第7話 初戦のダメ出し

「よぉーし、お前ら、よく聞けよー」


 顧問であり、監督である平塚先生が全員によく聞き取れるよう、ゆっくりとした口調で話し始める。部員は誰も一言も口を開かない。

 直前に監督が言った『練習試合が決まった』の一言が効いているのだ。誰もが一言も聞き洩らさないぞと、緊張した様子で耳を澄ませている。


「練習試合の相手が決まった。とはいえこんな時期だ。スケジュールの空いている学校に、無理して組んでもらった。感謝して試合に挑めよ。…試合の相手は…大沢木高校だ。」

 …誰も口を開かない。しかし、さっきまでとは意味が違う。


(…どこ?)(聞いたことないし)(…もしかして県外?)

 俺も似たような感想だった。まったく知らん。

 しかし部員のリアクションは想定の範囲内だったもよう。すかさず大槻マネがノートを手にして前にでてきた。


「大沢木高校は、山岸市の北西部に位置する県立高校よ。うちの市とはいちおう隣接してるんだけど、距離は市を三つ並べたくらいは離れてるわ。知らなくても無理はないわよ。…ちなみに県予選の試合が始まるまで、あと1か月もないような、こんな時期に練習試合を組んでもらえるので…前年度まで、そして春の県大会の結果も、推して知るべきね。」


 なるほど。我らが弘前高校と同じく、弱小野球部という事か。つまり…


「我らが『新生・弘前高校野球部』の初戦を飾るにふさわしい、生贄の子ヤギ。絶好の咬ませ犬というわけよ。やったね!!」


 俺がもっとソフトな言い回しで、心の中で処理しようと思っていたセリフを、まったくオブラートに包まずに口に出しやがったよ山崎のやつぅ!!

 確かに勝ちやすい相手の方が自信もつくし、俺たちに必要なのは実戦と、そこから得られる経験、問題点の洗い出しとか、そんなんだけど!!言い方ぁ!!


「…えー、試合は4日後の日曜。予定に問題のある人は、いなかったわね?」

 大槻マネがそのまま続けて部員を見回す。…山崎の言った内容を否定するつりは無いようだ。部員から特に発言が無いのを確認すると、また続けた。


「試合開始は当日の午前10時。場所は両校の中間地点にある市営球場で行います。試合開始の1時間前には現地に到着する予定なので、7時半までには各自着替えて校門前に集合。監督の運転するミニバスにて出発します。何か質問は?」

 今度も特に発言は無い。


「では質問も無いようなので、私が別件を続けましょう」

 今度は山崎がスッと一歩前に出て、口を開く。流れるような動作で腕を組む。いつもの腕を組んだ仁王立ちのポーズで(当人がカッコいいと気に入っているやつだ)胸を張る。


「さらにその1週間後にも練習試合があります」


『なにぃ』『なんだと!』『やってくれるぜ』『どういう事なんだ山崎』

 ざわめく俺たち。てっきり1試合の都合だけかと思ったら、2試合分の都合をつけるとは。なかなかやるなウチの監督。いや違った。最後のセリフ監督だったな?監督知らないの?


「なお、2試合目の相手は私が個人のコネで都合つけたため、監督以下だれも知りません。たった今発表しました。」

 こいつやりたい放題だな!しかし練習試合の相手を見つけたのは凄い。いったいどんなチームなんだ?


「そして相手チームの情報は秘密です。大雑把に知っているのは私だけです」

 なんじゃそりゃ。


「相手チームの情報がいつも手に入ると思ってちゃいけません。アドリブ力がなければ、血で血を洗う県予選上位は勝ち抜けないわよ?」

 理由はもっともらしい。説得力もある。しかし表現がいただけない。


「ま、楽しみにしてなさいって。少なくとも、大沢木高校よりは強いから。まずは今週末の大沢木高校の試合、ベストパフォーマンスで挑めるよう、疲労を残さないスケジュールで調整に入るわよ。持久関係のトレーニングは減らして、打撃と筋トレメインにします。前日は完全に休養日ね。あとピッチャーは投げすぎないよう、投球数を管理すること。」


「「「「ウィ――――っス!!!!」」」」


 返事が元気いい。みんな、鍛えた自分の体と技術が、どの程度のものか試せるのが嬉しいのだろう。大沢木高校の実力がどんなものかは全く不明だが、仮に去年までの弘前高と同程度だとすれば、勝ち方次第で俺たちの実力のほども分かる。

 目指すは、圧勝。県大会を勝ち抜ける実力に近づいているのだと、確信を得たい。

 やるぜ。俺たちはやるぜ。


 気合充分で、俺たちは試合当日を迎える―――――――


 そして、試合当日。市営球場。

 ウォーミングアップを終え、公式審判員のもと、お互いに礼をする。


『『お願いしま――――――っす!!!』』


 お互いに応援団は無い。ま、弱小高同士の練習試合だからな。応援団部も暇じゃないし。今回の試合は県予選大会の準準決勝までのルールと同じで行うと宣言された。

 つまり7点差で5回コールド、10点差で7回コールドだ。目標は7回コールドかな?


 相手チームからは『おい女子選手だぜ』『可愛いな』『いいなぁあいつら』などという会話が聞こえてきた。

 ふふん。俺たちは誰ともなく優越感に浸り、相手から見えないようにニヤニヤ笑ってしまう。しかし、それはけして美少女がチームメンバーにいる、という事ではないぞ。豊かなおっぱいが近くにある、という事でもないのだ。


 とびきりのジョーカーが仲間にいるという優越感。こいつの正体を知った時、大沢木高校ナインは絶望を知る事になるだろうぜ。…いや、それは無いか。

 こいつの、山崎 桜の本気を知るには、実力が足りないだろうからな。


「おねがいしま―――っす♪」


 バッターボックス前で礼。山崎がいつもの営業スマイルで挨拶をしてバッターボックスに入った。俺たちの打順、守備位置は少し話し合ったものの、しばらく前に暫定で決めたもののままだ。練習試合をこなして後、正式にオーダーを決める。

 つまり山崎が1番バッター。さて山崎のやつ、最初は2遊間を抜いてシングルヒットから盗塁か、それとも3遊間を越していきなりツーベースに陣取るか?


コキ――――ン。


「あっ」「「「「あっっっ」」」」

 山崎、以下チームメイト。ほぼ同時にそう言ってしまった。

ボールは…打球は、レフトスタンド(判定の場所)へと叩き込まれて、しまった…

 茫然とする相手チーム(とチームメイト)をよそに、山崎 桜はダイヤモンドを一周してベンチに戻ってくると、一言。


「すいません間違えました」

 手加減するって話じゃなかったっけ?!


「…つい、うっかり」

 どーすんの!強打者ステルスするって話はぁ!!いきなり予定崩壊じゃん!!


「次からは間違えないようにします。」

 そういう問題なのかよ。


 しかし。

 結果としては、特に問題はなかった。


『『ありがとうございました――――――!!!!』』


 試合終了して、帰りのバスの中。

 しばらくの間、誰も口を開かなかった。


「…まさか、こんな事になろうとは…」「…だなぁ」

 去年までの同格の相手と戦い、試合勘をつかむとともに、現状の問題点を洗い出す。

 それがこの練習試合の目的だったはずだ。

「…ほとんど何もわからんかった」「…同感だ」

 岡田先輩、山田先輩の二人の感想が、チームメイトの心を物語っていた。


■試合結果■

 弘前高校 25 ― 0 大沢木高校 (5回コールド)


「相手の守備が、あんなにもザルだとは…」「どこに打ってもヒットになるレベル」

「相手のショート、反応速度が悪すぎる」「セカンドもだ。ライトのカバーも悪い」

「捕ってくれたのは緩いフライだけだろ?いちばん良かったのはレフトだな」

「レフトはライナー性の当たりを1本捕ってたな。あれは良かった」

「ピッチャーも球威がない。むしろスローボールに慣らす必要があった」

「スローカーブがむしろ脅威だったな。遅すぎて待つのが大変」

「通常のカーブだろ」

「キャッチャーのリードが悪いんじゃねーのか?カーブのコース悪すぎ」

「しかしあの直球はいただけない。せめてインハイに投げるべき」「同感同感」

「バッティングもまるでなってない。あいつらボール見えてんの?バットとボールの高さがボール2個ぶんも開いてた奴いたぞ?ただの縦カーブなのによー」

「シンカーがまるで見えてなかった。すごく投球練習だった…」


 確か当初の予定としては、『俺たちの問題点を洗い出す』事が目的だったはず。

 しかし試合を終えてみれば、相手チームのダメ出し大会になっていた。なぜだ。


「生贄の子ヤギだとは思ってたけど、調理済みの串肉だとは思わなかったわー」

 相変わらず山崎の毒舌がヒドイ。

 しかし今回は特に突っ込みを入れる気にもならない。


 まさが相手が弱すぎて、試合経験値をほとんど得られないとは…。 山崎が強打者ステルスする必要が無いくらいにチームメイト全員が打ちまくったため、山崎の打力が完全にかすんでしまった。山崎の実力を隠すことはできたが、試合の経験としては全く手ごたえがない。役にたたぬ!

 かろうじて経験を積めたのは、ピッチャー2人とキャッチャーの山田先輩のみ。

 守備陣?ほぼ三振ばっかで帰っちまうから、ベースカバーはおろか、一塁送球の練習にすらならなかったわ!!

 打撃ぃ?未完の最終兵器の方が、よっぽど殺気を込めた人間らしい球よこすわ!!

 ダメだ!県大会前に、本物の練習試合がしたい!かえって不安がつのるぅ!!!


「なぁ、山崎。来週の試合、相手は強いのか?」

 これには『今日の相手と比べてどうなんだ』という意味も含んでいる。


「まぁ、一言で言うと、比べ物にならないくらい強いよ。」

 山崎の言葉に、チームメイトから『おぉ』と小さく歓声が上がる。今日の俺たちは敵の血に飢えておるぞ。弱い相手はもう飽きた!強い相手はどこにいる!!


「本当は当日まで秘密のつもりだったけど…今日の相手がアレすぎてモチベーションが下がりそうだし。もう教えちゃおうか。…相手は、いい歳したオジサマ達のチームです」

 チームメイトから、『んん??』と、微妙なざわめきが聞こえてくる。…よく理解できないのだろう。……しかし山崎の、中学時代の野球経歴を知っている俺は違った。応援に駆り出された時もあったからな。


「なぁ、山崎。相手チームのチーム名は?」

「木津川グリーンラクーンズ。チームカラーが緑のやつよ。見たことあるでしょ?」

「社会人Aリーグの県大会優勝チームじゃねぇか!!」

 俺の突っ込みに、皆のざわめきが止まった。


「…なんでガチの企業野球部と試合組めるの?」

「あたしの所属するチームなら、練習相手としては充分だ、ってさ。それでもいちおう条件は出してきたんだけど。試合了承の条件。」

「条件って?」

「確かセリフはこうだったかな…『今の【赤い秘密兵器】の実力を見せてもらおう』って」

「それって貴女へのリベンジが目的ってだけですよね?」

 その可能性はゼロではない、しかし真実は先方のみが知る事。われらが知る事は永遠にないのじゃよ、ふぉっふぉっふぉっ。とか言いやがる巨乳美少女。

 いやもう間違いなくそうじゃん。確定じゃん。


 どうやら次の試合…戦意充分すぎる、社会人チームの強豪が相手になるようだった。

………今日の相手と落差、いやさ段差がありすぎだろ!!なんなのこれ!!!


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