第58話 平和な臨時休養日

「――新世紀の大改修、というもので、甲子園球場は老朽化などの問題を解決しようとした、という話を知っているかしら?」

「甲子園球場がわりと最近、改修を受けたという話は知っている」

 山崎の語りに、相槌を打つように答える。


 もちろん甲子園の大改修に関しては、知識としては知っている。甲子園球場のシンボル的な、一部の外壁を覆っているツタが改修の際に刈り取られた、とかそういうの。アレが無きゃ甲子園じゃねぇよ、との声を受けて移植されたものの、育つのには10年単位で育成しなきゃならんとか何とか。阪神園芸の人の仕事なのかな、アレも。


「甲子園球場を改修するにあたって、ドーム球場化する、という案もあったそうよ。でも、【青空の下で高校野球ができないのはどうなの?】という意見が多くて、ドーム球場のアイデアは見送られたみたいね」

「そうかあ」


 青空の下で、高校球児の、青春のキラメキをぶつけるプレー。それは、それだけで価値があるものだろう。意見を上げた人の気持ちも分かる。二度とない青春の一ページを描くのは、この青空のキャンバスしかない!!っていう、そんな感じのやつ。


「開閉型ドーム球場にする、というアイデアは無かったのかしらね?全天候型でありながらも、解放された環境下でのプレイも可能にするっていうやつ……」

「可動型の天井となると、設備的なコストの問題があったんじゃねーの?ただ屋根を可動型にする球場でも、コストの問題は無視できないしな」


 世知辛いわぁー、とか言う山崎。まぁ、企業経営の球場でなくとも、お金の問題はどこまでいっても無くならない。あと、青空が狭くなるとかの問題も提起されたりしてな。


『お客様――!!危険ですので、お戻りくださぁ――い!!』

 プールサイドから、宿の従業員の人の声が聞こえた。


「やっば。見つかった」

「だから怒られるって言ったじゃないかよぉ」

 俺と山崎は、じゃぶじゃぶと泳ぎながらプールサイドへ近づいていく。


 そう。俺と山崎は、轟々と嵐が吹き荒れる中、プールで泳いでいたのだった。もちろん、俺は安全性の問題から疑義を唱えた。だが、山崎が『今なら鍵がかかってないからいける!!アンタも来なさいよ!!』と言ってきたら、俺が拒めるだろうか?!いや、無理だ。完全拒否とかしようものなら、後でどんな目に遭わされるか分かったもんじゃない。そして山崎がどうしても強行するつもりだというのならば。山崎の水爆級水着を間近で合法的に観察できる機会は一つたりとも逃せはしないのだ。当然ながら俺は水中での視界がクリアになるよう、ゴーグルを装着してプールに入ったぞ。それでも誘ったのは山崎なんだから、この後に平塚先生から説教があったとしても、山崎に責があるものと、俺は信じている。俺は山崎と共にプールから上がった後、平塚先生の前に引き出されている状況を鑑みながら、そんな事を考えていた。こんちくしょう。


※※※※※※※※※※※※※※※


『お前が止めなくて誰が止めるんだ』

『どれだけ運動神経が良くても、事故は起きるんだぞ』

『体を動かしたかったら、バーベル棒とダンベルで筋トレでもしてろ』

 平塚先生には、そんな言葉をかけられた。やはり正座だった。


 至極まっとうな説教を食らい、それでも短時間で解放された俺たち。台風で宿屋にカンヅメ状態の俺たちが退屈している、という環境を考慮してくれたのだろう。平塚先生は本当に人ができているというか、温厚で話が通じるなあ。


「ちぇー。もう少し遊びたかったのに」


 こいつは本当に適当に生きている感があるなあ。と、山崎を見て思う。いちおう計画性はあるはずなのに、どうにも刹那的に生を謳歌しようとするきらいがあるのは、なんとかならないものだろうか。

 せめて幼馴染に対する配慮と言うものをもう少し持って欲しいものだ。バカじゃないのにバカな行動をするのは本当に困ったものである。



※※※※※※※※※※※※※※※


「そんなバカな話だったのか」「宿の人に迷惑かけんなよ」


 暇つぶしに人を集めてゲームでもしよう、と仲間を集めていたら、さっきの説教の事情を聞かれた。事情を話すと「バカだなぁ」と言わんばかりの表情で、実際にそう言われた。しかし何故に俺に視線が集まるのか。理不尽である。

 適当に声をかけて回ったところ、4人ほど部員が集まったので、めいめいにお菓子類を持ち寄ってトランプを始めた。


「土砂降りの雨の中で水に潜ってると、すごく非日常感があって面白いのよ。小学生の頃を思い出してやってみたんだけど。最近は安全関係が厳しいなぁ」

 山崎が配られた手札を確認しながら言う。


「小学生の頃?水泳の授業中に雨が降り出したとか?」

 岡田先輩も手札を確認しながら言う。


「逆です。雨が降ってたのに水泳の授業が強行されたんですよ。途中から土砂降りに変わったんですけど、気温もわりと高かったし、担任の先生が大雑把な人だったから、授業は普通に進められました。みんな水に潜ってましたよ。水の中の方が静かだったんで」

 俺も手札を確認しながら言う。周囲をチラリと確認すると、数人と視線がぶつかった。勝負するかどうかを探っているな。さて、どうするか。


「よし。――せーの!!」

 山崎が合図の声をかける。勝負か、降りるか。


「勝負よ」

「勝負だ」

「降ります」

「勝負!!」

「勝負するぜ」

「勝負っス」

 どうやら、俺以外は全員勝負か。そして、勝負を選択した連中が手札をオープン。


「Kのワンペア」

「……8のワンペア」

「……ノーペア」

「……5のワンペア」

「……7のワンペア」

 山崎の勝利だ。


「じゃー、このポットの中身はあたしのもの!!そして残りの4人は、それぞれ1人あたま6個のチップを入れてちょうだいね!!」


 山崎が嬉々として菓子箱の中身を回収し、岡田先輩、古市先輩、小竹先輩、西神先輩が一人ずつ、菓子箱の中にチップ代わりの菓子を補充していく。チップの総量は1ゲーム目の4倍になった。


 今現在、俺達がプレイしているのは、ポーカーの変形ゲーム、【ガッツ】と呼ばれているゲームである。ちなみにゲームの特性上、チップ必須のゲームであるため、今回のゲームを開始するにあたり、山崎は個包装の菓子か、成型タイプのポテチをチップとする事を条件とした。理由は『お菓子は一応合法』『金を賭けると違法な上ヤバイ』という事だったが。


 合法うんぬんはともかくとして、金を賭けるとヤバイのは、このゲームは状況次第で掛け金が恐ろしく増えていってしまうシステムだからだろう。もちろん未成年の賭博行為が一発アウトなのはもちろんだが、【勝負に参加しながら負けた者は、】などというルールの、ポット(賞金を入れる容器)の中の賞金を奪い合うゲーム内容によるものである。


 ちなみに、現金でプレイした場合、今回の6人だと。

 1回目の参加費用(強制)が100円だとして、600円。(各自100円)


 勝負に全員が参加したとして、勝者が1人(複数人の場合は賞金を分割)の場合、負けた5人が各自600円を支払ってポットの中に入れるため、次回の賞金は3000円。

 2回目も一律の参加費用を支払い、ポットの中身は3600円。そして同様に6人全員が勝負に参加し、1人だけが勝利した場合、次のゲームの賞金は3600円の5倍プラス600円で実に18600円。

 この調子で4ゲーム目終了まで進むと、次の賞金総額は46万8600円になる。勝てば負け分を取り返せるシステムのように見えるが、負ければ破産一直線の鬼ルールなのだ。


 賭博ぜったいダメ。次は勝てるかも、なんて言ってると破産します――という事を教えるための数学的ゲームだと山崎は言い張っていたが、実際のところは不明である。

 案の定、3ゲーム目ぐらいには山崎の前にピラミッドのように積まれた菓子が、俺の前には山盛り丼飯ぐらいの菓子の山ができていた。そして残りの4人は破産していた。


「昼食のデザートの権利1つで、チップを貸してもいいわよ?」

 こやつ、高利貸しのような事を始めよった。

 そして、そんな提案に乗ってしまうのが、今回のゲーム参加者のメンバーだったのだ。


 結局。

 岡田、古市、小竹、西神先輩の持ち寄った菓子はすべて巻き上げられ、昼食と夕食のデザートの所有権を失い、ローストビーフは無条件で献上するという約束が取り付けられた。

 この4人、絶対に賭博行為はダメだな。堅実に生きていきましょうね、先輩。


※※※※※※※※※※※※※※※


 昼食が終わり、食休みの後で。小宴会場を借りてのミーティングが始まった。ここからは真面目に野球の事を考える時間だ。


「はい。それでは皆さん、大槻センパイに、ちゅうもーく」

 いつもの如く、別にプレゼンテーションを行うわけでもないのに、山崎が偉そうに仕切っていた。実際は大槻マネの【対戦相手の情報まとめ報告】なので、ここからは山崎も聴衆になる。PCを繋いだカラオケ用モニターに、対戦相手の情報が映し出されていく。


「それにしても、大槻マネは凄いなぁ。こんな短時間で、こんな資料を作るとか」

 ウチは専門の偵察部隊や情報分析部隊なんてないから、ネット情報や今大会の映像資料が限界だろうに、非常によくまとめられている。


「いやいや、1回戦2回戦の時ならまだしも、今の大槻センパイにそんな時間あるわけないじゃん。ほとんどが後援会の有志の情報分析部隊の仕上げよ?どうも弘前高校の勇戦を期待する暇人どもが、2回戦以降に勝ち抜いた高校すべての映像編集をしてくれてるみたいでさ、打率守備率防御率、安打率に長打率やら、気にしてもしようがない数字まで毎日更新してるみたいなのよ。それを大槻マネは、ちょちょっとコピーしてまとめてるだけ……」

「山崎さん!!余計な事いわない!!」

 余計な事をバラす山崎に、大槻マネのツッコミが入る。


「感心して損した」「感動を返して欲しい」「そんなこったろうと思った」

「騙されていたのか」「いや、これだって立派な仕事だ」「一人だけいい子がいるぞ」

 好き勝手な事を言う部員達に、うがー!と吠えて黙らせる大槻センパイ。場が静かになると、映像を進めながら説明を続けた。


「次の対戦相手は、北九州の強豪校『大場高校』です。過去の夏大会出場回数は5回。夏大会での優勝回数はゼロだけど、春のセンバツでは優勝もしている学校です。高校野球のチームカラーは変わりやすいものですが、今季の大場高校の特徴は、なんといっても……」

 大槻マネが、すらすらと説明していく。リハーサルでもしているのだろうか。


「……クリーンアップトリオに並んでいる、強力な大砲です。3番、4番、5番の打者が、いずれも強力。1番と2番も、平均的な高校の4番並みと言われる長打力を持っていて、1番から5番までの流れで得点を取る事を得意としています。もちろん下位打線も平均以上の打力を持っています。これまでの3試合は、いずれも10点以上の得点を上げて勝ち進んできました。その反面、投手力は平均程度。守備も一部の選手を除けば、特に目立った選手はいません」

「……ふーむ。どこかで聞いたような特色のチームよね」

 山崎の相槌に、おれもうなずく。確かに、どこかで聞いたような気がする。


「……投手のメイン2人は、スリークォーターの右投げ速球投手の田島選手と、左投げサイドスローの変化球投手の小森選手。どちらも制球力は高くて、速いスライダーとシュートを投げてきます。右投げの田島選手の方は、フォークやチェンジアップも使うみたいね」

 サイドスローは対戦相手としては初めてだな。右投げサイドスローなら、山崎との練習投球で経験はあるが。


 しばらく、2人の投球の動画を観て、ああだこうだと感想を言う。結論としては、打てないわけではない、少し慣れれば打てる、左投げサイドスローの小森投手の方が難しい、というところに落ち着いた。特別に珍しい投げ方をする投手でなければ、並みの投手の球なら打てる、という自負があるので、特に心配するような言葉は出ない。


