第25話 戦力分析と対策

【明星高校野球部・野球部専用ミーティングルームにて】


「――以上、前回の試合をダイジェストで見てもらった。どうだお前ら」

 監督がプロジェクターの映像を落とす。弘前高校と飯坂工高の試合のダイジェスト動画。試合は実際に見学していた。しかしあらためて見ると―――


「スタンドの女子応援が凄いっスね」

「次にボケたら罰走だぞ木村」

 ははは、と部員の笑い声が聞こえた。


「…冗談は置いといて。打撃はなかなか・・・・やりますね。ウチの投手陣でも、完封は無理っスわ」

「なかなか、ときたか。自信ありげだな」

「もちろんですよ。飯坂のピッチャーとは同列にせんでください」


 明星高校のエースピッチャー、木村 大志。2年。190センチを超える身長を生かしての振りおろすようなオーバースローの速球と、キレのいい変化球を武器にしている。1年の時からレギュラーでエース。前年度の明星高校の進撃の主力と言ってもいい。前年はチームの打撃が不振だったため甲子園では勝ち進めなかったが、投手力としてはベスト4に入るとも言われていた。プロのスカウトも注目している逸材だ。

 もっとも、本人もそれを自覚しているためか、少々天狗になっている。公的なインタビュー等ではおとなしくしているが、部内ではこの通り、お山の大将的な振る舞いだ。


「ふん。弘前の4番はどうだ?」

「…そうっスね。まぁ、なんとかなるんじゃないスか?インハイのビーンボールを避けずに打ち返した反射神経はなかなかですけど、逆に言えば余裕で避けれなかった、って事でしょ。打ち気に焦ってボールを選べない1年坊なら、揺さぶればどうにでもなりますよ」

 木村の言葉を聞いて、監督は『ふぅん』と言って先を続ける。


「では5番はどうだ」

「1回の満塁ホームランは出来すぎっスね。打席2回目以降がいつもの調子じゃないっスか?ボールの見極めは少し上手そうでしたけど、2番3番とたいして変わりはなさそうでしたよ。変化球主体で攻めれば全然問題ないっス」

 ふぅむ。と監督。


「それじゃ1番はどうだ?」

 ここで少し間が空き、そして木村は答えた。


「打ちますね。4番の次に打てるんじゃないスか?でも所詮は女子でしょ。まぁ、女子にしては凄ぇんでしょうけど、それでも女子の限界を超えることはできんですよ。4番と同じつもりでやれば、問題はないと思いますね。基本的にミートが超上手い打者、って感じっスね。1番打者としては優秀でしょう。ホームランを打てるんだからパワーもそこそこあるんでしょうが…打ったのは女子校と飯坂でしょ。まぁ、弘前には、今までの試合とは違うって事を、教えてやるまでです」


 木村は自信満々だ。

 確かに。弘前の打撃力は大したものだ。しかし、ウチの木村の球を自在に打てるようなものではない。なにしろ木村は変化球もさることながら、高校球児ピッチャー屈指の速球の持ち主だ。この間の計測では、156キロをマークした。そしてこれはまだ成長途中。高校卒業後に即プロ入りするかはまだ不明だが、いずれ速球の速度は160キロを超えるとさえ言われているのだ。

 いざとなればパワーで押し切れる。その自信がこの態度に表れている。


「ふぅむ…。まぁ、確かにな。どちらにせよ、詳細なデータが無いのが弘前だ」

 弘前高校には前年度以前のデータが無い。


 なにしろ弱すぎたのだ。部員のメンバーも高校野球はもちろん、中学野球の成績もたいした事がないため、選手情報のアーカイブにろくにデータが無い。

 ついでに打撃で勝ってきたと思える弘前高校の主力と言える、1番4番のデータもまるで無い。4番は中学野球リーグに在籍していて多少はデータがあるが、特に派手な戦歴を残しているわけではなく、高校野球スカウトの対象外だったそうだ。

 加えて1番は中学野球の選手として登録された記録が一度もなく、まったくデータが無い。どこで何をしていたのか、現在進行形で調査中だ。もしや、あれだけの打撃力の才能を高校で開花させたのか?

