閑話 地元の皆さん

 弘前高校野球部が決勝進出を決めてしまった、その時。弘前高校の周辺地域、ならびに関係者の地域や家庭では、ほぼ同時に歓声が上がっていた。


※※※※※※※※※※


【 スマホアプリ 弘前高校野球部OB専用会議室 】


>『勝ちよったぞあの連中』

 『ワシらの母校が決勝進出かあ』<

>『もしかしたらもしかするぞ』

 『あんまりプレッシャーかけるな』<

>『圧かけるOBとか今時はやらんぞ』

 『ウチらは特に実績ないしなあ』<

>『応援には行きたい。しかし仕事がな』

 『予約チケット取ってあるし。会社休む』<

>『チケットの予備ないか。会社には特休申請』

 『チケットの予備求む。特休って葬儀か?』<

>『どこかの釣り社員か』

 『チケット予備なし。当日券を買われたし』<

>『仕方ないから朝から並ぶ。外野でもかまわん』

 『親戚の死亡申請出しておくわ』<

>『特休は3日あるしな。ワシも申請しとく』

 『準優勝は確定だから慰労会の予約しとけ』<

>『幹事決めないとな』

 『確か試合終了の翌日は観光だろ』<

>『慰労会は少し日にちあけとけ』

 『まずはOBのスケジュール確認からいくか』<


>『通販サイトのプリカが必要になったのですが』


 『 おい 』<

>『アカウント乗っ取られてるぞ』

 『電話連絡まわせ。会議室の作り直しだ』<


※※※※※※※※※※


【 明星高校 野球部専用会議室 】


「「「おおおお――――!!!!」」」


 弘前高校の試合中継を観戦していた部員から、大きな歓声が上がる。


「やりやがった!!決勝進出だ!!」

「ベスト4でもスゲェんだがな……初出場だろ」

「あいつらプレッシャーとか感じないわけ?」

「試合中、終始笑顔だったな」「エラー無しだったぞ」

「握手の時だけ顔が固かったな?」「決勝進出だからな」


 興奮気味に話しながら、それでも少し嬉しそうな明星野球部員。弘前高校が甲子園で見せた試合は、半分くらいが非常識な試合で『ちょっとどうなんだ』と思わなくもないが、それでも自分達を倒して県代表になったチームの勝ち上がる姿は、やはり誇らしく感じるのだろう。


「山崎と北島だけじゃないな。他の部員もレベルが上がっている」

 と、つい監督目線での総括のような感想を口にする。


「ピッチャーが1人減ってるのに、うまく回してますね。外野守備もだいぶ上達してるような気がします。グラウンド慣れっスかねー」

 すぐ近くにいた木村も、私の言葉に続いて同じような感想を言っていた。


 甲子園の外野は全面が天然芝だし、上空には浜風もある。普段の練習環境と違う場所でのプレーは、実力を発揮できない要因にもなる。環境に慣れるためには回数をこなす必要があるが、素早く適応できない者は慣れる以前に敗退する事になるだろう。

 弘前高校の場合は、勝ち上がる事、長時間の試合をこなす事で『甲子園球場の練習』をこなす事ができた、という事なのだろうか。弘前は前年までは弱小ゆえに、加えて下期は人数割れゆえに、今期も2回しか練習試合を行っていないという。試合勘のようなものは公式戦で培い、実戦練習を積んで来た……という事かもしれない。伸びしろのある部分を今まさに伸ばしている最中という事なのか。


「来年の夏は、連中をどう倒すかが大きな課題だな」

「秋季大会でリベンジできないのは残念っス」


 弘前高校野球部は全員合わせても12人。うち4人は3年生であるから、進学校の弘前高校では3年生は夏大会で引退だろう。秋季大会は人数割れで不参加、21世紀枠も当然ながら対象外となる。春のセンバツには弘前高校は居ない。春の甲子園大会の出場を目指す県内の高校にとっては幸運な事かもしれないが……


「春のセンバツに出場、目指すはベスト4以上か」

「こいつらが深紅の大優勝旗を持ち帰ったら、目標は紫紺の大優勝旗に上方修正っスね。ああ、こいつらが決勝で負けたら、センバツ優勝で実質リベンジ成功っスか」


 昨年までの地元の県代表常連校を自負していたチームとしては、同等レベルの実績を目標とせねばならない。ウチは甲子園出場の回数自体は結構なものだが、優勝どころか決勝進出の実績も無い。もちろん全国制覇が最終目標ではあるが、今年の達成目標としてはベスト8入りを目指していたのだ。


