優しい思い出

母親との思い出はふわふわしていて時折夢なのではないかと思うことがある。



優しい世界。

桐生聡ではなく、ただの息子でいられた時間。




戻りたいかと言われれば、どうなのだろうか。ただ、時々無性にたまらなくなる。


なんでパーチェにあの頃の話をしてしまったのだろう。




あの頃は、きっと普通の家庭だった。



母親が笑っていて、嬉しくて、僕も笑って。

兄達は母親に聞いてもらおうと色んな話をして。

兄達は跡継ぎ教育を二人とも受けていて、僕と兄弟仲は希薄だったけど、でも、きっと今ほどじゃなかった。

父親も母親が微笑んでいるのを見て嬉しそうにワインを飲むのがいつもの夕ご飯の時間だった。






だけれど、その【いつも】を見ることはきっと二度ない。

家族の核だった母親がここにはいないから。



母親が療養のために別荘に行ったのはいつだったか。

それから母親には一切会えていない。

その日から核の失った家族は縛り付けなければ存在できなくなった。



僕が生まれなければ。



お母さんは僕を産んだせいで体を壊した。

だからきっと、僕が生まれなければ家族は家族のままでいられた。


お母さんがお父さんの言うことを聞くいい子でいることを望むのならば。

それならばいい子でいよう。

いい子でいればきっとお母さんも戻ってきてくれる。褒めてくれる。



だから。



お願いだからそんな目はしないでくれ。

俺は幸せだ。


パーチェ。


君の愛を認める訳にはいかないんだ。

俺はこれで幸せだから。


だから、──────────

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