電子レンジ

三つ組み

電子レンジ

 うちの学校には食堂があって、券売機で食券を買ってそいつで注文をするのだが、どうやら冷たくなったコンビニ弁当なんかを暖ためられる電子レンジがあるらしい。

 入り口からはちょうど死角になっている洗面台の隣に置かれているようで、私はこの中高一貫校に中学時から通っているのに、高校二年になった今、やっと人に言われて気が付いたのだ。

 カップラーメンなんかにお湯を注げるように熱湯の入ったポットが、お冷やをセルフで注げるコーナーの隣に設置されているのは知っていたが、別段使ったことはなかった。

 同じく、昼時ひるどきには弁当か学食を利用する私にとって電子レンジにまあ用なんてないのだが、存在を忘れていたのか、それとも単に知らなかったのか。

 どちらにせよ、先程、へぇ、あるんだ、と言うちょっとした驚きを済ませたばかりだ。正直、どーでもいいんだが。

 

 普段どんな人が電子レンジを使っているのか。昔っからコーヒーメーカーが職員室にのみ設置されていることに文句を垂れるヤツが小学校の時から何人かいたが、コーヒーが苦手な私からすればよく飲みたくなるな、大人ぶってんの? それともただのカフェイン中毒? 小学生の分際で? と思っていたりしたのが懐かしい。

 話がそれたが、このうちの学校にある電子レンジ。こいつを中心に、事件は巻き起こっていく。

 

 そんな大したもんじゃないけどね。

 

 んで、その事件が何かって話だ。まあ誰も気付かなかった、というのがまずおかしいのだが、その電子レンジの中に、腐った死体が詰め込まれていたのだ。

 気付いたのは私の友人。普段から剥製や死体が好き、と言う風に勘違いされている私がその事件の解決のため、彼に召集された。

 先程知ったと言うのは、彼から異様なる現状を報告されたのがついさっきだったから。

 いやいや、何で事件がないと電子レンジの存在を知れないんだ、素直に弁当を暖めさせてくれ、なんて。まあ現在の時刻は放課後だから、遅弁でもしてないと使おうとは思わないが。


「これたぶん、一回電子レンジで熱されているな。」と。私は彼に、カフェテリアに這入るや否や、実際の様子を見聞して思ったことを素直に伝えた。我々の他に人はいないので、ちょっと声が響く感じ。

 「は? なんでそんなことわかんのよ」怯えながらも、的確なツッコミを入れてくる彼に「いや、なんとなくなんだけど」と、私は言葉を続ける。「生肉を腐らせたときと臭いが違う気がする」本当になんとなくで理由なんてないんだけどさ、と私は付け足す。

 私は何故だか冷静に、その様子を伝えて行く。戸の半開きになった電子レンジにこれでもかと詰め込まれた、何らかの死体。──てな感じで獣ねこれ。たぶん哺乳類?」

 見た目は腐った肉と言う風なのだが、毛やら内蔵やら骨らしきものがちょいとばかし覗いている。これを見れば、食欲なんてものはきっと皆様失せるはず。ダイエットに最適だね! とか。……まあ、嫌だよね。それに、きっちり食べてきっちり運動した方が痩せますし。

 「いや、なに言ってんのよ……」ダイエットの話は今いいから、と。いやごめんよ話逸れて。


 まぁ、そもそも、煮えた肉と生肉を腐らせ比べたのかこいつは、という信じられないバケモノを見るような目線を彼は私にくれやがったのだが、そんなことは無視だ。

「にしても、なんの死体なのかねぇ。」と彼が。

 う~ん、面白い。難しいけど面白い。「それを調べたいけど、情報が少ないよね……とりあえず、この事件にどれだけの人が気付いているのか、ってのが問題では?」調べる以前に大事おおごとになったらどうする? という話。こー言うのはコソコソ済ませたいものだ。

「いや、たぶん俺が第一発見者だと思うよ。他のやつはこんな電子レンジ使わねーし。以外と影薄いから、これ」

「成る程。なら放課後の今のうち、とっとと解決しちゃおう。」人が集まってきて、大した事件になる前に。


「で、どういう経緯でこいつを見つけたのよ」

「フツーに電子レンジを使おうと思って、ここに来たらこうなってた」そういや、こいつの手にはビニール袋が下げられている。その中には弁当があるらしい。

「何に使おうとしてたんだ?」

「そりゃあ、弁当温めようとしたんだよ。」掲げられたレジ袋に、私は視線を落とす。

「まぁ、だよな。」下手に触りたくはないのでとりあえず飛び出た骨の形でこの動物の大きさやらなんやらを見ていこうとしていたのだが、そこで私は気付いた。


「いや待て、これはいつからあるんだ? なんで他の奴は気付かなかった? いや、気付いていないんだ? なんかおかしくない?」

「そ、そんなの知るかよ」

「だよな。」なんだろうな。これ、ただの死体じゃ無いんじゃあないか? おいおいだとしたら、これ、私には対処できないぞ? 確かによく見ると、電子レンジ周りには異様なまでに痕跡がない。

