第66話 晴れやかな気持ちで

『――礼!!』

「「「「ありがとうございました――っ!!」」」」

 大場高校ナインと礼を交わす。


「――完敗だ。今後もより筋肉を強くする事を誓う。今度は負けない」

「ふふん。筋肉を強くする事だけを考えていては、あたしに勝てなくってよ」

 万代と握手を交わす山崎が、縦ロールの似合う御嬢様的な口調で返していた。


「……できれば、今の言葉の意味を教授願いたい」

「筋肉をただ強くする事は第一段階。その先は、筋肉の力をすべて使いこなす事にある。筋肉は全身にあり、それは人間の肉体を無駄なく動かすためにある。部分トレーニングは人間が行う、特別な訓練よ。その力を生かすためには、自分の体を筋肉がどう動かしているのかを理解する必要がある。理解力なくては、真の力は得られない」

 山崎がそう言うと、万代は目を見開く。


「欠けている所を埋め、本当の意味で筋肉を開放する事よ。私から言うことは、これだけ」

「……あ、ありがとうございましたっ!!」

 万代が腰を90度に折り曲げての礼をする。


「なんなのこの寸劇」

 口に手を当てて、おほほほほと笑いそうな山崎に対し、深々と礼をする万代。その茶番劇じみた光景に、俺はつまらない突っ込みを入れる事しかできなかった。


「ちなみにこの悟は、その段階を理解して通過しつつある男でね?」

「やめてくれよそういうの、ホントに」

 下げた頭を曲げ、ギラリとした視線を飛ばしてくる万代を見て、心底そう思う俺だった。



※※※※※※※※※※※※※※※


 大場高校との試合を勝利で終える事ができた俺達は、ベストなタイミングで昼飯を貪り食うことに成功していた。試合時間4時間弱。試合を終えてインタビューをこなし、宿にとって返してすぐさま昼飯のバイキングを食い散らかす俺達。食っても食っても料理が追加される喜び。食べ放題って、ホント最高だよな。

 帰る時間を宿に連絡してくれた平塚先生にも感謝だ。そして昼飯の時間超過を無視しても追加料理を作ってくれた宿の人にも感謝感謝。これも何だかんだといって勝ち進んでいる弘前高校野球部への応援のようなものかな。ほんとありがてえ。

 そして昼飯を食い終わったらもうずっと休憩である。準決勝前には休養日があるから、明日の休養日にミーティングなり何なりすればいいし、第二試合の中継とか完全に無視して、食べて休んで温泉に入って寝る俺達。


 そして夕方。夕飯を取って、食休みをしながら、ゆっくりとする。


 ジャンケンで負けた竹中が、駅前まで行ってスポーツ新聞をチェックして帰ってきた。休憩エリアのテーブルの上に放られるスポーツ新聞の夕刊を、さっそく広げて見る。


【 100年に1度の珍事!! 甲子園ホームランダービー!! 】

【 月見里公園で場外弾祭りも開催される!! 】


【――伝説の開幕戦を演じた弘前高校野球部が、またもや夏の全国高校野球大会史に残る試合を演出した。

 準々決勝第一試合、開始早々に大場高校の第2打者が放った本塁打を皮切りに、ライトスタンドは本塁打の標的と化した。甲子園上空を支配する台風一過の吹き返し。その強風へと打球を乗せた1回表の大場高校の本塁打5本に対し、弘前高校は裏の攻撃で11本の本塁打を放って反撃。以後、両校とも互いに譲らず本塁打の応酬を見せ、当試合の安打のほとんどがライトスタンドに叩き込まれるという、前代未聞の本塁打競争試合となった。

 中でも弘前高校の山崎(女子)選手の放った6本の場外弾は、そのすべてがライトスタンド照明の真上という非常識なまでの高さで球場外へと飛び出し、打球はホームから直線距離で約300M先にある月見里公園の各所へと着弾した。1球目を発見したのは近所に住む主婦だったが、2球目の着弾を公園内の複数人が目撃し、最寄りの交番へと連絡。そして目撃者の何人かがSNS上に情報を上げた事により、月見里公園とその周辺は祭りの会場と化した。

 2球目の場外弾が着弾して間もなく、数十人の『自称・高校野球ファン』がグローブやバットを持って月見里公園の敷地内で甲子園の方向を見上げ、ラジオのイヤホンを耳に場外弾をキャッチもしくは打ち返そうと待ち構えるという珍事態となったのである。試合時間が長くなった事もあり、公園内へ入る見物客は続々と増加し、携帯のカメラや大型ビデオカメラで動画を撮影しようとする野次馬と、場外弾をキャッチしようとする『高校野球ファン』とで公園内はごったがえした。

