第2話 京・つくば


 神社の参道をゆっくりと歩いて、本堂に近づくにつれて、次第に神さまに近づいていくという崇高な気持ちになっていきますが、不思議なことだと、いつも思っているのです。


 何か、偉大なるものに、謁見するのだという気持ちになり、我が心を清めようと、しきりに心が急いてくるのです。


 境内の中ほどに立って、あたりを見回しますと、うっそうとした森が辺りを覆っています。

 その昔、きっと、ここは、今以上にうっそうとした原始の森があったに違いないって、そんなことを思うのです。


 だから、いにしえびとは、そのうっそうとした森に、神を見て、社を作ったに違いないと、思ったりもするのです。


 ロードバイクを駆って、つくばの街を走っていますと、多くの人が暮らし、最新の便利この上ない街が作られた高台と、筑波山の麓を流れる桜川の、田んぼが群れる低地帯との境目に、いくつものこじんまりとした社があることに当たり前のように気づくのです。


 いにしえびとは、何故に、この高低の境目に、幾つもの社を作ったのかって、そんなことを思うのです。


 低地帯の向こう、筑波のお山のある方に、敵対勢力でもいたのかしらって。

 神々の力を借りて、それを見張るために、この社があったのかしらって。


 私がよく出かける高低の境目のそのひとつの小さな社は、きっと、お参りする人はごくわずかだと思います。

 だって、私だって、たまたま、そこに社があることを知ったくらいなのですから。


 周りは畑、一本の松の木が、その遥か彼方に筑波の峰を背景にして立っています。


 境内に入ると、覆いかぶさった樹木で、あたりは昼でも薄暗く、絶妙なる神秘性に満たされています。

 ピンディングシューズのスパイクの音が石畳に当たって、カッツカッツと音を立てます。


 誰がか、後ろにいるのではないかと、そんな感触を得て振り返りますが、誰もいません。

 

 手水場には、落ち葉や枯れ枝が降り注いだまま、人が入った形跡も見当たりません。

 目をこらすと、北東の方角の木々の幹の向こうに、青い筑波のお山を見ることができます。

 ちょっと、足を踏む出すと、あの低地帯を眼下に一望できるのです。

 

 一体誰が、こんな辺鄙なところに社を作ったのかしらって、想像は膨らむのです。


 京の都だって、考えれば、もとは何もなかったはずです。

 そこには、川が流れていて、南を除いて、三方を山に囲まれていました。

 東北東にわずかに抜け道のような道筋があって、それが若狭へと続いていきます。

 今の、大原あたりの、川筋があるところです。


 川があったということは、川の周辺には、手つかずの葦に覆われた川辺があったはずです。人の背丈をはるかに超える葦で、視界はきっと悪かったはずです。


 それでも、この地こそ、奈良の都をしのぐ未来の都の地と定めるのです。


 きっと、土木に長けた、一族がいたに違いありません。

 あるいは、最新の技術を持った、それは渡来人であったかもしれません。

 その葦をのけて、京の街を開いていくのです。


 碁盤の目のように区切り、現代人でもおよそ想像のつかない幅広の道をそこに想定して、川の水を引き入れ、さらには、その土地の地下に豊かな地下水さえも見つけ、街は作られていったのです。


 その最初の、道なき道を歩んだ人の偉大さに、今更のように感心をするのです。


 きっと、楽しい仕事であったに違いないと、自分の見立てで、そこに、街が作られていくのです。

 しかも、いにしえの大和国の都となる街です。


 そんなことを思っていたら、つくばの桜川は鴨川で、筑波のお山は比叡のお山で、高低の境目の社は、東山辺りに散在する寺社のようだと、思いが至ったのです。


 だとすると、東山は宝篋山あたりかなんて、想像をするのです。

 嵐山のある大堰川は、きっと、ここでは小貝川が相当するに違いないって。


 京の街のような碁盤の目には程遠いことではありますが、つくばの整然とした街並みは、都大路、小路を彷彿とさせるものを十分に持っています。

 しかも、最新の設備を施して、それはあるのです。


 かつて、万葉の時代には、筑波の峰を歌にして詠むほどに、そして、現代では、日本の文化的機関が政府の方針で、ここに移されたのです。

 やはり、このつくばが持つ地形は、時代を超えて、都に相当する何かを持っているのだと、そんな気がしてきたのです。


 そんなことに思いが至りますと、なんだか嬉しくなって、私は、高台から低地に向けて、一気に時速35キロで、風を切って走り降りていったのです。


 筑波の峰も、蛇行する桜川も、何も言いませんが、誇らかにそこにあることを確認しながら。

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