 マスクとかゴム手袋とか一式鞄に入ってるからどうにか処理はできる、と思ってたけど……てか、ここまで腐るのにはある程度時間がいるはずだよな。困ったことになった。


「で、どうするつもりなんだ?」

「どうもこうも、私らじゃ対処できん。先生方と警察を頼ろう。そこで大事にならないように頼むだけ頼んでみるしかないんじゃねぇか?」

 具体案、通報する。どうだ、国家権力に頼るのだって一つの手なんだぜ? 

「お、おい、ちょっと待てよ、それじゃあ俺らが疑われちまうんじゃ」と、彼は私を止める。こんなイカれた悪戯の濡れ衣なんて被りたくない、って話だ。

「だろうな。だがやってねぇんだから、押し通すしかない。てかさ、こんな気持ち悪ぃマッチポンプ誰がやるかよ」私はツカツカと歩き、食堂から出るため扉を開けようとしたが、「開かない。」これじゃあまず学校側に連絡もできない。一手前で詰んでる。

「開かない? どー言うことだよ!?」

「知るかそんなこと。うわヤッベー……」私も焦って語気が荒くなってる。クールに行こう。いや? まだ私平気だし?

「あと、うるせーし無駄だから動揺はするな!」この食堂の出入り口となっている扉には鍵が付いていることには付いているが、「おい! 窓だ! 窓が施錠されてるか確認してくれ!」

「おう、わかった!」

 

 彼が飛び上がって駆け出すあいだ、私は正面扉へ回って様子を詳しく見ていく。「鍵は……閉まってるな。」部屋の内側から鍵を掛けてあるのでツマミを捻って開けたいところだが、ピクリとも動かない。

「駄目だ、閉まってる!」

 背後からの彼の声に、私は校庭の見える窓へと走って行く。部活してる連中はいるものの、こちらへと気付く気配は一切感じられない。いつも通りの放課後、いつも通りの青春を謳歌している、といった風だ。


「ホントだ、こっちも閉まってやがる」どこにでもある一般的なクレセント錠が閉められた状態でガッチリと固定されている。どうやら、ただ単に閉められている、というだけではなさそうだ。「他に人は!?」

 回りを見回すが、彼と私以外に誰もいない。「だよな」いたらこの異常事態に気付いているだろう。さっき校庭を見た通り、屋外、カフェテリアの前の通りを歩く野球部部員も、こちらに見向きもしていない。気づいてない感じだけど……ってかこれ、かなりの事態では?

「電子レンジだ! 電子レンジはどうなってる?」私は慌てて電子レンジに駆け寄ると、「ない……」

 死体がなくなっていた。


「はぁ?」彼は振り向き、こちらに向かってくる。

「おいおい、本当に無いじゃねぇか!」

「っ……」久々に、こんなことに……。

「よし、ぶっ壊すか」私は食堂にある椅子の脚を手に取り、それ持って扉へと近付き、その網ガラスへと思いきり振りかぶる。背もたれの部分が大きな音を立てガラス部分にぶつかる。

「ダメか」私は勢いのままに椅子をぶん投げると、そのままガラス張りの扉へ回し蹴りを食らわせる。椅子をぶつけた箇所とほとんど同じ場所に蹴りを入れたのだが、びりびりと震えただけで壊れはしなかった。


「おい、お前何を……」彼が戸惑う。

「やっぱダメか。」

「駄目だって解ってたのかよ」

「一応だよ。」もしくは気休め。

 さて、策を講じないとな。

 まず私たちがすべきことは、死体を探すことだ。どうにも煙に巻かれている感があるが、しかし腐臭から何から、存在も丸ごと消え失せたようにも見受けられる。

「さっきの死体も見つからないし……もうこれ、助けが来るのを待つしかないんじゃない?」

 彼の言う通りかもしれない。のだが、長期戦を望もうにも食料などありはせず。「気付いてくれるかは謎だし、飯もない」状況は絶望的だ、と言わざるを得ないだろう。

「寸詰まりだし、話すか。」こー言うときは何をしても徒労に終わる。ならば、という判断だ。会話して現状を整理して行く。三人寄らずとも、文殊の知恵に近付こうではないか。とか思うのだが、