 最終的に数百人ほどに膨れ上がった見物客への警告のためと増加する路上駐車への対応に、近所の交番と所轄警察署からパトカーが駆けつけ、違法駐車と安全対策の警告を行うも効果はほぼ無く、『運転中やから駐車やなくて停車中や』と言い張るドライバーへ、頭にきた警官が拡声器で怒鳴るという一幕もあった。

 最寄りの物販店から出張してきたのか、カートを引いての飲食物販売までもが出現し、たこ焼きやフランクフルトなどの軽食、アイスやジュースなどの氷菓子類、はてはビール等の酒類までも販売する者が現れたため、月見里公園は甲子園場外弾フェスティバル会場とでもいうべき場所となってしまったのだ。この騒ぎは強風が止んだ事が確認される7回裏ごろまで続き、応援に駆けつけた警察官は現場の対応に終始追われる事となった。

 なお、月見里公園に着弾した場外弾は8本であり、そのうち6本が山崎(女子)選手の、2本が北島選手のものである。場外弾が落ちてくる度に、キャッチを試みる『高校野球ファン』と、逃げる見物客による騒動が起きたのだが、幸いにも怪我人は出なかった。この8本の場外弾のうち2球が現場の『高校野球ファン』によってキャッチ成功されており、ボールをキャッチした『高校野球ファン』を、周囲の見物客が拍手と胴上げで褒め称えるという光景も見られた。今大会屈指の超高校級選手の山崎 桜(女子)選手の関係だけでも何かと話題に絶えない弘前高校(初)が、甲子園球場の外でも『ホームラン競争祭り』を開催したという事になってしまったわけだ。

 弘前高校は本日の試合にも勝利し、翌々日の準決勝進出を決めている。弘前高校の試合は何かしら話題のある試合が続き、勝敗を別にしても注目せざるをえない。弘前高校野球部がこのまま最後まで突っ走ってしまうのか、それとも他の3校のいずれかが弘前の爆走を止めるのか、いち高校野球ファンとしても注目する次第である。なお、筆者は4本目を惜しくもキャッチし損ねた。実に惜しかったと付け加えておく――】



「「「お前もか」」」

 部員全員が総ツッコミを入れた。


「やけに詳しいと思ったら」「関西のノリかな」

 まぁ本当かどうかは知らんけど!!読者がツッコミを入れるところまでがワンセットの記事かな。一部の土産物に通じるものがあるな。


「甲子園中継の合間のニュースでチラッとやってたけど、わりと大騒ぎだったんだなぁ」

「夜のスポーツニュースじゃ大きく取り上げられるかも」

「試合の解説が馬鹿騒ぎの記事の後に書いてあるぞ」

「ノリのいい野次馬が多いな。これが関西なのか」

「ふーむ。キャッチしたのは、あたしの打球かな。それとも悟の球かな。サインでもしてあげた方がいいのかしらん?」

 それぞれ好き勝手に感想を言いながら記事を読み漁る。


「ところでキャプテンと監督はもう出かけたっけ?」

「第3試合が始まる頃には出かけたよ。外野席で観戦してるんじゃないの?」

「大槻マネは資料のまとめに入ってるみたいだけど?」

 食欲旺盛な野球部員としては貧乏くじ的な感じに思えなくもないが、山田キャプテンと平塚先生は夕飯を前にして球場へと戻っている。


 それはもちろん試合の進行ペースが不明なためと、今日中に4試合がすべて消化される事が決まっているからだ。試合が終わればすぐに勝利チーム4チームの代表によって準決勝の組み合わせ抽選が行われる。集合時間に遅刻するような事は、当校野球部の代表2人には絶対にできない(性格的に)。そのため早めに球場近辺で待機して連絡を待つ事にしているのだ。


 抽選が終われば準決勝の組み合わせが発表されて、明日は休養日になる。台風の影響で昨日も休養日みたいになってしまったが、本来のスケジュール的に『決勝前の連戦を避けるため』の休養日は決勝前と準決勝前に予定されているため、明日は予定通りに休養日となる。大会日程が1日延びた状態だ。

 ……しかし、うーむ。準決勝の、抽選会か。ウチの学校が。


「うーむ。しかし。ウチの野球部が、準決勝かぁ……。思えば遠くへ来たもんだ」

 山崎が軽くうなっていた。


「なんで残ってるんだろう」

「だよね」「俺もそう思う」「何かがおかしい」

 山崎の疑問の声に、仲間たちが追従している。かくいう俺も同じ気持ちなのだが。


「いやまぁ、初戦の聖皇戦は、勝ってやろうと思ったし、勝てると思ってたわよ?ウチの野球部は初出場の実績無しで情報も薄いしナメられてるし、殴り合いになったら、やれるんじゃないかなー、って。あとはお祭り騒ぎみたいなもんだったし」

「うんうん」「もしかしたら、とは思った」「わかる」

 追従する俺達。


「2回戦の入善東は、なんかもう『普通には負けてやらねぇ』みたいな感じで意地になってたし、あっちもそんなにレベル高くなかったから、まぁ勝ってもおかしくなかったし」

「そうそう」「実質負けにはしないつもりだった」「わかる」

 またも追従する俺達。


「3回戦くらいからおかしいのよねー。情報戦的にはほぼ負けてるというか、ウチの野球部のチーム的な弱点はもう丸わかりだし、関東総合は地力で上回ってたはず、なんだけどなー。強いて言えば、投手力がイマイチだった気がしなくもないけど。負けててもおかしくなかったし。最終的には相手の運が無かったみたいな。ここら辺で負けて当然的な」

「だよなぁ」「川上と前田が頑張った」「あと1歩の差だよな」

 どんどん追従する俺達。


「今日の試合はもう馬鹿ゲームと言ってもいいようなお祭り騒ぎだし。大場高校の皆さんがどうだったかは知らないけど、ウチの連中はやりたい放題に遊んでたでしょ?もちろん、あたしを含めて。今日の試合、台風の直後じゃなくて、さらには相手が大場高校じゃなければ負けてたとは思うんだけど」

「その通りです」「勢いに乗るしかないと思った」「はっちゃけた者勝ち」

 反論する余地など無い。完全に同意である。


「何だかんだとプレミア感が倍の倍。ついに準決勝に進出よ!!という訳で。つぎの試合で勝てると思う人、手をあげて――!!」

 山崎の言葉に、手を挙げる奴は一人もいなかった。俺も手を下げたままだ。


「まぁそうよね」

「さすがになぁ」「KYコンビ以外は一般人」「堅実にやられたら無理」

 KYコンビと呼ばれるのには異論があるが、確かに俺もそう思う。


 そもそも弘高野球部には明確な弱点がある。人数がギリギリなため、チームとしての耐久力が無かったり、外野守備が弱かったり、バントやエンドランなんかの小技や速度重視のコンビネーションが、山崎と俺以外では不可能だったり、山崎は基本的に攻撃の主軸なので先発に回す事は考えない事になってたり、盗塁できるのも山崎と俺しかいなかったりする事。KYコンビ以外の部員は、打撃以外は平均以下なのである。


 弘前野球部は現代高校野球のスタンダードである、スモールボール(堅実にランナーを前に進めて1点ずつ確実に入れようとする機動力重視の野球。送りバントや犠牲フライ等のチームコンビネーションを重視とする攻撃)をしないチーム、と最初は言われていたが、今ではビッグボール(長打によって大量得点を狙うスタイル)しか構成のチームだという事はバレバレである。例外として山崎と俺のコンビネーションでは機動力野球まがいの事はできなくもないが、その程度だ。内野守備にしたって、俺と山崎が二遊間と三遊間を守っているから相応なだけで、山崎が投手に入れば三遊間の守備能力も平均以下になる。山崎の球を長打にできずとも当てる事ができれば、出塁できる可能性は充分にある。


 スモールボールとビッグボール、どっちが優秀なスタイルか?という問題ではなくて、弘高野球部はビッグボールのスタイルとしても中途半端で、スモールボールの技術をほぼ持っていない、という事なのだ。ビッグボールのスタイルを重視するチームであれ、試合終盤の1点を争う状況次第ではスモールボール的な戦術を使用するのが当たり前。可能であればどちらもできる能力を持つのが理想であり、相手と状況によって使い分ける事が望ましい。そしてスモールボールのスタイルには、鉄壁とも言える守備能力の高さが前提とも言えるので、ますます野手の守備に穴がある弘高野球部にとっては無理である。あと、速度重視の機動力野球というやつなので、連携の練習がとっても重要。突貫工事では完成しないスタイルなのだ。

