閑話 ラクーンズ監督の思い

【木津川グリーンラクーンズ監督 松川 堅三 の回想】


 我々のチーム、木津川グリーンラクーンズは、いわゆる社会人チーム、それも企業野球部と言われるものだ。


 社会人リーグのチームは、おおまかに分けて2つある。ひとつは町内会や知り合いなどの同好の士が集まって作った、古き良き『伝統的な草野球チーム』であり、もう一つが我々のチームと同じように『企業が自社アピールと地域振興(という名目)のために自社の社員で構成した企業野球部』である。


 木津川ラクーンズ(ときどき『グリーン』を省略してこう呼ばれる)は、もちろん後者。木津川建設(株)という、地域でも大企業の部類に入る会社の野球部である。


 そんな社会人チームであるから、チームの実力も玉石混交というか、バラつきが大きい。実力のある上位リーグのさらに上位チームなどは、もと高校球児や大学野球の経験者で構成されているのが当たり前で、場合によっては引退した元プロ野球選手を抱えている場合もある。


 ウチのチームも元高校球児、大学野球経験者で100%構成されているガチのチームだ。

 実力も折り紙つき。毎年充分な実績を出している。というか勝って当然という重圧すらかけられる、地域の雄。


 社会人リーグは上位リーグから順に、Aリーグ、Bリーグ、Cリーグの3つのリーグで構成されており、記念大会などのトーナメント戦を除き、年間を通して総当たりのリーグ戦が行われる。そして規定回数の試合数をこなし、勝利数の最も多いリーグ上位のチームと、上位リーグの下位チームが入れ替えられるのだ。


 いまどきの若い者に説明するなら、日本サッカーリーグのJ1最下位チームとJ2優勝チームの入れ替えみたいなもの、と言った方が分かりやすいかもしれん。


 最下位リーグのCリーグは、まさに古き良き草野球チームばかり。規定回数の試合をこなせずリーグ除名になったり、新しいチームが登録されたりと変化が大きい。

 チームメンバーも町内会の子供とか若い主婦なんかが参加している場合もある。和気藹々と楽しく野球!という雰囲気だ。


 これがBリーグとなると、少し空気が変わる。勝ち残るための勝利を貪欲に求めるようになるのだ。Bリーグでも最下位のチームは別だが、Aリーグ昇格を目指すチームは本気で敵チーム(『敵』という言い方は最近聞かなくなったが、社会人リーグでは現役語だ)を叩きのめしに来る。リーグ残留だけは守りたいチームだって必死になる。


 そしてAリーグは完全にガチだ。

 リーグ降格なんて冗談じゃないし(準契約プロ扱いの社員だっているのだ)、敗北そのものが企業の体面に関わる。ウチの場合、社内報や地域誌にだって『今年も勝ってます!』とか、『連続Vに向けて邁進中!』みたいな記事は定期的に載っている。


 プロ野球チームの選手みたいな年棒は無い。だが、遊びじゃない。野球が好きで、野球を離れられず、自分のプライドと情熱を守り、消さないために続けている連中がほとんどなのだ。ここへ上からの圧力までかかってくる。

 勝利こそがすべて。結果がすべての修羅地獄。それが社会人上位リーグの世界というものだ。…ある意味、本気の学生野球に近いものもある。金よりも名誉。という部分が。


 だからあのチームにつけられた黒星が最っ高にイライラするんだよ。


 ウチのチームは社会人リーグ記念トーナメントで県代表になって、全国でもベスト4入りした実力だ。はっきり言って、実力ならプロの2軍とだって相手になれる。本気も本気、野球というスポーツを楽しんではいるが、遊びじゃない真剣さがあるんだ!


 利根川レッドフォックスというAリーグチームがある。


 同じくAリーグに所属しているのだから実力はあるのだが、いつも最下位近辺の順位をフラフラしていて、チームの雰囲気も緊張感が無い。

 Bリーグに落ちなきゃいいや。そういう雰囲気が透けて見えるのだ。正直、とっととBリーグのトップチームと入れ替わって欲しい。

 今期はBリーグ落ちする可能性が濃厚と言われている。ざまぁ見ろだ。


 【山崎 桜】が居ないからな。あの嬢ちゃんは社会人リーグから除名されている。

 理由は最近知ったが、「高校野球の登録選手になるから」というものだった。


 利根川レッドフォックスの始末の悪いところは、勝ち数がヤバくなってリーグ落ちの危険性が高まると、普段は選手登録だけしていて顔も見せない山崎選手を投入し、勝ち星を守りに入るところだ。


 山崎(女性)選手。本人いわく、【赤い秘密兵器】。


 レッドフォックスのチームカラーが赤って理由なんだろうな。大昔の野球漫画に出てきそうなネーミングだよ!…しかし、能力そのものは秘密兵器の名に恥じない。

 冗談みたいに打ち、走る。大人顔負けというより、男子プロみたいな能力だった。


 社会人野球チームは、『チーム規定を守る範囲なら、登録選手は毎年自由に登録し直せる』という、かなり甘い選手規約で成り立っている。中途半端にプロ野球の規約に近付けているために、学生野球よりも規約が甘い部分があったりするのだ。


 そのため、5歳児だろうが90歳女性だろうが、自力で走る事ができる選手ならば登録が可能なのである。チームが登録リーグの権利を有しているならば、あとから5歳児だろうが外国人傭兵だろうが、登録は可能なのだ。


 ただしこれは『他公式リーグの登録選手ではない事』が条件となっている。…つまり、プロ野球の登録選手ならば2軍でも社会人チームの公式戦(野試合は別だ)には参加できないし、それは小学生リーグの公式登録選手でも、中学生の公式登録選手でも同じだ。

 それは女子野球の公式登録選手でも、例外ではない。


【赤い秘密兵器】山崎 桜は、学生野球の登録選手では無かった。まったくのフリー選手。

 そのため、あの性悪キツネ(レッドフォックスの事だ)が選手登録する事に成功したのだ。

 おかげで過去2年、リーグ後半になると、【赤い秘密兵器、山崎 桜】がいつ出てくるのかと、勝利数が微妙なチームはびくびくする事になった。


 最初の1年はただ驚くか、舐めてかかってたけどな。


 手が届けばどんな球でも打ってくる。飛ばす。

 塁に出れば前が空いていれば走る。ストップからのダッシュが嘘みたいに速い。

 一度だけウチとの試合で、やる気のない素振りで3塁上でボーっとしている状態から、高速ダッシュでホームスチールしやがった事もある。どうもキャッチャーが返球モーションに入った直後、右打者の陰に隠れて走り込んだらしい。あいつは忍者か?

欠点は独断で無茶苦茶やる性格。ホームスチールも勝手にやった事のようだったし。




 しかしリリーフピッチャーまでこなす、となれば文句も言えまい。




 しかも…県下では唯一の、(サブマリン投法とも言うやつだ)の使い手。ただでさえ球のリリースポイントが分かりづらく球筋も独特なのに、曲がるし速い。

 アンダースローは振り抜きに力が入りづらいから速度は出ないはずなのに、あの嬢ちゃんは140キロ超えぐらいの速度を出す。それに加えてよく曲がるシュートが得意だ。


 浮き上がって飛んでくるボールが近づくと急激に曲がりながら落ちるとか、プロでも打つのは至難だっての!!

 踏み込みの高さを微妙に変えて、リリースポイントをズラしてくるわ。ときどきサイドスローも混ぜてくるし(サイドのシュートはカミソリシュートと言っていいレベルだ)。

 まぁ、キャッチャーは苦労していたみたいだな。変化球が曲がりすぎて。


 そんなわけで。


 我らがグリーンラクーンズは、【赤い秘密兵器】を投入したレッドフォックスには、過去2年間、全敗している。…どうも『ラクーンズをやっておけば後が楽』『木津川建設(株)に勝っておけばデカイ面ができる』との判断基準らしい。くそったれが!!!


 お前らに負けたんじゃない!山崎 桜の性能に負けたんだよ!!

 今年はボコボコにしてBリーグに落としてやる。他のチームも同じことを考えているだろう。まぁ、性悪キツネを狩るのは今年の楽しみとして。問題はあの嬢ちゃんだ。

 実力で負けた。優秀な選手だ。むしろウチが欲しかったくらいだ。

 しかしなぁー。やっぱ勝ちたいわけよ!県下トップクラスの社会人チームとしてはな!


 今は高校球児だって?

 弱小野球部でブイブイ言わしてる?練習相手が欲しい?

 オーケーオーケー。相手をしてやろうじゃないか。

 弘前高校野球部には特に興味は無い。我々の目的は、あくまで嬢ちゃんだ。

 我々は今度こそ、あの【赤い悪魔】に、勝利する――――――!!!



※※※※※


 その頃。県立弘前高校のグラウンド。練習中の休憩時間。


「なぁ山崎。今度の試合相手さぁ」

「ふんふん(塩飴と一口おにぎりを食べつつ)」

「お前は自称【赤い秘密兵器】とか言ってたけどさぁ」

「ふんふん(麦茶を飲みながら)」

「ぜってー相手チーム内では【レッドフォックスの赤い悪魔】とか、【げぇっ!山崎!!】とか言われてるぜ」

「…うぅーん…できれば、【赤い流星の山崎】とか【紅の流れ星】とかがいいなぁ…」

 また変な浪漫主義か。流れ星に思い入れでもあるのかな?


 県立弘前高校野球部は、今日も平常運転で練習中だった。



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