「……馬鹿なのか?」

 彼がとんだ阿呆を見る目をする。

「そうだな、でも、そう言うところからなにか出てくるかもしれない。まずは話し合って状況を整理しよう、ってことよ」私はそう、一応付け加えておく。


「まずここまでの経緯だが、お前がこの異様な電子レンジを見つけ、私を呼んだ。」彼の首肯を見、私は続ける。「んで、この電子レンジの中に入ってた死体の見分をしてた。」と、彼を見ると、

「ああ、その通りだ。」

「んでどーしようもないから、外部に助けを求めるためそこの扉から出ようとしたら、閉まってやがった。んで、まあ我々じゃ壊せない、脱出の手立ては今んとこナシ、と。

 恐らくこれは街談巷説の類いだろうな。まあ、私らはこの部屋にあるルールに引っ掛かって、出れなくなった。まあ核兵器とかぶっ放しても出れねぇよこれ」

「そーいう“ルール”だからか?」

「そ。私達による外部への刺激が無かったことにされるのか、それとももっと違う方法で遮断されてるのか──詳しい理屈は知らねぇけどな」

 久々のオカルト的状況。それも、かなりヤバめな。


「どーしようもないってことじゃん。」

「そ。こう言うときは、一番最初の条件を確認する。つまり──」と私が言いかけたところで

「あの電子レンジに詰まってた死体が理由、だろ?」彼はそんなことは解ってる、とでも言いたげだ。私も彼を巻き込んで、色々やらかしてきたのだ。

「そそ。ま、気休めにしかならないかもだけど」次のステップ。

 まあ、消え失せた死体を探すってことだ。


 てなワケで、手分けをして死体を探し始めた。


「そもそもさー、お前、電子レンジ使ったことあんの?」私は根本的なことを聞く。普段は入れない揚げ物を陳列しているヒーターの裏方も念入りに探す。

「あー、俺も最近他のヤツに言われて気付いたんだよな。この学校、電子レンジあんだぜ、って。」彼はと言えば、洗面台の裏っかわを覗いている。

「それを言ってた奴は誰から聞いたって?」

 噂の元凶が知りたい。

「知るかよ。でも、最近みんな気付き始めた感じっぽいけどな。あれ、あるじゃん、使おーぜ、って。」


「へぇなるほどね。まずはソースがどこか、ってのが重要だな」まーこいつが知らないというのは予想通りだ。ある意味、安心できることの一つでもある。“仕掛けた側”は姿を見られるというヘマをしなかったし、“敢えて姿を見せる”事もしなかった。そこは、ラッキーかも知れない。そう思おう。

「そこまでは流石に解んないな……あー、でも前から使ってたぜ、ってのもいたけど」と、彼が言葉を付け足す。

「マジか」とするとそいつが怪しいんだろうが、ただの高校生が“こんなこと”を出来るのか? 「わっかんねぇなぁ……なんか、前提が違うのかもな」

 と、思い付きを口にする。


 電子レンジ。

 しかしこれ、目的がなんなのか見当がつかないけれど、しかし起きた理由は“いろんな人が電子レンジの存在を知ったから”だろう。学校と言うのはただでさえ人の念が溜まりやすい環境なのだ。

 それが何故、私達を閉じ込めることに繋がるのか……。「まあそれは、連絡されないため、か」じゃあなんで外部接触を絶たれたのか? 恐らくその“繋ぐ要因”が、今回の事態の解決の糸口なのだろう。


 重大な何かを見落としている。


 とりあえず、私達は手当たり次第な死体の探索をし終えた。まあ、結果は見えていたとも言えるし、ただの気休めにもなっていないとも言えるのだが

「見つかんねぇなぁ──」椅子に座る彼はそう言って、座ったままでストレッチをする。

「だな」と返しつつ、私は再度周囲を見回す。「本当に消え失せたのか、それとも見つからないよう移動ているのか。もしくは、“この閉じられた空間”から出たのか」

「そもそも、本当にあの死体が重要なのかね?」と彼は言う──かなり落ち着き払っているが、正直いろんなことが同時に起きすぎて、先のことは考えないようにしているのだろう。そうなりたいのは山々だが。