 弘高野球部は、自分達に実現可能なスタイルで、どうにか都合よく勝ち抜いてきただけのチームとも言えるわけだ。柔軟な対応のできる、基礎能力の高いチームとは相性が悪い。


 つまり『投手力がある』『守備力の高い』『山崎以外の投手から充分に打てる』チームならば、弘前に勝てる。このどれかを満たしていても、それだけで有利だ。今までに対戦したチームで苦戦したり、泥試合になったりしたチームは、このいずれかの条件を満たしている。というか、どれも満たしていないチームなど全国大会には出ていないのではないか。

 守備力が高く、スモールボールに長けた平均力の高いチーム、つまり『一般的な高校野球のレベルが高いチーム』こそが弘前には有利。初戦の聖皇が3回戦か4回戦の相手なら負けてたんじゃなかろうか。

 むしろここ最近の試合で、これらの条件のすべてを満たしたチームが弘高野球部の対戦相手になっていない状況の方が、おかしいのではないだろうか?特殊な意味で、ウチの学校はクジ運が強いだけなのではなかろうかと思う。山田キャプテンは本人曰くクジ運が無い、などと時々言っているが、実は山田キャプテンのクジ運を含めて、単に運が良いだけなんじゃないかなぁ。


 あるいは、甲子園の魔物でも憑いているとか。だ。

 俺はチラリと山崎を見た。呑気にチョコ菓子などをポリポリやっている。


「まぁそんな訳で、すでに監督に話は通してあるんだけど。明後日の準決勝は補欠要員として、岡田先輩と大槻センパイも試合登録選手として復活します。基本的に岡田先輩はランナーコーチャーのみ、大槻センパイも記録要員扱いだけど」

「岡田は分かる」「なんか泣きそうだった」「少し申し訳なかった」

 それは分かる。ホームラン競争のお祭り騒ぎのベンチ内盆踊りに蚊帳の外で、試合後に『……楽しそうだったなぁ』と言っていたのを覚えている。ベンチ内に居ても負傷内容が内容だから、打席には立てなかっただろうけど。


「まぁそんな訳でー。明後日の試合、キャプテンがどんなクジを引いてきても、流石に全国大会の準決勝。いよいよ超新星ルーキーの我らの命運も尽きると思われるわけですよ」

「明るく言うなぁ」

 まぁ、身の丈に合ってない舞台に上っている実感はあるんだから、特に否定しないが。


「そろそろ今日の最終試合も終わるようだし」

 山崎の言葉に、休憩エリア備え付けの大画面テレビを見ると、本日の第4試合が8回裏に突入したところだった。


「――ついに。今年の夏の全国高校野球、4強が出揃うわけよ」

「「「……4強……」」」

 その言葉を、野球部の皆で噛み締める。

 ――そして、誰からともなく爆笑した。


 ゲラゲラゲラゲラゲラ。


「にあわねー」「4強ときたよ」「弘高野球部がトップ4とか」

「あれかな。四天王の一角的な」「お約束のアレか」

「初参加校が脱落したか……しかし奴等は4強の内でも最弱」

「そんな事言うベテラン居たら嫌だわー」

「弘前だけには負けたくない、とか思われてそう」

「女子もいるしなぁ」「その女子が問題なんだが」

 口々に軽口を叩く仲間達。


「あわよくばベスト8、とか企んでたけど。まぁそれもダメ元のやつ、だもんね。夏大会優勝を本気で目指してるであろう他校のチーム、どんな気持ちなんだろうね。弘高野球部みたいなチームが4強に混ざり込んで」

「間違いなく困惑しているだろうな」

「馬鹿な!!」「あり得ない!!」「何かの間違いだ!!」

「それ全部、俺達の台詞でもある」

「まったく、他所のチームは何やっとるんだ!!不甲斐ない!!」

「一部の人に絶対に言われてるわー」「俺達も言いたい」

「女子のいるチームなんぞに負けおって!!」

「弘高野球部に山崎が混ざっているというより、山崎のいるチームが弘高野球部というだけなんだが」

「認識を逆転させる必要があるな」


 ゲラゲラゲラゲラ。


 好き勝手に言いたい放題である。俺達に負けたチームの連中にはとても聞かせられない。弘高野球部は今大会の参加高校の中でも屈指の、勝ち残る必死さに欠ける野球部である。勝ちたいという欲が無いわけではないが、それは『試合で勝つとうれしい』からであって、『全国制覇したい』という野望は皆無なのだ。そのため『何が何でも勝ち進みたい』という気概は無い。その場その場に手一杯なだけでもあるが、お気楽な空気が基本なのだ。