 弘前高校の監督は、相当な指導者という事なのだろうか?ならばなぜ前年度まで結果が出せなかったのだ?選手に恵まれなかったとしても弱すぎる。不思議でならない。


「ともかく。弘前の対策は単純で分かりやすい。ピッチャーは並以上だが、ウチの打線で2打席目以降ならば、充分に打てる相手だ。弘前の内野守備はセカンド、ショートの運動能力ゆえに堅いが、外野は並以下だ。外野ならどこに飛ばしてもヒットの可能性が出る。フライのキャッチは気にせず、どんどん外野狙いで打ち上げろ。別にホームランでも構わんぞ?」

 監督の言葉に、またも『ははは』と笑い声が上がる。


「それと、弘前の打点のほとんどは1番と4番が絡んでいる。この二人の前にランナーが出ていたら、無理に勝負はするな。いいな、木村」

「――うぃっス」

 監督は、ふぅっ、とため息をついて。


「1打席目は黙認するかもしれん。だが、2打席目にサインを無視したらお前は交代だ。来年のレギュラーも危ないと思えよ。ベンチのサインだけは必ず確認しろ」

「肝に命じておきますっ!!」

 ははは、と笑いが聞こえて、また静かになる。


「弘前は弱くない。打撃だけなら部分的にウチよりも上かもしれん。だが、守備力、投手力ならばウチが上だ。そして弘前は選手が少ない。これ以上の隠し玉は無いはずだ。油断しなければ勝てる。各自、自分のやる事をしっかり考えておけよ!以上だ!!」




※※※※※※※※※※


【弘前高校・野球部練習グラウンドにて】


「それでは明星高校の木村くん対策の説明と、簡単な特訓を行います」

「いきなり名指しときたか」

 今日は練習前にミーティングで明星学園の試合をダイジェストで観た。


 そして山崎指示でマウンドを用意していた機材と資材で改造してしまった。現在、山崎は改造後のマウンド…いつもより高く盛り上げられた・・・・・・・・・マウンドに立って話している。他のメンバーはホーム位置に立って山崎を見ていた。


「これが木村君のようなものです」

「その、かさ上げされたマウンドが?」

 そのとーり。と山崎は言って続けた。


「木村くんの特徴は、もと野球選手のプロレスラーには軽く届かないものの、充分な高さの身長です。この身体的特徴さえなければ、彼は有象無象のピッチャーとさほど変わりません」

 微妙に分かりづらいたとえな上、評価が酷い。


「ですがその身長がゆえ、彼の球は打ちづらく、パワーも乗っている。優秀なピッチャーと評される所以です。…今現在、このマウンドは通常よりも10センチ高く盛っているけど、ホームから見て、今の私はどう見えるかな?」

「たっけー」「10センチなのに、なんか見降ろされてる感ある」

 うんうん。と山崎はうなずき、次に腕を振り上げる。


「そしてオーバースローの腕の位置。ちなみに私の身長からすると、木村くんの場合、もうあと10センチは高くから投げ込まれるんだけど?」

「「「おおおお―――」」」「「こりゃ高い」」

 ホントに高く見える。いつものピッチャー、170センチから180センチ手前のピッチャーの投げるスリークォーターの腕の位置と比べると、もう全然違う。


「もちろん通常のリリースポイントはもっと前だから低くなります。でも、彼はこの身長を生かしての、高位置のリリースからの高角度投法を織り交ぜ、加えて全力の速球とチェンジアップを使用し、打撃スイングのタイミングを幻惑する投法を駆使しているようです」

 身長を生かした投法という事か。木村くん…かなりできるんじゃないか?


「加えてもう一つ。彼は速球とスライダー、シュートをメインとしているという情報が入ってきていますが、おそらくは隠し球的な奥の手として、ドロップカーブを得意としているはずです。これはあくまで予測ですが、これを覚悟しているのといないのとでは、打率がだいぶ違うでしょう」

 山崎の言葉を聞いて少し考えた後、山田キャプテンが手を挙げた。


「はい山田キャプテン」

「…ドロップカーブを得意…いや、決め球としていると、どうして思うんだ?カーブはカーブだし、ドロップカーブ打ちなら練習してるから、それほど注意が必要とは」

 ちっちっちっ。と言いながら山崎が指を振る。


「じゃあ試しに、オーバースローのドロップカーブを投げてみましょうか。変化量はいつも通りの、縦変化の落ちるカーブを」

 ――そして山崎が投げた、オーバースローのドロップカーブを見て、皆が絶句する。


「「「なんだ、この落下角度と変化……」」」

「この縦変化ですが、いわゆる『宜野座カーブ』がこれに近いものだと思います。ですが、高身長のピッチャーが縦変化に拘ったカーブを投げると、こーいう事になるんですよ。昔、ピッチャーマウンドが現在よりも高かった時代、カーブが猛威を振るった所以です。カーブという変化球は、もともと山なりに飛び出して落下しながら変化しますよね?つまり、リリースポイントの高さが高くなれば高くなるほど、上から高角度で急速落下してくる変化球になるんです。…もっとも、この投げ方は肘に負担がかかるので、そんなに数は投げられないはずですが…決め球としては充分でしょう」

 確かに、これだけ違うともう別物だ。まったく見た事のない変化球と言っていい。

 俺や山崎はともかくとして、他のチームメンバーが初見では打てるわけもない。


「このカーブの打ち方は、可能であるならアッパースイングです。打点の許容範囲が違いますからね。フライ捕球は気にせず、外野狙いでいきましょう。それじゃ高高度からの落下球打ち、ちょっと練習してみましょうか。少しでも慣れておけば、かなり違うと思いますので。…さぁ、順番に並んでー。いくわよー」


 そしてキャプテンが防具をつけて構え、打者がバッターボックスに入ると、山崎が投げる。山なりに飛び出したボールは――――って


「わー!!」「「「「なんじゃこりゃ―――!!」」」」


 ボールは数メートル…いや、もしかすると10メートルは高く飛んで放物線を描き、落下しながら重力加速するとストライクゾーンへ鋭角で突っ込んでホームベースで弾み、キャッチャーマスクにぶつかって飛んでいった。山田キャプテンが慌てて混乱している間の事だった。


「再現型『消える魔球』超高高度スローカーブよ!!」

「魔球投げんな!!再現型魔球はドリームスボールだけにしろよ!!」

「「何これ何これ」」「「「魔球とか持ち球にあったの?!」」」「「意味わかんねぇ」」

 部員より『説明を要求する』との声が上がった。


「まぁー、悟は特訓に付き合わせたから知ってるんですけど。以前、【漫画に出てくる魔球を再現するキャンペーン】を組んだことがあってですね?」

「「「その時点で意味わかんねぇ」」」

 その気持ちは分かる。でもロマンがあるんですよ、魔球って言葉の響きに。


「まぁほとんどの魔球は再現に失敗したんですけど、かろうじてそれっぽく再現できたのが、ドリームスボールと、超高高度スローカーブでしてね?」

「「「ドリームスボールって何」」」

「…あー。雲雀ヶ丘の試合、いちばん最後に投げたボールっスよ。再現型ですけど」

 皆の質問に俺が答える。


「ドリームスボールってのは、アンダースローから投げられる変化球なんですけど…まぁ、2段階くらいに変化するんですけど、2段階目にスクリューボール(シンカー)に変化するんですよ。で、再現型ドリームスボールってのは、アンダースローから投げるシンカーで。まぁ普通アンダースローからシンカー投げるってのが無茶苦茶なんで、変な投げ方になるんですけど…初見じゃちょっとまともに打ちかえせませんね。空振りもしますよ」

「「「ほぉぉ―――」」」

 感心しているところ悪いんですけど、続きがあるんですよ。


「ちなみに最後のボールでこのボールを選球したのは、元ネタの漫画で投げる投手が、試合のラストイニングの1球だけリリーフする球っていう設定があったというだけの理由だと思います。ただの気分ですよ絶対。あと肘に負担がかかりすぎるので実用には向きません」

「何いってんの!それがロマンでしょ!!元ネタ漫画だって女性プロ野球投手じゃん!!あたしが投げなくて、いったい誰が投げるってのよ!!」

 お前はロマンと命を引き換えにできるタイプだもんな。お前なら投げるよな。


 うがー!と吠える山崎。俺はさらに説明を続ける。


「そしてさっき山崎が投げたのは、『消える魔球』の一種です」

「「「消える魔球」」」

 魔球の代名詞みたいなやつですよね。野球盤とかの地面にもぐるやつとか。


「ものすごく山なりにスローカーブを投げることにより、超高高度から加速しつつ落下してきて、カーブの変化も若干起こす、というボールなんですが…あまりに高角度のため、ボールを眼で追うと、太陽の逆光にボールが隠れて見えなくなってしまうという」

「「「ああぁ―――」」」

 なるほどなぁ、とうなずく皆。でもまだ終わりじゃないんだよ?


「ちなみに雲で太陽が隠れてしまったり、暗くなると消える魔球ではなくなるんですが、暗くなったら暗くなったで、夜間照明の光にまぎれてボールが消えてしまうという。…なお、高高度から重力加速して落ちてくるため、球が見えてもすんごく打ちづらい」

「「「おおぉ―――」」」

 みんな感心してるなぁ。でもオチがあるんですよ。


「でも現実に使用するとなると欠点がありすぎて使えません」

「「「どんな?」」」

「まず少しでも風があると使えません。精密すぎるコントロールが必要なためです。…そして使えない最大の理由ですが、普通の審判がストライクと判断してくれる可能性が微妙だという理由です。いちおう理論上はストライクゾーンを通過するはずなんですけどね?視界から消えたり、見上げる角度から落ちてきたボールが正確にどこを通過したとか、ボールの軌道もよく分からないのに判定が正確にできると思います?」

「「「あああぁ―――」」」

 現実に使える変化球ってのは、審判に判定できる事、っていう制約があるんですよ。


「ちなみにその他の消える魔球とか分身する魔球とかは、テストする前にボーク確定なのが分かってたんで、話になりませんでした。昔の魔球漫画ってのは、その辺を無視しないとダメだったみたいですね。あと、現行のルールには即してないのかも」

「今はそんな事は問題じゃないでしょー!!要は高角度のドロップカーブ打ちの練習ができればいいのよ!!さぁ次よ次!太陽は頭上じゃないし風もない!この超高高度スローカーブが打てれば、たかが身長190の宜野座カーブもどき、楽勝で打てるから!!」

 などと山崎は吠えたが。


「「「いや、さすがに落下角度が非現実的すぎて参考にならない」」」

 との突っ込みを受けて、しぶしぶ宜野座カーブっぽい高角度リリースのドロップカーブを投げる事にしたようだった。皆が何度か練習して、それなりに感覚をつかんだ時。


「まだもう一仕事あるわよ!!」

 山崎がマウンドで腕を振り回していた。


「木村くんは速球も得意です。『俺様の156キロは誰にも打てないぜフヒヒ』などとうそぶく天狗マンと聞きました!!皆さんは150キロ台の速球打ちなら未完の最終兵器で慣れっこでしょうが、せっかくなのでこの改造マウンドから投げられる160キロに少し慣れておきましょーか!!」

「ひぎぇ!!」

 キャプテンが何か巨大な乗り物に潰されたような悲鳴をあげた。


「心配しなくてもジャイロは投げませんよ、キャプテン。あと、最新式の衝撃緩衝シート、ミットの中に仕込んであるでしょ?いい加減に慣れてくださいよー」

「手は大丈夫だよ、手は。…大丈夫じゃないのは、心の方なんだよ…」

「そりゃそうと、山崎」

 ちょっと気になったので聞いてみる。


「何よ」

「さっきから木村くんを名指しで目の敵にしている節があるが、理由でも?」

 ふむん。と少し鼻息。山崎、お気にいりの腕組みポーズで言う。


「木村くんは明星のエース。必勝を期したこの試合、先発かもしくは早い段階での交代ピッチャーとして出てくるに違いない。木村攻略は明星攻略につながる重要事よ。彼を打ち砕くことができれば、ウチの得意の打撃戦で、ウチの勝率が上がる。これは必要な事なの」

 うんうん。と俺はうなずいて。


「で、本音は」

「上背があってちょっとパワーがあるくらいで得意になりやがって気に入らない。あたし以上に注目されてるのが気に入らない。知ってる?こないだのWeb速報のインタビューと記事欄の大きさ!なんであたしが小さな小さなスペースで、木村が1ページ丸々なのよ!下馬評だって『明星に対し、弘前がどこまで健闘できるか』『木村くんの奪三振ショーに期待』みたいなのばっかし!あと有象無象どものあたしに対するコメントは相も変わらず、『おっぱい!おっぱい!』お前らいい加減にしろー!って言うしかないでしょー!あたし前回の試合で全打席ホームランでしょ?ホームランバッターとして注目できないの?!だいたい木村のやろう、『いずれ160キロを超えるボールを投げたいです』ですってぇ?県下最速の肩?!井の中の蛙、下の句はナシってのは、お前の事だぁあああ!!!!」

 だんだんだん、とマウンドで地団駄を踏む山崎。


 そんなこったろうと思った。


「叩き!!潰してやる!!その天狗になった鼻っ柱、へし折ってくれるわー!!これこそが正義!正義は我らにありや!!」

「これって正義?」「出る杭を打ちにいってる山崎の図」「すでにしっかり立っている杭を地面に埋め込もうとしているな」「パイルバンカー山崎」

 あ、最後のやつ少しかっこいいな。


「お笑い芸人みたいな名称つけるな!!」

 やっぱカッコいいのは無しで。


 どうしてこいつはこう、反面教師っぽい一面を必ず見せるんだろうか。

 やる気があるのはいいんだけどね。練習もできたし。

 私怨に燃える山崎が、やりすぎなきゃいいんだけど。

 俺は漠然とした不安を覚えつつ、さっきのドロップカーブ打ちのイメージを復習した。


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