 そうも行かない。私は帰りたいのだ。

「……っと、お前の言った通りになったなぁ。」

「なにがよ」間延びする彼へ聞き返す。

「ほら、気休めにしかならないかも、って言ってたじゃんか、お前」ぐでー、と彼は机に横たわる。

「あー、言ったね」疲れたし。


 結局この探し物も、徒労に終わったわけだ。

 なのだが、にしてもやっぱり、なんか変だ。

「この──何かが間違ってる、って感じ……」

「間違ってる? どー言うことよ?」

「なんだろうな、そもそも根っこから、根本的に、って言うか……そうだな、前提が間違ってる感じだ」

「前提?」

「やっぱり振り出しに戻るけど、そもそも“こうなった理由”、への認識が間違ってるんだ、たぶん」

「それは死体を見たからなんじゃ」

「もしかしたらだかけど、違うかもしれない。──いや、そうかも知れないんだけど、それだけじゃ無い、ってパターンも考えられそうだな、って」

「他の? 俺には他に見当つかねぇけどな」

「そうだよね。例えば私なら、こんな風になったのは君に呼ばれたからで、君に呼ばれてもここに来なければ良かった話な訳でもある」あくまで例えば。

 話が詰まってるなら別のところから。

「それじゃあ俺がワルモノみたいじゃん」

「いや、私の判断ミスでしょこれは。だから、そもそも君が、ここに来る理由になったのは何か。そー言う話よ」


 彼は少し考え、口を開く。

「それは、弁当あっためようとして」

「もし、──もしもだよ? 電子レンジが無かったとして、同じ行動を取ろうとする?」

「いやそんなの、するわけねぇじゃん。そもそも電子レンジがあるって聞いたからここに来てるワケ──あ!」

「そう。電子レンジに“死体”が詰まってるのはおかしいけど、そもそも“電子レンジである必要”も、よくわからないと思わない?」電子レンジにこの現象の原因となる“何かがある”、これが結論。


「そうか! 電子レンジに何かがあるのか! っていやそれ、なんも進展はしてなくないか?」

「……まあ、そうなんだよねー……」

 ちくしょう、鋭く突っ込むねぇ。

 いやツッコミが鋭いんじゃなくて、私の脳みそが鈍っていたんだ。平静を保とうとしていても、この閉鎖的環境に私自身も滅入っていたってことか。


「死体、だけではなく電子レンジも。これを“仕掛けた奴”の目的もなにも解らないけどさ、きっとなにか、何かがまだあるんだよ」

「何かって言うならさ、さっきも話したけど、この電子レンジいつからあんの? って話じゃない? “電子レンジである必要”じゃあなくて、“電子レンジがある必要”。」と、彼は電子レンジの方に視線を送る。

「いつから、か。」死体のことなんてもう考えてもわからないし、今は電子レンジについて考えるべきか。「確かに、必要性はあるのか謎っちゃ謎だな」弁当をどうしても温めたいなら、無理に弁当にせずに温かい学食を食べればいい話だろう。

 アレルギーがあるにしたって、どうしても温めたいと言うことはあるまい。無いなら無いで諦められる程度の必要性だ、と私は感じる。


「いや、必要性とか知らんわ」と、彼が私に慇懃無礼ともとれそうな口調で応える。ふざけんなよ。

「んだとてめぇ」いや、茶番は止そう。「ハァ。まあお前を責めても始まらない、か。なら次だ、この電子レンジ」と私は指を指す「いつから、使っていた?」

「いつから? え~と……あれ、もしかしたら、」勿体ぶるように彼は言葉を切り、意外かもしれないし、そうでもないかも知れない言葉を続ける。「今回が初めてかもしれないな……」

「ふぅん……」半分意外、半分予想通りってとこか。あり得ない展開ではなかった、って感じだ。

 そもそもあるらしい、という話がもっともらしく流れ出し、しかしその話からは、実態をあまり掴むことはできなかったのだ。

 “へぇー、うちのガッコ電子レンジあるのね、知らんかったわ。”“ゆうて使うか?” “あー使わんかも。” そんな風な会話があったのではなかろうか。見ても使わない、これがポイントなのだ。

「言われて気付いて、何となくある気になってたんだけど、しっかり使おうと思ったのは今回が初めてだな。まあ、あるのは解ってたし」

 と、当然のように言う彼。

「いや、“本当に”あるのは解ってたのか? 人から又聞きした話だ、本当にあるのか? と疑問を持った上でチェックしたのか?」私は彼を責め立てるように質問する。

 別に責め立てているつもりはない。


 もしちゃんと確認したのでなければ、これは最悪と言っても良い事態に陥る可能性さえ秘めているのだから、至極当然の処置、と言うワケだ。

「いや、それまで確認してはいなかったから、今回はじめて“ちゃんとある”のが解った」

「ちゃんとある? 本当にそうか?」

「どー言うことだよ」

「んー、難しいな。」嫌な結論だが、なんとなく答えが見えてきた。「だけど、これはたぶんお前も、いや“お前が気付かなきゃ”意味がない。」

「だから気付けよ、食堂にある、とは聞いてたけど、食堂の“どこ”にある、なんて聞いてないんじゃないか?」これは、完全なる私の憶測だ。邪推とも言う。

「……! あー、なるほど。」

「様々な不特定多数の人間が、“そこにある”と言った。別に人間は、自分の五感だけでしか世界を感じられない訳じゃあ無いんだ。あると言われれば、それはその人の中で“本当にある”事になってしまう」

