私は怪我人。放っておいて、君だけでも逃げて……」

「そんなわけに行くか!弓と矢ならある、昼間に作ったから!」 

「わかった、じゃあ、精一杯足掻こう」


 僕らは粛々と準備を始める。

 まず、木の枝などをほぐしてとった繊維を使って編んだ矢筒に、真っ直ぐな枝をより選び、先端を削って作った矢に、速効性の高い毒を持つ植物の根っこを磨り潰して作った毒を塗り、それを矢筒に納めていく。


 一人頭数十本くらいはある。


 弓も同じように、よくしなる枝と、ほぐした繊維を編み、作ってある。即席だが今は十分。


 ここまでは、彼が僕の寝ている間に、やってくれていた。


 最後に太めの枝に、薪の一本を余った紐で巻き付け、弓では対応できないときのために焚き火のなかに置いておく。


 矢筒の肩掛け紐を肩から下げ、弓を持ったら準備完了。さあやって来い、狼どもが。


 焚き火を挟み、背を向け会う私たちの前に、狼どもは唸り声を上げながら襲い掛かって来た。


 十分引き付けると、私は狼目掛け矢を放った。


 矢は狼の胴に刺さる。

 風切り羽がないせいか、少し狙いがそれる。

 やっぱり毒を塗って正解だった。


 一匹一匹狙いをつけ、確実に仕留めていく。

 近過ぎず、遠過ぎずのところで足止めする。


 私が何匹かを仕留めたところで、後ろから悲鳴が聞こえる。彼が狼を仕留め損なったか。


 目端に彼の姿を捉えつつ、弓と矢を地面に捨て、長柄になった薪を掴む。狼目掛けて突くと、火に怯えたのか、狼達は退いて行く。


「あっ、危ない!」と彼の声がかかる。


 振り向いた時にはもう遅い。狼の一匹が、私の喉元に飛び付いてきたのだ。

 

 逃げて、と言ったつもりだったが、

 それは声にはならなかった。


 よく考えると喉が噛み千切られているのだから、

 ごく当然のことだが。


「、」目が覚めた。

 ホテルのダブルベッドから起き上がり、軽く伸びをする。隣を見ると、まだ自分の彼は寝ていた。そうだ。私は彼氏と旅行中なのだった。

 さて、今日は彼とどこへ行こうか。


†三人目†


 エルフの少年の綺麗な顔は、地と涙と汗に彩られ、疲れきった表情で横たわっていた。


 ガタガタと揺れている。どうやら馬車の中らしい。


「起きたか。」馬を御しているのは、大男だった。筋肉が盛り上がり、屈強な戦士の出で立ち。手には竜の鱗で編んだ籠手が……


 いや、違う!「竜の手か!」

「ん?よく気付いたな。そうだ。

俺は竜の腕を移植した戦士だよ。」


 と、そこで少年が起きた。

「う、うう……、」

「お早う。元気?」

「!?何で、生きてるの?」

「え?」どう言うことだ?

 少し記憶をまさぐる。

 ああ、狼に喉を噛み千切られたのか。

 てことはつまり……そうだ、思い出した。


「不死人なんだよ。僕は。」


 その言葉に、少年は目を見開き、驚く。

「そ、そんなことが……」

「おい坊主、この化物の言うことは本当だぜ。こいつは正真正銘の不死身。なんかしら、心当たりはあるんじゃねえか?坊主。」


「確かに、怪我の治りは異様に早かったけど……」と少年が思い悩んでいるのをよそに、僕は男に聞く。

「で、あんたは誰さ?」

「ハンター。不死人は生きてても死んでても高値で売れるからな。不死身なのに変な話だがなぁ。」

 と、豪快に笑うハンターの男。「ある農園の主人が教えてくれてな。売れ高を山分けさ。」


 僕たちは目を見開き、男を見据える。

 確かに、それなら労働力として半端な僕たちを執拗に追いかけ回す理屈は通る。

「じ、じゃあつまり、」少年の狼狽に、

「ま、お前らんとこのご主人様とグル、ってわけさ」

 と、男はおどけて対応する。


「ムカつくな、糞野郎が」僕は苛立ちを口にする。

「ほお。じゃあお前さん、俺を殺して逃げるかい?無理だね。いくらお前が不死身でも、潜った修羅場の数が違う。それでも勝ち目がが見いだせるか?」


「ああ。勝てる。誰が不死身だけだと言った?」

 僕は男に飛び掛かると、頭を握り潰そうとする。

 だが、それは叶わない。

 男の頭蓋は、思ったより硬かったのだ。


「な?だから無理だって。」

 突然、男が鞭を振るい、馬車を止める。僕と少年は急停止に体制を崩される。少年は転ぶだけですんだが、僕はその隙に、馬車の外へと殴り飛ばされた。


「降りな、坊主。お前ら二人とも、殺す」

 突き付けられた剣先に、少年は従うままになる。


 無理矢理頭を捕まれ、少年は苦しそうな顔をする。

「そこで見てろ?お友達が殺されるのをな」

 男は口の端を歪め、そう言う。


 僕は痛みに耐え、起き上がる。

「殺ってみろよ、殺れるもんならな」

 そう強がって見せるが、むろん虚勢だ。

 無造作に近付いてきた男に顔面を蹴り飛ばされる。


「っぐぅっ」くそ、鼻が折れたか。

 痛みを無視して男の足首をつかみ、力を入れる。

 ぼぎりという嫌な音と共に、男の足が折れる。

「っ、てんめぇ……」

 体勢は崩れるが、男は痛みに耐える。


 そこに、僕は男の顔面に何発も拳を叩き込む。

 顔面を、頭を、挽き肉にするつもりで、殴る。


 だから、僕の怒りで鈍った頭は、

「あっ、危ない!」という少年の声が無ければ、正気に戻って男の拳を避けられなかっただろう。


「っぶな、」僕は間一髪で飛び退くが、男のもう一方の手には、銀色に輝くナイフが握られていた。

「はっ、引っ掛かったなぁ!」空いた片手で顔の出血を拭い、男は歪んだ笑みと共に、僕にナイフを突き立てにかかる。してやったりと、得意顔の男。


 折れてない方の足に体重をかけ、僕との距離を詰める。僕は退こうとしたが、空いた片手で腕を固く握られ、動けない。喉元にナイフを突きつける男の手がナイフを突き立てるのを、僕は懸命に阻止する。


「んっ、ぐぅぅっ!」

 僕は精一杯の力でナイフの切っ先を押し止めようとするが、竜の腕が産み出す腕力は、その手ごと粉砕し、僕の体に深々と、ナイフが突き立てられる。


 ナイフは聖銀製。その上聖油で清められている。これで、再生能力を封じられてしまった。


 つまり、死ぬのだ。本当に。


「三度目の正直ってな。中々しぶとかったし、狼じゃ決定打に欠けると思ったんだがな」


 意識が、遠退いていく。少年の叫び声が聞こえる。


「言うほどでも無かったなぁ」


「はっ、!」唐突に夢は終わり、目が覚める。

 壁掛け時計を確認して、時間がないことに気づく。

「あ、そうだ、仕事が」

 いや違う。そうじゃない。今日は、日曜だ。


†エピローグ†


 森の中の小道。馬車が止まっている。


 少年の目の前に、死体が二つ。

 一つは死体の片方、大男が殺した、エルフの少年。

もう片方は、少年自身の手によって殺した、大男。


「エルフの不死人の死体に、竜の腕移植者の死体か。うんうん。状態も良いことだし」

 少年の目元が、口元が、醜く歪む。

「高値で売れそうだなぁ。うん!良い賭けをしたなぁ」   

 少年は嬉しそうに、死体の処理を行う。


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