「まったく、ハードルを上げてくれる」「本当っスね。気合い入ります」


 硬い表情でインタビューを受ける、テレビ画面に映る弘前高校野球部キャプテンの様子を見ながら、そんな事を言う私と木村だった。


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【 雲雀ヶ丘高校 視聴覚室にて 】


「ひゃー!!勝ったよ!!勝っちゃったよ!!山崎さん!!」

「ああうん。でも勝ったのは弘高野球部であって、山崎さん個人じゃないよ」

「つぎは優勝だよ!!」

「いや決勝戦だよ?!まあ勝てばそうだけど」


 雲雀ヶ丘高校の視聴覚室では、野球部と野球好きの有志、そしてラクロス部のメンバーが甲子園の中継を見ていたところだった。学校側に交渉して、弘前高校の試合中継時間の使用許可を得ているわけだが、これは弘前高校がらみで雲雀ヶ丘野球部の知名度が上がった影響でもある。

 そして弘前高校が決勝進出を決めた瞬間、大興奮で騒ぎ始めるラクロス部の本田と、それを見て冷静に突っ込んでしまう私こと大滝の姿があった。どちらも3年生のため引退していておかしくない時期だが、どちらも秋季大会への引き継ぎと、ここ最近の練習試合の対応のためにキャプテン業務を続けている。


 そのため夏休みなのに連日学校に出てきている。そして弘前高校野球部への出張応援をきっかけにして山崎さんのファンとなり、連日の甲子園野球中継の(弘前限定で)熱烈な視聴者となっていた本田は、こうして仲間を連れて野球部と一緒に観戦しているというわけだ。


「しっかし、決勝戦まで勝ち進むとはねー」

 ジュースを飲んで、佐藤が感慨深げにつぶやいている。


「弘前に苦戦を強いた我々としても、鼻が高いねぇ」

 冗談めかして田中が言う。確かに苦戦を強いた自負はあるが、当時の山崎さんは実力を隠していたからなぁ。オーバースローの剛速球も、高速ジャイロも見せてなかったからね。


「ちなみに、決勝戦の応援って行けるの?」

「あたしは行くよ!!部活の方は新部長に任せるし!!」


 本田はフリーダムだなぁ。


「大滝は行かないの?」

「野球部は練習試合のスケジュールが厳しいから無理」

「山崎さん効果の追撃がすごい」「いやホントまじで」


 山崎さんが雲雀ヶ丘野球部を持ち上げてくれたおかげで、夏休み中の野球部スケジュールは後輩の育成と練習試合で一杯なのだ。加えて弘前高校野球部が甲子園で快進撃を進める度に、練習試合の申し込みに追加が入る有様。正直きびしい。


「そっかー。じゃあ、皆の分も、あたしが応援してくるね!!山崎さん応援グッズもフル装備で買ってあるしね!!」

「それってあの、アイドル応援グッズみたいなやつ?」

「あと山崎さんグッズじゃなくって弘前応援グッズだよ?」

「あのTシャツ着てる人、けっこう見かけるよ」


 まあ私もTシャツと帽子は持ってるし。最近発表されたフィギュアの予約も入れたし。


「Tシャツでしょー。鉢巻でしょー。帽子でしょ。メガホンは2個あるし。あとハッピと団扇と応援メッセージボードなんかも用意してるよ」

「本田が行くのはアイドルのライブ会場なのか」「あながち間違いとも言えない」


 山崎さんオンステージ甲子園ライブか。くそう羨ましい。しかし野球部を放り出す訳にもいかない。せめてインタビューが終わったタイミングを見計らって、応援メッセージを送ろう。

 弘前高校大進撃。ついに最終決戦の舞台にまで勝ち進んだ。……来年の雲雀ヶ丘野球部には、山崎さん率いる弘高野球部の打倒を目標としてもらう事になる。そう思うと、後輩育成の練習にも身が入るというものだ。私はそう考えて気持ちを切り替えると、午後の練習スケジュールを思い出す。


「おおたきー!!試合も終わったし、お弁当食べよう!!」

「ほんと本田はフリーダムだなぁ」


 とりあえず、お弁当かな。私たちはゴミの確認をしてから戸締りをして、視聴覚室を出て行く。明後日も使わせてもらうから、きちんとしておかないとね。


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【 木津川建設(株)野球部練習場 併設休憩室 】


「「「おおおお――――!!」」」

「やりやがったな」「決勝進出かよー」


 木津川建設(株)野球部の練習場にあるプレハブの休憩室で、部員が声を上げている。県立弘前高校の試合中継だけは、できるだけライブで見るようにしているのだ。もっとも第一試合と準々決勝は試合時間が長すぎて、午前の予定が丸つぶれになって迷惑したが。


「ヤツはワシらが育てた」

 俺は腕を組み、むふんと鼻息をひとつ。


「それって山崎の嬢ちゃんの事ですか?」

「いや監督。確かにそう言えない事もないですけど」

「練習指導もアドバイスもしてませんよ」

「狩りゲームで言うところの練習用中堅野生モンスターみたいなもんっスよ」


 何やら若いのが分かりにくい例えを言っているが、そんな事はない。


 山崎は中学時代、硬式シニアにも参加していない。ヤツが硬式野球に慣れ、試合勘を培えたのは、我々こと県内の社会人野球リーグのおかげだ。女子中学生に怪我させる可能性を本気で考えるとリスク回避したくなるのが社会人というものだが、そこを許容してしまった辺り、県下リーグの一部緩い雰囲気のおかげ、というものだってある。

 それを言うと女子中学生を部員にしてしまうレッドフォックスのいい加減さがファインプレーだったと言えなくもないが、そこはあまり認めたくないところだ。そして女子中学生を相手に本気で野球をしていた我々が山崎を育てた力であるところは間違いないのである。あまり女子中学生を連呼すると少し悲しくもなるが、野球性能がブッ壊れているから仕方が無い。あいつは女子学生の皮をかぶった野球ミュータントか何かだ。


「しっかし、甲子園出場校っていうか、このままいくと甲子園優勝校っスね」

「そこまで都合良くいくかは分からんが」

「いや、高校野球だけに、どうなるかは分からんぜ」

「そうなりゃウチの県に、初めて深紅の大優勝旗が来る事になるのかね?」


 部員が好き勝手に雑談している。うむ。


「ヤツはワシが育てた」

 むふん。


「いや、監督それは言いすぎですって」

「ただのケンカ友達じゃないっスか」

「それ他所で言っちゃダメですからね。本気にされたらやばい」

「上から怒られますよ、きっと」「虚言の責任を取らされます」

 なにをいうかきさまら――


 木津川グリーンラクーンズは今日も平和に練習していた。


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【 F県の県内 某所の一般家庭 桑田家 】


「……決勝進出って、そこまで行っちゃうかあ」

 テレビ中継を見ながら、僕はつぶやいた。


 ぼくらの大沢木高校野球部が、練習試合で弘前高校野球部に虐殺されたのが懐かしく感じる。きっと弘高野球部も、大沢木と試合した時よりもずっと強くなっているんだろうけど。ここまで行ってしまえるチームだとは思わなかった。彼ら弘前が県大会で勝ち進む度に喝采して、県大会決勝で明星に勝った時には大騒ぎしたものだけど。


 夏の甲子園で数々の伝説を作りながら大暴れした末、決勝にまで進出するとか。予想を遥かに超えすぎている。……いや、こんな野球部が出現するとか、誰も予想できるわけがないか。神仏でもない限り無理、というやつだな。

 ぼくも3年だから、県大会の初戦で弘前に負けて引退、受験勉強に専念している。受験勉強の合間に弘前高校の応援に出かけ、弘前高校が甲子園出場を決めてからは弘前の試合中継だけは見ている。ときどき長時間の試合をするから見るだけでも大変だけど。


 壁をちらりと見る。そこには『勝利必然』と大きく筆文字が書かれた、野球ユニフォーム姿のキャラクターが描かれたポスターが貼られている。商品名は『必勝ポスター(特大)』だ。たぶん色々な問題を避けるために実像を使用していないという話なのだが、明らかに長髪ナイスバディの女子選手と思われるキャラクターが描かれているので、地元では『山崎必勝ポスター』という通称で認識されている商品だ。弘前高校の快進撃の影響か受験生によく売れていると聞いている。ぼくも御利益にあやかろうと購入した。なお、姉妹商品に『一撃必殺ポスター』『完全撃破ポスター』なども存在している。


「よぉーし、頑張るぞー」


 ぼくらの高校野球は終わったが、学業の勝負はこれから追い込みだ。県大会ではまともに勝負すらできず鎧袖一触に蹴散らされたけれど、学生として恥ずかしくないような成果は示したい。野球はダメだったけど、受験生としては勝負に勝つつもりだ。

 きっと彼らも決勝戦を前にして、よりいっそう真剣に試合に備えているはずだ。彼らを素直に誇れるよう、彼らに恥ずかしくない自分を誇れるように、自分にできる事をしよう。


 彼らの素晴らしい姿は、今も皆に勇気と気力をくれる。そんな思いで気合いを入れると、ぼくはまた勉強机に向かう事にした――――

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