「んー、やっぱよく解んないような……」

「つまりだ、ここに電子レンジがあるのは、“お前がここにある”と、思っているからだ。」

「いやなに言ってんの、あるじゃんここに」

「ああ、私にもそう見えるさ。でも。」


 でもそれは、お前がある、と思っているから“ここにある”物なんだよ。解るか? 思い込みなんだ。

 全部な。


「は?」

「言霊ってあるだろ? あれと同じ原理だ。言葉によって、人間の言動、行動はおろか自己、自意識、──そして無意識さえも、支配できてしまう。

 なんとなくそうした。その場の雰囲気で、流されててしまった。そんなとき人は、言葉に縛られている状態にある、と言えるんだよ」

「いや、ごめん、なに言ってるかちょっと……」

 いや、こいつもう解ってるな。

「もうそろそろ、解ってくれても良いんじゃないか?」

 真実は、簡単な話なんだ。

 この件の問題は、無意識下での認識が変わること。だがそれも戻り、しかし言動においてはその限りではない。

 真実、それは──


「無いんだよ、電子レンジなんて」


 私は、断言する。


「え? いやここにあるじゃん? お前やっぱおかしいんじゃねぇの……って、あれ?」彼は戸惑いながら、指で電子レンジの方を指し示す。

 しかし。その存在は揺らいでいく。


「な? 無くなっちまった。そんなもんよ、現実なんて」そこに、電子レンジは存在しなかった。

 元から無かったように、消え失せていた。


「な、無い……どこ行ったんだよ……おい……おい! どこ行ったんだよ! おかしいだろ! いやだって、そこにあったじゃんか、俺は使おうと思って」

「さっきも言ったろ? お前は、そこに電子レンジがあると言われたから使いに来た。」それだけのこと。だから、“無いと思えば、無い”。

「まさか、こんな簡単な話だなんて、思っても見なかったがな。」私はつかつかと扉に向かって歩いていく。そして、取っ手に手を伸ばし、掴む。


 がちゃり、と。


「開いたな。一応、窓も見てみ?」私の言葉に後ろを振り返った彼はそのまま窓の方に歩いていくと

「あ、開いてる……」

「な? さ、お仕舞いだ。行こうぜ。」


 開いた扉の先へと、歩いていく。


 ま、解決、ってことで。

 ──そして、後日。


「まぁ、まだ謎はあるがな」私は河川敷を自転車を走らせている。その横に、彼が。「主に二つ」

「① まず、電子レンジの中の死体について

 ② そして、一連の事件を仕掛けた奴について」

 だよな? と、彼は私に確認する。

「それだけじゃねーけどな。」

「へぇー、そうなの?」


 私がママチャリに乗っているのに対し、彼はお高そうなマウンテンバイクを走らせている。その隣へ私は「そーだよ」と返し、言葉を連ねる。

「ほら、死体が消えた理由とか」

「あー、確かに疑問はあるのか」


「私がやったのはあくまで痛いところをつついただけ。あー言う手合いが苦手とする、“嘘に嘘を重ねて嘘へ戻す”、それをやっただけ」

「どゆこと?」

「この間私たちは、かなりの荒業で抜け出したんだよ。存在自体を否定するって言うさ」あれはマジで危なかった。ふざけた話だ。そして論理的に考えれば解る話でもあるだろう。まだ、終わってない。


 川原から降り、川際には自転車から家電から自動車のタイヤからなにから、ゴミが打ち付けられている。「相変わらず汚ったねぇな、ここは」川原を覆う、葉の少ない雑木林に隠されているから河川敷からはそう見えないのだが、それが余計にタチが悪い。


「あ、おいあれ!」先に気付いたのは彼だった。

「っと──やっぱりまだ、終わってないか」

 ゴミ溜めの一番上。そこに佇むもの。電子レンジに得体の知れない死体が詰まっているのが見えた。

 死体の周りには、蠅がたかっている。


「ハァ──」私は深く溜め息をつく。

 まだ終わらせてはくれないか。

 もう一度やり直しだ。

 最悪だぜ、糞ったれめ。


  お終い

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電子レンジ 三つ組み @mitugumi

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