第57話 試合が終わり、抽選待ちの間に
『7対5で、弘前高校の勝利!!お互いに、礼!!』
「「「「ありがとうございました――っ!!!!」」」」
球審の声に、弘前と関東総合の選手の声が続く。
10名の列と、18名の列の選手達が、帽子を取って礼をする。延長13回に及ぶ試合は終わった。安堵の表情を浮かべる選手、泣きそうなのを必死に堪える選手。互いの応援団の前に立ったとき、彼らの気持ちはこぼれ出すのだろう。帽子をかぶり、互いに相手チームの選手と握手を交わしていく。
「鈴木さーん!!握手あくしゅ!!」
山崎が鈴木選手を捕まえていた。鈴木選手の手を掴み、ブンブンと振り回している。
「シェイクハンド!!シェイクハンド!!」
などと言いながら手を振り回している。手を離そうとする様子が無い。
「いやあ、惜しかったですね!!」
山崎が何か言い出した。周囲の弘高ナインが、ぎょっとして山崎を見る。こいつ負けた側の最後の投手に、何を言い出すつもりか、と。
「投げ損ないは技量の不足。来年に期待しますよ!!」
「山崎お前もう黙れ」「すいませんすいません」「こいつ時々バカになるんで」
山崎が暴言のような何かをナチュラルに言い出したので、近くの仲間が山崎の言葉を遮るようにして鈴木選手に謝る。北島こいつ何とかしろ、という視線も飛んできた。
「今度会った時は、『シェイクハンド鈴木』と呼ばせてもらいましょう」
未だに鈴木選手の手を離そうとしない山崎が、何か変な事を言っている。
「今度は投げ損ないを見せないように、お願いしますねー?」
ひゃぁあああああ、と弘高ナインが声にならない悲鳴を上げて、山崎を本当にどうにかしなきゃならない、と思った時。
「来年には、完成版の、シェイク――見られる事を、期待してます」
山崎の一言で、両校選手の動きが止まった。そして、鈴木選手が口を開く。
「――次の夏までには、完成させておくよ」
「それは楽しみです。それではまた、よい試合を」
山崎が手を離す直前の言葉は、年越しの挨拶みたいになっていた。
※※※※※※※※※※※※※※※
「シェイクか。鈴木さん、ナックル系変化球を極めるつもりか?」
甲子園から宿へ戻るバスの中、俺は山崎に問いかける。
「少なくとも、未完成のシェイクもどきを投げてはいたわねぇー。ナックル系はミスれば棒球になる博打のボールだけど、がんばって来年までには成功率を上げて欲しいかな」
などと返してくる山崎。へへへ、と笑うのは好敵手と言える相手を見たからか。
シェイク。ナックル系変化球の中でも、とりわけ意味の分からない変化をする変化球と言われるやつだ。左右への不安定な揺れに加え、前後の揺れも加わるという。風などの周囲環境によっては投げられないとも言われ、失敗すればただの棒球になるとも言う。
現存する変化球の中では、ほぼ間違いなく『魔球』と呼ばれる球種であり、プロ選手の使い手は全世界でも片手に収まるというウワサだ。……だからと言って、『シェイクハンド鈴木』では『握手の鈴木さん』になっちゃうだろう。そこはシェイカーとか何か、こう。甲子園の変態、よりはいいと思うけどさ。
「まぁともかく、これでプレミア感倍増!!の、再抽選権ゲットよね!!ひとまず休んで、キャプテンのクジ運の結果を待ちましょうか!!」
「お、おお」
昼ごはん何があるかなー、と言っている能天気な山崎とは対照的に、山崎が評するに『最高のクジ運男』であるキャプテンの動揺しまくりな声が聞こえた。
朝一番で本日の試合をこなした弘前高校の後に、本日は第4試合まで行われる。第1試合である俺達が延長13回まで行ったので時間的に少々心配されているようだが、今季の夏大会はすでに1日目の日程でナイター戦までやらかしているので、今更である。
今日の4試合を終了すると、準々決勝の8校が決定し、試合後には組み合わせ抽選が行われる。次も勝てばまた準決勝組み合わせの抽選が発生するが、そこまで行ったらどこと当たっても同じだろう。まぁ、ベスト8というだけでも、もう全部強豪校のはずなので、キャプテンもあまり緊張しないで欲しい。昼飯を取って休んで風呂に入って、それから夕方の試合でも観戦しながら、その時を待てばいいのだ。
ちなみに翌日が試合日である。
休養日は準決勝の前と決勝の前に組まれているだけなので、我々のように連日試合になる学校が発生する。これでも昔に比べれば余裕を持たせてもらえた方なので(昔は休養日なんて無かったそうだし)文句を言うところじゃないが。それに俺達は朝一番の試合だから、いちばん休めるわけだしな。そもそも、俺達が相手の対策をどうこう考えるよりも、俺達と当たった相手校の方が対策会議に追われる(会議が紛糾する)事は間違いない。自分で言うのもなんだが、今季の大会で最も訳の分からない出場校、それが弘前高校だ。