 今後、弘高野球部のような、ビッグボール主体の(ウチとしては他に選択肢が無かっただけなのだが)チームが流行ったり、事によると女子選手の参加比率が上がったりするかもしれない。が、甲子園大会に関わらずとも、高校野球が盛り上がる一因になれたとすれば、弘前高校野球部という、ちょっと変な野球部が暴れた甲斐はあったというものだ。


 全国大会の準決勝進出。地元はきっと大フィーバーだろうし、負けて帰ってもヒーロー扱いは間違いなしの実績だ。きっと今年いっぱいは気分よく過ごせるに違いない。故郷に飾るだけの錦は仕入れ完了なのですよ。

 そろそろ全国大会という名の問屋も、サービス期間は終了だろう。エンジョイ野球部の活躍もいよいよ終わりだと思う。

 きっと次の試合が、俺達の夏の最後の試合。悔いなく、面白おかしく野球をしよう。

 そして休憩時間がゆっくりと過ぎて。監督とキャプテンが、抽選結果を持ち帰ってきた。今年の夏の甲子園の4強と、その対戦組み合わせが俺達に明かされる。


 ・弘前高校(初) 対 京浜義塾付属高校(38)

 ・光陵学院(33) 対 東雲商業高校(10)


 京浜義塾付属高校。それが俺達の準決勝の相手だった。夏の甲子園の優勝実績は5回。出場地区の甲子園進出常連校でもある。弘高野球部の有終の美を飾る、最高の対戦相手だ。


「しかしまぁ、(初)の文字が浮いてること浮いてること」

「ある意味、京浜義塾のプレッシャーは相当なものかもなぁ」

「初出場の男女混合チームに下手な試合したら泣けるわ」

「彼奴らにとっては、背後の応援団の圧こそが最大の敵かも知れぬのう」

 ゲラゲラゲラゲラ。


 テンション高いので、もう何を見ても笑える気分。


「で、キャプテンはどうして叱られたコタローみたいにションボリしてるの?」

 山崎の言うとおりだ。ベスト4に到っては、俺たち以外はみんな強豪校。クジ引きの結果でションボリする理由など無いような気がするのだが。


「……いやでも、優勝実績のある学校だし……」

「えーと。今回のベスト4で、夏大会の優勝経験があるのは、京浜義塾だけね。でも、他の2校は春のセンバツ大会での優勝経験もあるのよ?」

 キャプテンの言葉の内容を補足するように、大槻センパイが素早く続けた。


「結局どこも優勝候補じゃん」

「他の2校を下に見るとはどういう事か」

 しかし大槻センパイの情報はフォローになりえず、キャプテン叩きの材料にしかならなかった。結果、すかさずキャプテン叩きに入る仲間たち。


「やださいてー」「しんじらんない」

「そんなに準優勝以上のメダルが欲しいか」

「参加メダルはもらえるのに」「野心家かこやつ」

 などとキャプテン叩きをしばらく楽しんで、軽く京浜義塾の情報のミーティングを開いてから、明日の休養日の練習のため、ぐっすりと寝た。


 翌日の休養日は、しっかり食事をとって、いつもの練習をして、早めに寝た。


※※※※※※※※※※※※※※※


 そして迎えた準決勝。俺たちの弘前高校の試合は第一試合。昼食前の10時スタートだ。平均的なペースで試合が進めば、試合が終わって昼飯を食える。お疲れ様!!の合言葉で腹がパンパンに膨れるまで食おう。後先考えずにな!!


『お互いに、礼!!』「「「「お願いしまぁ――――っす!!!!」」」」


 最高に晴れやかな気分で、試合開始の挨拶を交わす。今、俺たちが可能な、最高のプレイをしよう。後悔なく、笑顔でこの地を去れるように。弘前高校野球部の名を、一人でも多くの人に覚えてもらえるように――――






































※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【準決勝第一試合 結果】 弘前高校 7-6 京浜義塾付属高校

弘前 3 0 1 1 0 0 0 2 0 |7

京浜 2 0 2 0 1 0 1 0 0 |6

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 ………………あれっ?


 試合終了の礼の後、表情を消すように顔を硬くしながら、むせび泣く京浜義塾ナインと握手を交わす。仲間にチラリと視線をやると、誰もが同様に表情を消しつつ、目を泳がせていた。山崎は時々首を傾げている。やめろ態度に出すな空気読めよ。


 ――こんなはずじゃ、なかったんだけどなぁ。どうなってんだ全国大会。

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