「……あとはまぁ、大場高校の強力打線に対して、有効なシフトがあるかどうか、という事を検討したいのだけど……。国営放送の中継で見てるかもだけど、アレなのよね……」

「……ああ、アレか」「アレだな」「アレは凄いな」

 言いたい事は分かる。俺もそう思っている。


「ある意味で山崎の仲間であり、別の意味では山崎の対極にあるアレだな」

「それはどういう意味よ。センターフェンス裏に呼び出されたいの?」

 俺の素直な一言に、山崎から物騒な言葉が飛び出した。


「見た目だけなら完全に反対側の存在でしょうが。あんなガチムチ筋肉」

「すいませんでした!!」

 素直に頭を下げる。


 山崎はこう見えて、自分のスタイルには相応の自信を持っている。それも女子的な意味で。もちろんちょっと力を入れれば腹筋は見事に割れるし、上腕、背中、太ももその他と、筋肉は相当に鍛えているのだが、適度に表面に脂肪をまとっているため、ちょっと見には筋肉女子には見えない。胸部のボリュームは水爆級だしな。まあ、筋肉がいっぱいついているから、くびれはあってもウエストはそんな細くないし、体重はけっこうあるのだが。

 そしてその反面、こいつは女子の筋肉総量というものに対して、多少のコンプレックスというものを持っている。自分がもしも男だったら、無敵の肉体に仕上げてやるのに、と言っていたのは、いつの事だったか。


「大槻センパイ!!あの3人のプロフィール的なやつのファイルは?」

「あるわよ。……ええと、これね」

 山崎のリクエストに、大槻センパイがPCを操作して動画を切り替える。


『――ウチらの長所はパワーと長打ですから、積極的にホームラン狙っていきます』

 日に焼けた、首も腕も筋肉で太い男が、爽やかに笑っていた。


「前回のオーダーで3番を打っていた、2年の『円谷 仁』選手です。身長185センチ、守備位置はセカンド。左打ち。趣味は筋トレ、好物はココア味のプロテインですって」

 ボディビルダーか。ファイルが切り替わる。


『――ウチは打撃で勝ってきましたんで、甲子園でもバンバン打っていきます!!』

 日に焼けた、はちきれんばかりの筋肉でユニフォームの上着を膨らませた、首周りの太い筋肉男が、ニカッと笑ってコメントしていた。首周りと二の腕の筋肉の太さが凄い。このままオイルを塗ればボディビルコンテストに出場できそうだ。


「前回のオーダーで4番を打っていた、2年の『万代 栄輝』選手です。身長185センチ、守備位置はキャッチャー。左打ち。中学の時に、全国ボディビルコンテストのジュニア部門で優勝した事があるそうよ」

 どうやら本物だったようだ。ファイルが切り替わる。


『――パワーは全国一だと自負してます。甲子園の本塁打数記録の限界を作りたいですね』

 きれいな小麦色に焼けた、それでいて首も腕もパンパンに太い筋肉イケメンが、真っ白で奇麗な歯並びの歯を見せながら、輝く笑顔でコメントしていた。


「前回のオーダーで5番を打っていた、2年の『クレヴァー・将人』選手です。身長188センチ、守備位置はショート。左打ち。中学生の時に、全国ボディビルコンテストのジュニア部門で、準優勝した事があるそうよ。ちなみにその時の優勝者が万代選手ね。あ、あと彼は父親がドイツ人、母親が日本人のハーフで、クレヴァーは父方の苗字です」

 こいつも本物のボディビルダーだったか。あとやはりハーフだったのか。


 大場高校の打線の主力は、このパワー系筋肉3人衆。他の部員も普通に打って得点を取れるが、この3人でまとめて点を入れ、有無を言わせず打点で試合を乗り切るスタイルだ。

 ――なんか、弘前高校と特色が似ているんだけど。違うのは、山崎みたいな化け物ピッチャーがいない事だが。しかし。


「クリーンアップ3人が全員左打ちで、全員が長身のガチムチなボディービルダーって、何なのこの連中」

 全部員を代表して、おそらく全員が思ったであろう感想を口にする。


「間違いなくこの連中、今大会有数のイロモノ集団ね」

 山崎が言った言葉に内心うなずきながら。


 他所のチームに、弘前高校野球部がどのように思われているか、そんな事を考えて。あまり人様の悪口を言うものではないな、などと考えるのだった。

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