宿に帰り、2試合目の中継を流し見ながら間食を取り、昼飯を食い散らかしてから温泉に入る。昼寝をして起きて、夕方の4試合目の中継を流し見ている途中で、キャプテンは抽選会場へと向かっていった。そして。
「……負けたか」「相手は有名校だしなぁ」
本日の4試合目は、同じ宿の岩滝商業高校の試合だった。
45年ぶり2回目の出場である岩滝商業は、大半の野球関係者の予想を裏切るような形で初戦と2回戦を勝ち進み、本日の3回戦を迎えていた。1回勝つ毎に、宿の中で見かけると『勝ったね。やったね!!』『お互いにね!!』みたいな感じで言葉を交わしていたものだ。
あちらに言わせると、初出場の弘前が勝つたびに、自分達も頑張ろう!!という気持ちになった、という事なのだという。
今日の試合で岩滝商業が勝てば、抽選結果次第では同じ宿の学校同士での対戦が成立した事だろう。しかし岩滝商業は負け、おそらく今日の夕方には宿から居なくなる。
時々館内通路や食堂、プールや駅前の売店で、ちょこちょこ見かけて話をするくらいの仲だったが、同じ宿の仲間が居なくなる、というのは。――少し、寂しく感じた。
「お見送りしよっか」「……ちょっと声掛けるくらいは」「だな」
それから1時間も経たず、岩滝商業は宿に戻ってきた。これからチェックアウトの準備にかかるのだろう。少し皆と相談して、仕事が終わるのを待ってから声をかけよう、と決める。
※※※※※※※※※※
チェックアウト直前の岩滝商業の生徒の中から、顔見知りの生徒を発見して声をかける。特に悲痛な表情の生徒はいなかった。45年ぶり2回目の出場で、ベスト16なら上出来だ。そう言って笑う余裕もあったくらいだ。次は20年後くらいにベスト8かな、みたいな事も。
『その点に関しては弘前はまだ1回目だし、来年も気楽だね!!』
とか山崎が言ったら。
『あれだけ派手な試合やっといてそれはどうなの』『山崎さんがいる限りちょっとそれは』
とか、すかさずツッコミみたいな声が返ってきた。それに対して山崎は『解せぬ』とだけ言っていたが。そして互いに最後に礼をして、お別れとなった。
『早くしないと、大変だからさ』『機会があれば、また』
そう言って、バスに乗り込んでいく岩滝商業高校。
「そうかぁ。あっちも久しぶりの出場だもんね。お金が厳しいのかな」
「……何言ってんの?」
山崎の一言に、思わず素で質問を返す俺。
「そりゃもちろん、宿代食事代でしょ?夕方の食事だけでも切り上げれば、その分安く上がるし、返ってくるキャンセル料金が増えるんじゃない?」
「……ああ、まあ、そういう実情もあるんだろうなぁ。でも、他の理由もあるぞ」
えぇー?と、山崎が首を傾げる。こいつ忘れてるな?ポチポチ、とスマホを操作して、山崎の前に突き出す。
「……あー、忘れてた。そういや、近かったんだっけ」
「速度アップしたってさ。明日は厳しいんじゃないか?」
実施されたら、そりゃ歴史に残る面白試合になるとは思うけど、普通に考えて無理だろ。
スマホの画面には、気象情報。台風14号の速報ページが表示されている。
中型で速度の速い台風14号は、沖縄を避けて九州をかすめ四国を直撃、本州を横断して日本海へ抜けるコースを取っており、関西地方が暴風圏に入るのは、今日の夕方から明日にかけて。明日の午後までは降雨と暴風により、関西方面は軒並み、大雨・暴風・洪水・雷・土砂災害警報で埋め尽くされる予想。
「……岩滝商業って、どっち方面?」
「西日本エリアだよ。早く帰らないと高速道路の移動が危ないんだよ」
そりゃ大変だわー、と言う山崎。もちろん第4試合を終了まで見ていた両校の応援団も大変だろうけど。早く帰らないと、列車も車も高速移動経路が使えなくなる可能性がある。どうやら明日の全国高校野球大会は、天候不順による予定順延になる可能性が高そうだった。
翌朝。
5時起きした俺は、館内を見て回っていた。大浴場の前まで来ると、立て看板が見える。
【 強風につき、露天風呂は使用禁止です 】
「ダメだこりゃ」
その後、朝食前には大会本部から正式に『本日の試合は翌日に延期』という事が各校に伝えられた。――本日、臨時の休養日に決定である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます