第24話 県予選準決勝・応援団のチカラ
本日も快晴。グラウンドも俺たちも、コンディションは上々。県営グラウンドに、F県ベスト4が集まる。午前の第1試合は俺たち弘前高校の試合。午後からは第2試合が組まれている。もちろん、俺たちは勝利し、午後の試合の勝者が俺たちの決勝戦の相手となる。
そのつもりで球場に来た。必勝の気合いである。チームメイトの気合いもMAX状態。皆、必ず勝つぞと、最高のプレイをするぞと。もう気合い乗りまくりだ。
なにせ、今日は念願の応援団が(父母会除く)バックについているからな。
…そのはずだ。本当に来るよね?ドタキャンしないよね?
ベンチを抜けて、頭上の観客席を見る。と、そこには。
『がんばってー!』『今日は応援がんばるからね!!』『いえーい!!』
俺たちを見て口ぐちに声援を送る、30人以上の女子集団がいた。
ちなみに父母会は隅っこの方でおとなしくしていた。今日は完全に脇役だな。
「「「「おおおお……」」」」「「俺たちの、応援団…」」
感無量である。女子率100%の応援団(父母会は意識の外である)。男子運動部員の夢。
『ほんとに男子だ!』
なんか変な事を言ってる女子がいた。ラクロスのユニフォームを着ているな。お嬢さん、男子を見たことがないのかな?
「やっほー」
ベンチから出てきた山崎が手を振る。
『山崎さーん!がんばってー!!』『応援するよー!!』『期待してるよー!』
『えええ?なんで山崎さんがそこにいるの?!』
山崎に声援を送る女子に混じって、また変なリアクションを取る女子がいた。さっきの女子だな。そりゃここにいるよ?だってウチの秘密最終兵器だもの。
どういうことなのおおたきー!
なんかさっきの女子が野球部キャプテンの大滝さんに詰め寄っていた。
何があったのやら。
※※※※※※※※※※
「さぁて。今日の相手は、前年度にも県予選ベスト4に残った野球実力校との評価も高い、県立飯坂工業高校。しかし。ある意味で、私たちはすでに勝利している」
山崎がベンチ中央から相手校を見て、ドヤ顔で言った。
「言わんとしている事はわかる」「俺たちの勝ちだ」「相手が哀れに思えるな」
「これが持てる者の奢りか…自戒が必要だな」「今は優越感に浸りたい」
チームメイトも山崎に続いた。わかる。それは分かる。
飯坂工業高校。歴史ある、生粋の工業高校だ。
日本の伝統的な工業高校にはよくある事だが、女子率が壊滅的に低い。昨今はだいぶ変化しているという話も聞いたが、基本的に、日本では共学でも工業高校の女子率は低く、ほぼ男子校という所もある。反して商業高校は同じ実業高校のカテゴリでも女子率が普通の進学校に近く、普通に共学の雰囲気なのだという。
飯坂工高は野球実力校の名に恥じず、応援団も相応だ。準決勝ともなれば組織だった応援団が組織されているらしく、飯坂高の制服姿の応援団が50人は並び、ベンチ入りできなかった野球部員らしきユニフォーム姿の応援も同じくらいいる。
しかし前列近くの数人の女子を除き、ほかはすべて男子である。
かたや当方。弘前高の応援団は40名ほどで飯坂工業の応援団の半分程度だが、こちらは純度100%の女子学生応援団である!心なしか飯坂ナインの羨ましそうな視線が痛く、それが何やら心地いい。なんか人間がダメになりそうな快感。ふはは!これが普通共学高パワーだ!!
…などと言いたいところだが、実際は女子校パワーである。詐欺も同然だ。
「これで応援が始まれば、相手チームの顔はヘイトに歪むでしょうねぇ」
ふひひ。山崎の笑い声が聞こえる。
「ふひひ」「ふひひひ」「ふひひひひ」
仲間の笑い声も聞こえた。邪悪に染まりつつある俺たち。ダメだ俺ら。でも今日だけはこれでいこう。
※※※※※※※※※※
飯坂工業高校野球部はトータルバランスの高い、突出した特徴のない、言いかえれば隙の無いチームだ。そのため特にオーダーをいじる事はなく、今回のオーダーも前回とほぼ同じ。違うのはピッチャーを控えの前田からスタートする事だけだ。岡田(先輩)の疲労うんぬんよりも、前田の経験を積ませるのが目的である。その代わり、多くても3イニングで交代する予定となっている。
つまり、1番バッターは山崎 桜からである。なお、今回も俺たちが先攻になっていた。
『せーの!』
『『『山崎さーん!がんばってー!!!』』』
キャーっ。とベンチ上の歓声に送られて、山崎がバッターボックスへと歩いて行く。
「おねがいしまーす」
山崎、礼をしてバッターボックス内に。なお、すでに【本気解禁】である。もともと準決勝からは本気を出す予定だったしな。つまりピッチャーが普通程度のボールを投げれば、無残な結果が約束されているようなものだ。
カキ――――ン!!!
『『『キャ――――!!!』』』
黄色い歓声に送られた打球は、レフトスタンドの奥へと叩き込まれた。
『なにあれ!山崎さん凄い!』『そりゃそうよ!山崎さんだもんね!!』
分かるようで分からない会話が聞こえた気もした。さっきの女子かな。
そして黄色い歓声に迎えられて、山崎が戻ってきた。
「さぁ者ども。あたしに続け!黄色い声援はあたし達のものよ!!」
「おっしゃぁ――!!」「塁に出ろよ西神!」
気合充分で2番打者の西神(先輩)がバッターボックスへと。
『せーの!!』
『『『西神くーん!がんばって――!!!』』』
オーダー票の写しが応援団に渡っているな。これが続くわけだ。
心なしか飯坂ナインの顔が苦悶に歪んでいるような気もする。さぞや羨ましかろう。俺たちも前回はそうだったのだよ!ははははは!!!
2番の西神(先輩)はシングルヒット。3番の古市(先輩)もシングルヒット。ノーアウト2塁1塁で、4番の俺。
『『『北島くーん!がんばって――!!!』』』
ひゃっほう。気持ちい―――!最っ高にハイになれるぜ!!
【覚醒】――。ピッチャー、セットアップから投球する。しかしボールは…あれ?頭に飛んでくる?すっぽ抜けやがったなこの野郎!!ちょっと待てよ!このコースは………
カキ――ン
うちの打撃ルールでは、死球打ち返しが基本なんだよ!くそぅ、無理やりだったから長打にならなかったじゃん!!せっかくの見せ場だったのに!!
4番の俺もシングルヒット。どの走者もフォースアウトにならなかったため、ノーアウトで満塁というシーンになった。5番、キャッチャー山田キャプテン。
『せーの!』
『『『山田くーん!がんばって――!!!』』』
――後に、山田キャプテンは語った。
あの瞬間、あの打席。俺は輝いていたと。はじめての女子の応援を。歓声を受けて。満塁という絶好の機会で、しかし大きなプレッシャーを感じる場面で。俺は昂揚感で満たされていた。手に震えはなかった。ただ、体が一回り大きくなったような興奮、気力が俺の体を動かしていたと。ピッチャーの投げる球がやけに遅く感じた。どこを球が通過するか確信した。俺はそれを、持てる力の限りに打ったのだ、と。
それって、山崎用語で【覚醒】っていうんですよ。
カキ――――ン!!!
山田 次郎。高校野球はじめてのホームランは、満塁ホームランだった。
女子の声援スゲェな。やっぱ若い男には女子の声援かぁ。
※※※※※※※※※※
「さて皆の衆」
山崎が口を開いた。試合は進み現在は4回裏が終了し、5回の弘前高の攻撃が始まるところだ。飯坂工高はだいたい守備位置についた。キャッチャー防具をつければ、投球練習を数回行って、5回のイニングが始まる。
「今回の試合、途中経過の感想はどう?」
「めっちゃ気持ちいいです!」「応援最高です!!」「試合が終わるの惜しい!」
そういう感想を聞いてるんじゃないと思うよ。少し正気に戻れ。
「それは重畳。で、相手チームの感想はどうかな?」
チームメンバーの気分を害することなく、山崎は質問を正確に繰り返す。
「あんまりキツくない」「トータルのレベルは高いんだろうけどさ…前回よりも楽」
「内野守備はヌルいよな!」「球速が速いぶん、当たれば飛ぶし。楽だなぁ」
山崎はうんうん、と頷いて。
「でしょうねぇ」
スコアボードを見る。
弘前 5321 |11
飯坂 1021 | 4
去年のベスト4相手に、ちょっと点が入りすぎなくらいに入ってる。というか、ウチの県の県予選は、決勝以外はコールドゲームが有りなのだ。このままいけば10点差以上をつけて5回コールドもありうる。これが女子の声援の効果であるとすれば、今日の試合のMVPは間違いなく雲雀ヶ丘女子応援団のものだ。いや、それを引っ張ってきた山崎か?
あくまで弘前高の主観ではあるが。率直に言って、雲雀ヶ丘の方が強い。内野守備を抜けるかどうかというのは大きい。それに山崎と俺を一度も敬遠していない。山崎は3打席すべて、俺は2打席でホームランを打っている。飯坂工高を悪く言うつもりはないが、慎重さが足りない。判断ミスだな。女子に敬遠はできない、という心理もあるかもしれないが。こりゃ監督は叱責ものだ。
そして5回の打順はまた山崎から。
『せーの!!』
『『『山崎さーん!また打ってぇー!!!』』』
もう山崎だけ声援が違う。女子のヒーローだなぁ。
飯坂にとっては悪夢だと思う。全打席ホームランの女子。どうする?敬遠するの?
カキ―――ン!!
『『『きゃ―――!!!』』』
あーあ。勝負しちゃった。外角低めのボール球だったけど、柔らかく腕伸ばせば山崎の身長でも届くし。女子のパワーじゃないんだよな。ライト方向への流し打ち。しかし飛距離は充分。ボールはライトスタンドに突き刺さった。
「これで8点差か。哀れなものよのぉ」「愚かなり飯坂工高」「もはや先は見えた」
女子の声援でちょっと調子に乗りすぎじゃないですかね、ウチのチーム。
でも結局、5回の攻撃でもう3点追加して11点差に。飯坂応援団の悲壮な応援をバックに必死の反撃をする飯坂工業高校だったが、5回裏に返せたのは1点。
弘前高校 対 飯坂工業高校、15-5で弘前高校が勝利。
【試合結果】(10点差により5回コールド)
弘前 53214 |15
飯坂 10211 | 5
「「「「応援、ありがとうございました!!!!」」」」
わーっ。と歓声とともに拍手。今日は人生最良の日かな!!
反して飯坂工業高校サイドは通夜も同然。なんか泣き声まで聞こえる気がする。でも仕方がないのだ。これがトーナメントなのだ。悔やむなら自分の技を、恨むなら監督の判断ミスでも恨んでくれぃ。山崎と勝負させる愚かさをな。
ほんと山崎が味方で良かった。
※※※※※※※※※※
「じゃあ山崎さん、私たちはこれで帰るから」「またねー」
「決勝も都合がつく子を集めて応援に行くよ!!」
「そこんとこよろしくね!ウチの男ども、かなり調子いいから!!」
更衣室で着替えを終えた後、山崎が雲雀ヶ丘女子と話していた。やったぜ!また女子応援団があるかもな!!
この後は昼食を取って、午後の第2試合を見学してから帰る。この試合の勝者が、俺達の決勝の相手となるのだ。ちゃんと見学しておきたい。
俺たちの試合も、午後の試合の両校が見学していた。もちろんフルメンバーではなかったが。その代わりに録画部隊を両校とも完備していた。さて、俺たちはどう映ったか。
去年の県予選ベスト4を5回コールドにした打撃力は評価されているだろうな。さすがに打線の見直しはしたいところだが…ウチは人数が少ないし、小細工の余地がほぼ無い。考えるだけ無駄かも。
「せんせー!平塚せんせえー!!」
「なんだ?山崎」
山崎が平塚監督(顧問教師)を捕まえていた。天を衝かんばかりに片手を挙手。
「お化粧はどのくらいまでOKですか?」
何を言ってるんだコイツ。遠足の『バナナはおやつに入りますか』みたいなノリで。
「何を言ってるんだ山崎」
監督も同じ感想だった。
「さすがに決勝戦!ベスト4じゃ監督にしかインタビューは無かったそうですが、ここまでくればチームメンバーにもインタビュー来るでしょ!!Web記事に写真上がるなら、少しくらいメイクしても!」
やめとけよ。イメージ悪くなりかねんぞ。
「いや普通にダメなんじゃないか?」
「いまどきの女子高生が写真撮る時にノーメイクとかただの幻想ですよ監督!あたしも試合中は日焼け止めくらいだけど、インタビューとなれば話は別でしょー!おっぱいがでかいだけの不細工とか言われるのは我慢なりません!」
「いや、山崎さん。その発言こそ聞かれたら女子のヘイト上がるよ」
ツッコミは大槻マネが入れた。
山崎はノーメイクでも充分に可愛いし、奇麗だと思うのだ。これはチームメイトもそう思っていると聞いた。傍若無人な性格はともかくとして、ビジュアル的には素で美少女なのだ。しかしこれに類する事を本人に言うと『女子の世界がそんなに甘いと思うな!』とキレられるのだ。女子の世界はあんまり知りたくないな、と思った。
「監督にもメイクしてあげますから!」
「いらないよ!」
押し問答が続いていた。
後に山崎。メイクの件はどうなったかと聞くと。
「だめだって言われた」
「だろうなー」
「しかし。日焼け止めクリームは化粧品に入りません。これをうまく使えば陰影操作くらいは可能。黙ってすっぴんなど写させてなるものか」
「抜け道はあるもんだなぁ」
女子の世界はきびしいな。
そして。
午後の第2試合が決し、俺たちの対戦相手が決まった。
『私立明星高校』県内屈指の野球強豪校であり、F県の甲子園常連校。
春の県大会の優勝校であり、昨年の夏大会の県代表でもある。
F県ファーム最強クラスの種と、雑草紛いの安物の種の激突。
それが今年の県予選の決勝だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます